30.お礼の魔法道具
ジュジュの希望を聞いて作り上げた魔法道具が完成した。
デザインとしては、マント用の留め具にも使用出来るブローチだ。
やや大ぶりの魔石を中央に置き、土台の銀細工は結珠がシルバークレイ粘土でいちから作った。
ジュジュの好みも反映し、意味がないのはわかっているが、作製に関わった証拠として取り入れてほしいとのことで、魔石粉パーツやチェコビーズ、チェーンなども使って、少し華やかなデザインとなった。
「素敵! どうしても魔法道具って無骨なデザインが多かったから、こういう女性らしいものって少ないのよね。すごく嬉しいわ!」
「気に入ってもらえてよかったよ! もし何か不具合が出たらすぐに言ってね」
「わかったわ!」
魔石のお金のみということで、ナールから仕入れた値段だけでジュジュに受け渡そうとしたが「他の材料費もかかっているでしょう!?」と結局押し切られ、魔石の値段+金貨一枚の金額で合意することになった。
もちろん他の材料費なんて、ワーカード王国価格で換算したら、かかっても銀貨二枚程度だったのにもかかわらず、ジュジュは頑として譲らなかった。
その代わり、三回分の魔力補充をタダにするということを結珠も譲らなかったので、双方が折れる形となったのだ。
そもそも魔力補充も店に放置しておくだけで勝手に魔石に魔力が蓄積されていくのだから、結珠としてはこのオーダーメイド品だけはずっとタダでもよかったのだが、さすがにそれを言い出したらジュジュが怒ることは目に見えていたので、三回と制限を付けた。
何だか三回って言葉に縁があるような気がしないでもないのだが、恐らく五回と言っても多すぎると抗議されていただろうから、きっと三回程度が良い塩梅なのだろう。
「ふふふっ。本当に気に入ったわ! ありがとう、ユズ! 早速自慢しちゃおうかしら!」
「ほどほどにね。残念だけど、まだオーダーメイドを受けられる程の余裕がないんだよねぇ……」
そこなのだ。時間さえ取れればオーダーメイドもやりたいところである。
けれど、低価格魔法道具の売れ行きが思ったよりも好調なので、今はそちらの量産が最優先になっている。
こちらが落ち着けば、従来の魔法道具の在庫を増やしたいし、やることは多い。
今は週の営業日が四日しかないのに、売り上げは順調に右肩上がりだ。
(……低価格魔法道具の販売で、売り上げを少し抑えようみたいなつもりだったんだけど、むしろ売り上げが上がってしまったなんて)
内心そう思いながら、ジュジュに気付かれないようにため息をつく。
しかし、ナールも魔石発掘へ旅立ってしまったので、あと三~四ヶ月は新しい魔石の補充は出来ない。
今までの販売スピードからもナールが戻る前に、低価格魔法道具は売り切れとなるだろう。
そうなれば少しは売り上げも落ち着くのではないかと思っている。
……というよりも、そう思いたい。最近帳簿を付けながら「この大金、どうしよう……」がもっぱらの悩みの種だ。
弁護士の土井からも「そろそろ株の購入をおすすめします。銘柄はお任せしますが、わからないのであれば、まずは株主優待が厚い企業を選ぶと良いですよ」というアドバイスも貰っている。
正直、土井の指摘通り、株はよくわからないのだが、不動産系に手を出すよりはまだましではないかと思っている。
思った以上にやることが多くて、いっそのこと低価格魔法道具が売り切れたら少し長めの休みでも取って、どこか旅行にでも行きたい気分だ。
思わず大きなため息をついてしまった。
「あら、大きなため息。どうかしたの?」
すかさずジュジュに指摘されてしまい、結珠は姿勢を正した。
「……おばあちゃんが経営していたときはお客さんが少ない寂れたお店をやってたと思ってたから、私もそんなペースかなって思ってたんだけど、思った以上に忙しくて」
「なるほどね。そういえば、リーナの頃はもっと営業日は少なかったように思えるわ」
「そうなの?」
「ええ。しかも不定期で、二日営業したら五日休み……みたいなときもあったわよ」
「まぁ……私みたいなペースで仕事してたら、高齢者だったおばあちゃんじゃ、体力的にも厳しいよねぇ……」
作って売って作って売っての繰り返しだが、そのペースは結珠の想定よりもかなりハイペースだ。
おかげで売り上げは十分だが、やや疲れ気味なのは否めない。
「おばあちゃんが亡くなって、とっくに一年経ったんだけど。本当に怒涛の一年だった……」
「そう……。もうリーナがいなくなって一年なのね……」
ジュジュと出会ったのは、祖母が亡くなって十ヶ月後くらいだった。
そこから在庫の品薄を乗り越え、ジュジュやナールたちと低価格魔法道具を作り始め売りに出してと、ここ二ヶ月くらいはてんやわんやだ。
