35.ディーターからの痛い指摘
「店から出られないとは、一体どういうことだ? まさか、監禁でもされているのか?」
以前、ジュジュも似たようなことを言っていた。どうして出られないと監禁などという物騒なことに繋がるのか。
「監禁はされていないですけど……。あの、前にジュジュさんにも店から出られないって説明したら同じように監禁されているのかって聞かれたんですけど、何でそんなに物騒なんですかね?」
「そりゃ決まっているだろう。力のある魔女を囲いたい者など大勢いる! そんな中、店から出られないと言われれば、真っ先に考えるのはそれだ」
ディーターに説明されて、そういうものなのかと思う。ちなみにジュジュもうんうんと頷いていた。
「そういうものなんですね。あの別に店から出られないって言っても、本当に出られないわけじゃなくて」
「どういう意味だ?」
奥歯に物が挟まったような言い方を続ける結珠。ディーターは怪訝そうな顔をした。
「その……悪意を持った人が入れないのと同様に、私の安全面を考慮して、ワーカード王国へは行けないってのが正しいんです」
「安全面? 確かに君ほどの魔力の持ち主ならば防犯面に気を付けることは悪いことではないが……不便ではないのか? ジュジュからは平民だと聞いているけれど、生活面は? メイドでも雇っているのか?」
次々と質問されて、結珠は慌てる。やっぱり説明するしかないのだろう。
ジュジュも無理だと判断したらしく、助け舟を出してくれた。
「師団長、出来ましたら内密に願いたいのですけれど」
「内密? 二人ともさっきから何なんだ?」
ここでディーターはようやく結珠の秘密の事柄ではないかということに気付いた。
「もしかして、彼女の秘密とやらに関係があるのか?」
「ええ。もう話が進まないので、ご説明致します。ユズ、いいわよね?」
「うん。すでに面倒なことになりかけている気もするし」
話が進まないと結珠も同意したところで、ジュジュが口を開いた。
「彼女は恐らく、迷い人と同じです」
「は? 迷い人だって?」
ジュジュの説明でディーターは状況を一気に理解した。そして、ジュジュの曖昧な言葉の意味も正確に受け取った。
「いや、ちょっと待って。迷い人……ではなく、迷い人と同じ? どういう意味だ?」
「ユズは正確には迷い人ではないけれど、近しい存在であるという結論に達しています。この店そのものは異世界であり、彼女は自分が住んでいる国では出入り自由です。ただ、我々のワーカード王国へは行くことが出来ず、我々との繋がりはこの店の中のみに限定されています」
「この店が異世界……? だから店から出られないと?」
「ええ。ですので、逆も然りです。我々はユズが住んでいる国へは行くことが出来ません。ねぇ、そうよね、ユズ」
「は、はい!」
「それにあなた、前に言ったわよね? 互いの国の文化がかなり違うって」
「う、うん。私の住んでいるところは魔力も魔術も全部物語の中のことであって、実際にはないの」
「魔術が存在しない?」
「はい……。だからその……最初にこの店を受け継いだときに、ジュジュさんから魔女だとか言われても全然信じられなくて……。祖母が残してくれた日記を読んで、ようやく現実なんだって受け入れられたくらいで……」
「先代の日記があるのか? 読ませてくれないか?」
「え!? えっと……構わないですけど、多分読めないと思いますよ」
日記を読みたいと言った人は初めてだった。
というよりも、店の秘密にもかかわることなので、家族にも読ませられないと思っていたくらいだ。
でも確かにそういう話をすれば興味を持つことは当たり前なのかもしれない。
本当ならば見せない方が良いのだろうが、日本語で書かれた日記をワーカード王国の人間へ渡したところで言語が異なるのだから読めないだろうと判断する。
だったら見せるくらいは構わないかと、結珠は二人に待っていてもらい、寝室から日記を持ってきた。
「これが祖母が残した日記です。店の説明とか色々書いてあります。私も全部は読み切れていないのですが……」
そう言いながら、結珠はディーターに祖母の日記を渡した。
日記を手にした瞬間、ディーターの顔が驚いた顔になった。
「これ……魔法道具じゃないか」
「え? 魔法道具? この日記が?」
ディーターからとんでもない事実を聞かされて、結珠も驚く。
「え? でも普通のちょっと装丁が良い日記にしか見えないんですけど……」
確かに普通の日記にしてはやや厳つく、重厚感のある日記だとは思っていたが、まさか魔法道具だとは思ってもみなかった。
「日記からも強い魔力を感じるぞ。君は気付かなかったのか?」
「本当だわ、魔法道具ね。リーナが残したものだからとは思っていたけれど、日記にもちゃんと仕掛けが施されていたのね」
ディーターとジュジュの二人がかりでそう言われ、結珠はますます縮こまった。
目に見えるような魔石がなかったので、ディーターに指摘されるまで、日記が魔法道具である可能性を全く考えていなかった。
「気付くも何も……すみません、私、魔力を感じないんです」
「は? 魔女なのに?」
「そう言われても……。いつも魔法道具に魔力が入ってるかどうか……ジュジュさんに確認してもらってますし」
結珠の言葉に、ディーターは信じられないものでも見たような顔をしながら、ジュジュへと目線を寄こした。
ジュジュも苦笑しながら頷く。
「君、意外にポンコツだな」
「ポ、ポンコツ!? ひ、ひどい! ほぼ初対面なのに!」
あまりの言い方に結珠は憤慨した。
「だってそうだろう? 俺たち魔術師からしてみたら、新しい魔法道具も作れるし有り余るほどの魔力も持っているのに、自身の魔力も、魔法道具に込めた魔力も感じられないって……」
「そ、そりゃそうですけど! でも別に困ってないですし!」
「本当にか? もし、君が売った魔法道具に魔力が入ってないと言いがかりをつけられたら?」
「そもそもそういう悪意を持った人は、この店に入れないです」
店や結珠自身に悪意を持つ者は、何でもかんでも弾いてしまう店にかけられた防犯機能。
便利ではあるが、それはある意味、結珠の成長を損なうものでもあると、ディーターは気付いた。
「ああ、確かにこの店にかけられた防御魔術はすごいだろう。だが、その機能がこれから将来、絶対に壊れないとも言い切れない。それに、その防犯機能はどこで稼働しているんだ? もちろんこの店の中であることはわかっているけれど、君はそれを把握しているのか?」
「……それは、その……」
痛い部分を指摘された。最近は忙しくて日記を良く読んでいない。祖母からは詳しい話は日記にと書かれた部分は読んでいたが、今のところ不都合もなかったので、結珠も忙しさを優先して日記を読まずにいた。はっきり言ってしまえば、まだ読んでいない部分の方が多いくらいだ。
ただ、ディーターの言う通り、この摩訶不思議な防犯機能は薄々魔法道具で補われているのだろうということには気付いていた。
そして、先日出来上がった魔法道具は店に置いておくだけで、勝手に魔石に魔力が補充されることも理解している。
なので、防犯機能の魔法道具も結珠が店にいるだけで、勝手に魔力が補充されてほぼ永久稼働するものだと思っていた。
壊れる可能性など考えていなかった。というよりも、店や家の敷地内のどこにその魔法道具があるのかもわかっていなかったので、ディーターの指摘は正しいのかもしれない。
何も反論できなくなり、ついに結珠は黙ってしまった。




