32.どうやら興味を示されたようです
「っぷっはー! 緊張したー!」
黒髪の男が帰ったあと、結珠は大きく息を吐きだした。
結珠の感覚からしてみたら、超絶オーラのすごい芸能人のような気配を漂わせた、すごい美形の接客だったのだ。緊張しない方がおかしい。
緊張しすぎて若干事務的になっていた感じもする。
失礼のないようにと笑みを張り付けていたせいか、短時間だったにもかかわらず何だか顔の筋肉も強張っている気がして、結珠は自分の両頬をむにむにとマッサージしてしまった。
「ジュジュさん以上の美形だった気がする……」
ジュジュもかなりの美女ではあるが、今の黒髪の男はそれ以上に整っていた気がする。
緊張しない方がおかしい。
「ワーカード王国って、あんな美形な人多いのかな?」
この店に来る客も、結構整った顔の客が多いが、あそこまでレベルが高い人は初めてだ。
物腰も柔らかい印象だったので、もしかしたらいわゆる高位貴族というやつかもしれない。
そう考えて、はっと気付く。自分の接客に問題はなかっただろうか?
キーホルダーの着け方がわからなかったせいで、気軽に結珠が着けてしまったのだが、それは果たして正解だったのだろうか。
あとから、不用意に触ったなどと文句をつけられたら……と考えて身震いする。
いや、そういうことを言いそうな相手ではなかったと思い直すが、正しいのかわからない。
どうしようと店内をウロウロしながら考えていると、再び扉のベルが鳴った。
慌てて顔を上げると、店の扉を開けたのはジュジュだった。
ジュジュも何だかおかしな雰囲気の結珠を見て、目を丸くしている。
「ユズ? どうかしたの?」
「……ジュジュさぁーん!」
ジュジュの顔を見て、安心して泣きそうになったのは言うまでもない。
ジュジュが買ってきた夕飯を二人で一緒にセッティングしながら、結珠は先程やってきた客について説明をする。
「実は、ジュジュさんが買い物に行っている間にひとりお客さんが来たんだよね」
「あら、そうなの? 何か問題でもあった?」
「お客さんに……じゃなくて、私の方が失礼があったんじゃないかと思って」
「ユズが? 何で?」
「めちゃくちゃ美形な男の人だったんだよね……。物腰も柔らかくて……多分冒険者じゃなくて、貴族の人だと思うんだけど」
「美形な貴族?」
「いや、あくまで予想だけど……。でも冒険者の魔術師の人たちとは雰囲気が違ってたんだ」
店には冒険者もたくさんやってくる。全員が全員、乱暴な人間というわけではないが、平民上がりの冒険者が多いので、貴族の魔術師とはどことなく違うのが結珠でもわかる。
しかしあの黒髪の男は違った。
口調こそ、すごく丁寧というわけではなかったが、所作は美しかったし、店……というか、店主である結珠への敬意も持っていたように見えた。
「美形ねぇ……。他にどんな特徴があった?」
「他? えーっと、背が高くて黒髪だった」
「背が高くて美形で黒髪……」
「ジュジュさん?」
結珠の説明に考え込むようになってしまったジュジュを呼ぶと、ジュジュは曖昧に笑った。
「何でもないわ。用意も出来たし、冷めてしまうから食べましょう」
「うん! 今日もおいしそう! あ、ワインどうぞ」
「ありがとう」
結珠はコルクを開けたワイン瓶を持ち、ジュジュのグラスへと注いだ。
(…………黒髪長身の美形男性。まさかね)
ジュジュが内心そう思っていたことを、結珠は知らない。
◆◇
翌日の朝。
ジュジュは王宮内にある魔術師団の建物へ向かって歩いていた。これから出勤である。
王宮の入口までは家の馬車で送ってもらったが、王宮内の馬車の通行は許可されていない。許可されているのは王家に近い高位貴族と王族のみだ。
歩きなれた道を歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「おはよう、ジュジュ」
振り返ると、そこには魔術師団長がいた。