忙しい最中に、祖母の一周忌法要もあった。
何とか都合を付けて結珠は参加したが、あの厄介ないとこである、みはるが来なかったことにはほっとした。
親戚からは、仕事を辞めてこの古い家で祖母と同じようにアクセサリー作家として自営業を始めたと知られていて、調子はどうだと聞かれたが、曖昧に誤魔化している。
そのせいか親戚たちからは、少々結珠は厳しい状況であると思われているらしい。そもそも祖母のちゃんとした不動産を相続した父が「別に結珠が困っていても、母さんが残してくれた不動産で結珠ひとりくらいは何とでも援助出来るから」と親戚たちに言っていたせいでもある。
どうやら父は結珠がやっていることはわかっていなくとも、それなりに祖母の遺産を結珠がきちんと活用出来ていることを理解しているらしい。
暮らしぶりは会社員時代と変わらないが、特に困窮した様子もなく忙しそうにしている娘を、両親は黙って見守ってくれている。
土井と契約していることだけ、結珠は両親に伝えているので、両親はきっと結珠が祖母の遺産を正しく受け継いだことをわかっているようだった。
こういう勘の鋭さは、やっぱり父も祖母から受け継いだのだろう。
そんな法要も、もう一ヶ月くらい前の話だ。日本の暑い夏がやってきている。
「外は暑いし、でも仕事だけしていたくもないし……。旅行にでも行きたい……」
「あら、結珠が住んでいるところは暑いの? でもこの店はそんなに暑くない……というか少し涼しいくらいよね」
「ワーカード王国ってそもそも四季はあるの?」
「シキ……? ってなあに?」
「あー、えっと……汗ばむような暑い日だったり、雪が降るような寒い日だったり」
「それはもちろんあるわ。へぇ……ユズのところではそれをシキと言うのね」
「四つの季節があるからね。花が咲く春、汗ばむ陽気の夏、木々の葉が色づく秋、雪降る寒さの冬」
「ワーカード王国も大体そんな感じよ。なるほど、四つの季節で四季なのね。いい言葉だわ」
ワーカード王国では、日本同様に季節の移り変わりはあるが、それを四季という表現はなかったらしい。
そういえば、時間の単位も日にちの単位も季節も大体日本と同じようだが、ワーカード王国は一体どこにあるのだろうかと疑問がわく。
異世界だなんて勝手に位置付けたけれど、もしかしたら深く考えてはいけないのかもしれない。
(……そうだよね。魔術だの摩訶不思議なことがある世界だもの。考えたらきっとドツボにハマる気がする)
そうだ、深く考えるのはよそう。ただでさえ疲れ気味なのだから。と、考え始めたことを放棄する。
無事にジュジュへお礼の魔法道具も渡せたのだから、今日は仕事は終了だ。
時間は夕方だし、今日は客足も鈍い。店を閉めても問題ないだろう。
「あーもう! 今日は疲れたから、もうお店おしまいにしよう!」
「あら、そう? じゃあ私はおいとましようかしら」
「ご飯食べていかないの?」
「だってユズ、疲れているんでしょう?」
「そうだけど……疲れてるからこそ、ひとりで寂しくご飯食べたくないじゃない?」
「そうね。じゃあご一緒させてもらおうかしら?」
何か買ってきましょうか? とジュジュに提案されて、結珠は頷いた。
「ぜひぜひお願いしますー! もう今日は夕飯作る気力なし!」
「わかったわ。じゃあ一度どこかで持ち帰りのご飯を買ってくるわね」
「ありがとう、ジュジュさん! あ、お金お金!」
自分の分の買い出しまで頼んだので、お金を預けようとしたが、ジュジュは受け取らなかった。
「私が出すわ。この魔法道具のお礼も兼ねて」
「でも、材料費はちゃんともらったよ?」
「いいのよ。じゃあ、こうしましょう! 今度、ユズが疲れていないときに、またユズが作った食事をごちそうしてくれるってことで!」
ちゃっかりしたジュジュの提案に、結珠は笑った。
「よし、乗った! じゃあ、今日はジュジュさんに甘えちゃおう! ご馳走様です!」
「任せて! あ、でも飲み物まで買ってくると重くなるから、それはお願いしてもいいかしら?」
「大丈夫! 何飲む? ワイン? それとも果実水?」
ジュジュ達に倣って、単なるジュースを果実水ということにも慣れてきた。
最初は言葉の細かいニュアンスが伝わらなくて戸惑った部分も多かったが、最近はスムーズだ。
「せっかくだからワインを頂いちゃおうかしら!」
「わかった! 用意しておくね!」
「じゃあ、行ってくるわ!」
「はーい! お願いしまーす!」
女ふたりで笑い合いながら、夕飯の打ち合わせを終えた。
第三部開始です!
新キャラ登場って言ったのに、次回になりそうです……。(三部タイトルがすでにアレですが……)




