38.三度おばあちゃんの日記を読み込む
ディーターに続き、ジュジュも帰っていったあと、結珠は店を閉めた。
すでに閉店に近い時間帯だったし、ちょうど客足も途切れていたので、もう閉店にしてしまった。言い争って疲れたのもあるが、色々と指摘された部分についても考えなくてはと思い改めた部分もある。
店の扉にかけた看板をクローズへとひっくり返し、鍵を閉める。店内を軽く掃除して、店の電気を消した。
エプロンを取りながら居住スペースのキッチンへと戻る。
大声で怒鳴り合っていたので、のどが渇いたと冷蔵庫の扉を開けて、二リットルのお茶のペットボトルを出した。茶碗籠に置いてあったグラスを手に取って、お茶を注ぐ。
そのままお茶を一気に煽った。
「あーもう! 腹立つ!」
空いたグラスにもう一度お茶を注いで、またごくごくと飲み干した。
自分でもわかっている。よく日記も読まずに見切り発車をして店を経営していることは。
ただ、すでに読み終えた部分でもわかるが、祖母は曖昧な表現で日記を書いていることも多い。
よくある『秘密は自分で突き止めて!』的な表現かとも思っていたが、もしかしたらそうではない可能性もある。
結珠が理解出来ていない部分が多いように、また祖母もこの店の全てを理解していたわけではないのかもしれないと。
「あ、そういえば……鍵……」
日記に張り付けられていた鍵は三つあった。そのうちの一番小さな鍵がワーカード王国の金貨を日本円に変換させる黒い箱の鍵ではあったが、残り二つについてはどこの鍵なのかまだ読んでいなかった。
「……ちゃんと日記、読んでみようかな」
祖母の日記は、まだ三分の一程度しか読んでいない。謎かけのような表現が多いので、それについて考えながら読んでいるとどうしても必要以上に疲れる気がするのだ。
とりあえず何をするにしても腹ごしらえから! と、冷凍庫を開けた。
気持ち的にも面倒くさいし、これから日記を読むのだからと冷凍庫から温めるだけで食べられるミールキットを取り出す。
ご飯も今から炊くのは面倒なので、パックご飯だ。
両方温めて、さっと夕飯を取って片付けてから、保温ポットに紅茶を淹れて、リビングのソファへと身を預けた。
ローテーブルの上には、紅茶入りの保温ポットとマグカップ、それから疲れたとき用のお高いチョコレートと、肝心の日記と鍵ふたつ。
「さて、読むぞ!」
結珠は気合を入れて日記を読みにかかった。
日記を読み始めて、残りふたつの鍵のうち、ひとつはどこの鍵かすぐに判明した。
・中くらいの大きさの鍵は、大事なものが仕舞ってある扉の鍵です。色々な資料が入っています。正直、おばあちゃんは見ても何がなんだかよくわかりませんでした。
ただ、祖父が言う限りでは、設計図や手記だと聞いています。
早い話、ワーカード王国の文字で書かれているので読めません。
「は? ワーカード王国の文字?」
はい、いきなりすごいことをぶちこまれましたー!
一体何を書いているの、おばあちゃん!? とツッコミを入れたくなったのは言うまでもない。
「え? ホントにどういうこと?」
高祖父の残した設計図や手記はワーカード王国の文字?
まるで意味がわからない。
とりあえず気持ちを落ち着けるために紅茶を飲む。
やや乱暴にテーブルの上へマグカップを戻すと、再び日記に目を落とした。
・きっと結珠は何のことかと混乱しているかと思いますが、隠すことをしても仕方がないので、書きます。
祖父はワーカード王国の人間です。
……祖父はワーカード王国の人間です。
…………祖父はワーカード王国の人間です……ワーカード王国の?
「はぁっ!? え? ど……どどどどういうこと!? は? ええええ?」
祖母からもたらされた情報に、いきなりパンクした結珠だった。
もう日記を読むどころではなくなった結珠は、日記に書いてあった大事なものが仕舞ってある扉……居住スペースの階段下の収納へ向かった。
ここにはトイレットペーパーやティッシュなどの消耗品や掃除機をしまっている。
収納の扉を開けて、中の物を出すと、床が開くようになっていた。
「こんなところに床下収納があるなんて全然気付いてなかったんですけど……」
照明も当たりにくい収納スペースだった上に、相続して片付けをしたときにここには今と同じように祖母が入れた生活消耗品が置いてあったので、特に中身も確認せずそのまま使ったり、新しく買ってきたものを入れたりとしていて、床がどうなっているかなんて確認もしていなかったのだ。
半年以上この家で生活していて、こんなところに床下収納があるだなんて、全く気付いていなかった。
生活している結珠が気付いていないくらいだ。恐らく誰も気付いていなかっただろう。
日記から推察するに、恐らく本当に祖母の言う何だかわからない設計図や高祖父の手記しか入っていないだろう。
万が一、金目のものでも入っていたら、相続のやり直しになりかねない。
あれだけ用意周到に相続対策をしていた祖母のことだから、多分そういうことはないはず……と恐る恐る階段下収納の床を見ると、確かに床下収納の扉と鍵穴が存在していた。
相続のやり直しになるようなものは何も入っていませんように! と祈りながら鍵穴に中くらいの鍵を差して回せば簡単に鍵は開いた。
結珠が床を持ち上げると、中にはもうひとつ金庫のような扉があった。こちらも鍵穴があったが、さっきの鍵穴と同じようなサイズ感だったので、差していた鍵を取り外してもう一度はめる。
こちらも同じ鍵で開いた。やや頑丈な作りに、本当に金目のものは入っていないだろうかと疑いたくなる。
いやしかし、異世界に繋がる家族にも明かせない類のものであれば、これくらい厳重でも問題ないはずだと自分に言い聞かせた。
結珠は意を決して扉を開ける。中を見ると、いくつかの書類がプラスチックケースや木箱に入っていた。結珠が恐れているようなものは入っていなかったと、ほっとしてもう一度ちゃんと中を見る。
恐らくプラスチックケースは祖母が自分で入れ替えたのだろう。いくらなんでもワーカード王国にプラスチックケースなどないはずだ。
そう思いながら、まずはプラスチックケースを取り出すと、ケースのふちに見慣れた大手百均メーカーのシールが見えた。
結珠の高祖父に当たる人だ。ゆうに百年以上前の人だから、ケースは結珠の予想通り祖母が買い替えて入れたのだろう。
(……百年前?)
自分で思ったことに引っかかりを覚えながら、結珠はプラスチックケースを開ける。
中には紙ではない、あまり見たことのない材質のものがたくさんあって、確かに祖母が日記に書き残していた通り、見慣れない文字と何か図面のようなものが描かれている書類がたくさんあった。
「確かに……読めないし、何かの設計図っぽい」
何だこれ……と眺めているが解決しなさそうだ。
仕方がないので、書類は一度ケースへと戻して、今度は木箱に手をかける。こちらには祖母が結珠に残した日記と同じものが三冊入っていた。
「え? これ日記と一緒のもの? ってことは、これ魔法道具?」
ディーターが祖母の日記は魔法道具だと言っていた。それと同じものということはこれも魔法道具ということだろうか?
読めない文字で書かれた設計図のような書類、結珠に残された祖母の日記と同じもの。
「……おばあちゃんのおじいちゃん、本当にワーカード王国の人なの……?」
突き付けられた事実に、結珠は床下から出てきた日記と同じものを手に呆然とした。