「師団長、おはようございます。どうして師団長がこちらに?」
師団長は侯爵家の人間だが、役職から王宮内の馬車移動は許可されている。しかし何故かこんなところを歩いている。
不思議に思って尋ねると、師団長は笑った。
「わかっていると思ったんだけどね。聞いているだろう?」
主語のない言葉だったが、師団長の言いたいことはすぐに理解した。
「……やっぱり昨日、彼女が言っていたお客って師団長だったんですね」
「すぐにわかった?」
「ええ。ユズ……いえ、魔女から、黒髪長身の美形男性って言われたので、もしかしてと思っておりました」
「へぇ? あの店主、俺のこと美形だって?」
「……それだけ整ったお顔をお持ちで自覚がないと?」
ジュジュですら認める程の美形。それがジュジュの上司である師団長だ。
「ジュジュにそう言われると、何だか嫌味のように聞こえるな」
いや、十分嫌味のつもりだったと内心思ったが、笑顔で無視する。
「まさか師団長もあの魔女の店にご興味があるとは思いませんでした」
「でも、先代店主のときには何度かあそこで魔法道具を購入したことはあったよ? それに、何か新しい道具を作るときにマンフレッドたちにも協力させただろう? そっちから聞いたよ」
ジュジュが結珠の新しい魔法道具の安全検証のために連れて行った同僚四人の中の一人であるマンフレッドの名前を出されて、情報源はあそこかと気付く。
「勤務時間外のことでしたし、魔女からの協力要請でしたので、確かにマンフレッドたちを連れて行きましたし、安全検証に協力してもらいました」
何か問題でも? と聞けば、師団長は首を横に振った。
「別に問題はないよ。でも面白そうなことをやってたんなら、俺も行きたかったなって思って」
「……師団長が行ったら、魔女が驚いてしまいますよ。ただでさえ、昨日もかなり緊張しながら接客していたようですし」
「え? そうだったのか?」
「彼女、自分は平民だとは言っていましたけれど、かなり高度な教育は受けているようです。師団長のことも高位貴族だと見抜いていましたし」
「へぇ? そうなんだ……」
ジュジュの説明に、師団長の目が輝く。余計なことを言ってしまったと気付いたときには遅かった。
「ねぇ、ジュジュ」
「なんですか?」
「あの魔女、正式に俺へ紹介してくれない?」
ジュジュがやっぱり判断を間違ったと思ったときには、すでに遅かった。
苦虫を嚙み潰したような顔になりそうなのを必死でこらえる。
「ちなみに嫌だと言ったら?」
「別にいいけど。まぁ、どっちにしても、もう一度店に行って、ジュジュの上司だって俺から直接言うかな?」
だって、ジュジュはあの魔女に自分の身分を明かしているのだろう? と言われ、ジュジュの眉間に皺が寄った。
本当にこの男は敏い。こちらが気付いてほしくない点にすぐに気付く。
人の良い結珠だ。恐らくそう師団長から言われれば、緊張しながらも受け入れるだろう。
師団長は常識人であるのはジュジュもわかっている。けれど、今の師団長は結珠に興味津々という顔をしていて、何かを企んでいる節がある。
こういう顔をしている彼は放置してはいけない。
確かに常識人ではあるが、面白そうと思ったことには首を突っ込む傾向にある。
今、まさしく彼はあの小さな魔石で魔術を使えるような道具を開発した結珠に興味を示している。
ジュジュは頭の中で物事を天秤にかけた結果、結珠に心の中で謝って、決意した。
「わかりました。ご紹介しましょう」
「ありがとう、ジュジュ。さすがわかっているね」
お願いという名の強制だなと思ったジュジュだが、口には出さなかった。
人当たりが良いジュジュが、ちょっぴり苦手とする魔術師団長……。
はてさてどういう人なのか……。
正直に言うと、筆者的にはこういう感じの人のつもりじゃなかったはずなのに、気付いたらこうなっていた……何故……。(私も困惑中)




