37.腹の立つ男
たくさんの方にお読み頂いているようで、本当にありがとうございます!
遅筆ですが、今後もコンスタントに更新出来るように頑張ります!
結珠とディーターの言い争いは結局あっという間に終結した。
「全てお断り致します! 私には関係のない話です!」
「ああ。君のような不出来な魔女に頼むべき内容ではなかった!」
「不出来な魔女で結構です! さぁ! お帰りはあちらです!」
結珠が店の扉を指さす。ディーターは促されるまま店を出て行った。
喧嘩を見守っていたジュジュはぽかんとしたまま、ディーターに置いて行かれた。
まだいかり肩で興奮冷めやらぬ状態の結珠がジュジュを振り返る。
「ねぇ! 何なのあの男! 失礼しちゃう!」
「えっと……ユズ?」
割と穏やかな性格だと思っていた結珠が怒り心頭な状態に、おっかなびっくりのジュジュが結珠を伺うと、そこでようやく結珠がはっとしたような表情を見せた。
「ご……ごめんなさい。ジュジュさんが連れてきたとはいえ、ジュジュさんは悪くないのに……」
怒った顔から一転、しゅんとした表情を見せた結珠にジュジュは慌てて手を振った。
「いいえ! 悪いのは私よ! 師団長を連れてきてユズに紹介したのは私なのだから」
「っていうか、あのディーター様って人、いつもあんなに横暴なの?」
「そんなことないわ! いつも冷静で……どちらかというとよく周囲も見ていて、冷静な方なんだけれど……」
ジュジュもディーターがあんな子供っぽい一面を持っていたことを初めて知った。
「実はね、この前ユズが顔が良い黒髪のお客が来たって言ってたときに、もしかして……って思っていたの」
「そうだったの?」
「ええ。魔術師で黒髪で顔が良いなんて、限られているから……」
確かにそこまでの情報が揃っていれば、確かにある程度特定は可能なのかもしれない。
「それでね。師団長からユズを紹介してほしいって言われる可能性があるかもって思って、最初は断ったのよ。でも押し切られて……」
まぁ確かにあのかたくなさから考えれば、ジュジュも押し切られるだろうと結珠も感じた。
「紹介したくなかった理由って、私と相性が悪そうだから?」
「まさか! あんな言い争いをするだなんて思っていなかったから、別の理由よ!」
「別の理由?」
思い当たる節がなくて、結珠は首を傾げる。
「結果的に明かしてしまったけれど、一番の理由としてはユズが異世界の人間であるということよ」
「ああ……そうだよねぇ……」
すぐに事情を話す羽目になってしまったが、結珠がワーカード王国の人間ではないということはあまり人に知られるべき内容ではない。
ジュジュの紹介であり、ジュジュの上司だからこそ言っても大丈夫だろうと判断して、ディーターには明かしてしまったが、これ以上は他人にあまり言うべきではない。
「もうひとつの理由としては、さっき師団長も言っていたけれど、彼自身が魔法道具の研究をしているから」
「魔法道具の研究って何? 実はナールさんにも言われたんだけど……」
「ナールさんにも? 彼は何て言っていたの?」
「ナールさんは、……国宝級の魔法道具は構造も複雑で、作り方とかどういう効果があるとか、毎年魔術論文を書いている人がいるとか……何とか?」
ナールに言われたことを一生懸命記憶から引っ張り出す。
途端にジュジュは顔を右手で覆った。
「まさしく師団長のことね……」
「え!? そうなの!?」
「そうよ。最初は趣味で始めたようなことは聞いたんだけど、それが高じて今は半分仕事みたいになっていて……」
ディーターが言っていたように、王宮内には稼働百年を超える重要な魔法道具がいくつかあるらしく、壊れかけているものも少なからずあるらしい。
王宮に魔女が呼ばれて修理を依頼したらしいが、どれも構造が複雑すぎて修理依頼は断られたとのこと。
それでもディーターは諦めず研究を続け、修理出来る魔女を探しているらしい。
「私ね、師団長がユズのことを知ったら、絶対興味を持つと思ったの! だからあまり師団長の耳には入れたくなかったのだけれど、結局この前検証に付き合ってくれた同僚から師団長の耳に入ってしまったし、紹介を頼まれて断りたかったのにそれも出来なくて……。結果的にユズへ迷惑をかけてしまったわ。ごめんなさい」
頭を下げて謝るジュジュに、結珠も慌てた。
「待って! ジュジュさんが謝らないで! 別にジュジュさんは悪くないもの!」
「でも……」
頭を上げてほしいと訴える結珠に、ジュジュはのろのろと頭を上げた。
「言い争いをしてしまったのは私だし……。腹も立ったけど、あの人が言ったことも正しいことが多くて……忙しさを理由に後回しにしていたことをズバズバと指摘されて気まずくて……」
そこもあるのだ。
個人事業主となった結珠にはもう上司はいない。何かを後回しにしたところで叱責されることもない。
久しぶりに自分の不手際を上司に怒られるという感覚に、つい反論してしまった。
本当に自分が悪いことであれば素直に聞き入れただろうが、ディーターは結珠の上司ではないし、本当に結珠が困るようなことが起きても、それは結珠個人の責任であり、誰のせいでもない。
それなのにも関わらず、結珠の至らぬ部分を指摘されて、カッとなった。
いわゆる『お前に言われる筋合いはない。自己責任の問題だ』ということである。
「悔しいけれど、あのディーター様が言ったことは正しいのよね。だからこそ腹が立ったというか何というか……」
「師団長という立場であれば、他の高位の方とも渡り合わないといけないから、弁が立つことは決して悪いことではないのだけれどね」
「それもわかるよ。でも部下でも何でもない部外者の私が言われる筋合いもないと思うの。この店は私のものであって、何があっても責任を取るのは私だもの」
きっぱりと言い切った結珠にジュジュも微笑んだ。
「そうね。結果的に見れば、私がいけなかったのかもしれない」
「ジュジュさん?」
「私がユズを守らなきゃ! とか……考えていたのよ。異世界人だから、こちらの事情にも詳しくないし、ユズに不利なことが起きたらって思ったら、まずは守らないとって。でもそれはあなたに対しても失礼だったわ。師団長を受け入れるかについては私ではなく、ユズが判断すべきことなのに」
もう一度ごめんなさいと謝ったジュジュに、結珠も再び慌てた。
「だ、大丈夫だってば! ジュジュさんのせいじゃない! 私の方こそありがとう! ジュジュさんの気持ち、嬉しい!」
「ほんとう?」
「うん! ジュジュさんから見たら、私はまだまだ危なっかしくて頼りないのかもしれないけれど、頑張るから!」
ディーターを見返してやる! と拳を握った結珠に、ジュジュは笑った。




