03.お店を開こう!
無事に祖母の家の名義変更を行い、祖母の古い店舗兼住居は結珠のものとなった。
結珠の名義になったからといってすぐに住めるわけではない。
住居部分の整理にまず時間がかかった。
遺産対象になるようなものはすでになかったが、それ以外の祖母の生活用品がそのまま残っている。
さすがに体型も違うし、年齢も違うから祖母の普段着をそのまま着るわけにもいかず、処分することになった。
ひとりでは大変じゃない? と手伝いを申し出てくれた両親と一緒に、仕事が休みの土日に出向いてはせっせと片付けをした。
引き続き使うものと処分するものをわけ、掃除もする。
自分の名義になった以上、結珠は実家を出ることを決意したのだ。
家は人が住まないと老朽化が進む。ただでさえ古い家なのだから、あっという間に朽ちてしまうかもしれない。
社会人になって数年。そろそろ実家を出てもいいかもしれないと考えてはいたものの、祖母の近くから離れることを躊躇っていた。
まさか永遠の離別となってしまうとは思っていなかったが、大好きな空間を祖母は結珠に残してくれた。
出来る限り祖母の存在を残した形で、家を引き継ぎたい。
家具も入れ替えたのは、ベッドと箪笥くらいだ。祖母が使っていたものは処分させてもらって、その他の家具はほぼそのままにした。
特に着物が入っていた桐箪笥は高価ではない普段着の着物がまだ入っていたので、着物ごとそのままにした。
食器類も、申し訳ないが祖母のお茶碗や箸は処分し、使えそうなものは残して足りない分を購入する。
電化製品は、本当にそのままだ。祖母は意外と最新家電を使っていた。
特にキッチン回りは二~三年前にリフォームした際に全部買い替えている。冷蔵庫も炊飯器もオーブンレンジも全然使えるのだ。
これから相続税を貯金から支払わないといけない結珠にしてみたら、引越しに伴う初期投資が少なく済むのはとてもありがたい。
結珠が片付けを終えて、祖母の家で一人暮らしを始めたのは、祖母が亡くなってから四か月程度経った頃だった。
一人暮らし開始から一ヶ月くらいは怒涛だった。
家事は一通り出来るが、今まで実家暮らしに甘んじていたツケは十分だった。
掃除洗濯食事と全部自分でこなす必要性がある。
一ヶ月経ってようやく自分のペースがつかめてきて、趣味に目を向けることが出来た。
残された祖母の作品の販売や自分の新しい作品の作成・販売を改めてどうするか考える。
(……あれ? このままだとお店開けられなくない?)
そう思い立ったのは、当然である。
平日は社会人として働いて、土日も家事をやったりとあまり余裕がない。
不定期営業のお店としてやっていってもいいかもしれないけど、それではせっかくの店舗がもったいない。
いつやっているかわからないお店になどお客さんは来てくれないし、こんな片田舎までわざわざ来てくれるお客さんも稀だろう。
(……というか、ちょっと待って。何かおかしくない?)
祖母は結珠とは違って、年金も貰うような年齢だったため、仕事と定義付けるのであれば、この店を経営していたことが仕事だった。
そして、相続の過程で知ったが、祖母の収入は結構な金額だったのだ。
けれど結珠が知る限りでは、こんな辺鄙なお店はいつも閑古鳥が鳴いていて、あんな収入があるような店には見えない。
持っていた都内の物件の家賃収入かとも考えたけれど、どうにも採算が合わない。
親戚たちも首をかしげていたが、どういう収支になっていたのだろうか。
そもそもネットショップも特に運営していなかったのに、何がどうなっているのだろうか。
そして何よりも、結珠の勘が告げている。
店は定期的に開けるべきだと。
祖母も勘は鋭い方だった。結珠も祖母と同じような勘の鋭さを持っていることがわかったとき、祖母は「絶対にその勘を鈍らせてはいけない」と言っていた。
であれば、結珠がすることはひとつ。
会社は退職して、店を本格的に経営することだ。
普通に考えれば無謀なことだろう。いくら結珠の作品がネット販売で定期的な収入を得ているとはいえ、ちゃんとした収入のある仕事のかたわらでやるのとではわけが違う。
結珠が社会人になってからこつこつ努力していた貯金は、先日相続税のためにかなりの金額を納付してしまった。
そんな状況で退職してしまうのは、絶対に無謀だろう。
でも、どうしても今でないといけない気がしている。
(……おばあちゃんが気にしてくれていた、この勘を信じたい!)
結珠は退職を決意した。
そこからはまさしく怒涛だった。
一応、両親にも退職意向を伝えると、案の定反対をした。
いくら持ち家を得たとはいえ、これから家の修復費用や毎年の固定資産税ものしかかってくる。
そんな中、仕事をやめて生活していくことが可能なのかと。
結珠も必死に両親を説得した。
勘の話もした。眉唾同然の話も両親はちゃんと聞いてくれて、最終的には両親が折れた。
「母さんの勘、あれは息子の俺から見ても驚異的だったよなぁ……。そうか、結珠は母さん譲りの勘の持ち主なのか……。母さんが言ってたんなら本当なんだろうな……」
父はしみじみとそう言った。さすがに息子の父は祖母の勘の鋭さを知っていたらしい。
「わかった、結珠の好きにしたらいいよ。母さんから俺が受け継いだ物件もどうしようか考えてたんだけど、売らずにそのまま所持して、賃貸経営をするよ。その方がお前に何かあっても援助しやすいだろうし」
「いやいや、それはお父さんがおばあちゃんから受け継いだものなんだから、好きに使ってよ」
「だから好きに使うんだよ。欲をかかずにきちんと経営してたら、損することはないだろうしね」
父も祖母の残したものの対応を考えあぐねていたらしい。
ただ欲を出せば破綻しそうな気がしていると、父も祖母のようなことを言った。
なんだ、ちゃんとここから勘の鋭さは受け継がれているのではないかと結珠も感じた。
こうして、結珠は退職を実行にうつすことにした。
職場に退職を申し出たところ、とても驚かれた。
結珠の働きぶりを評価していてくれたらしく、何故と理由を聞かれた。
そこは率直に「祖母が亡くなって、相続した店の経営に専念するため」と伝えると、引き留めるのは難しいと判断したのか、上司も「残念だけど、仕方がないね」と退職を惜しまれた。
そこからまた退職までは引き継ぎ等で怒涛の日々となり、結局きりの良いタイミングでの退職を懇願されて、気付いたら季節は春の節目を迎えていた。
有給消化中に雑事を済ませ、作品もいくつか新しいものを作って、店に並べる。
祖母が残した作品については、丁寧にほこりを落としてこちらも商品として販売継続することにした。
どうしても参考にしたい一品だけ、結珠の手元に置いた。
ようやく自分が満足のゆく準備が整った。
今日からここが、小さいながらも自分の城だ。
結珠は店の中を見渡して微笑んだ。
これ以降は月曜日の週1投稿を予定しております。