29.魔石行商人は旅立つ!
ナールが魔石採掘へ旅立つ前日。
小さな魔石と魔石粉の最後の納品にやってきてくれた。
「よし! 出来るだけやっておいたぞ! おかげで、俺の家でくすぶっていた使い物にならない魔石が綺麗さっぱり消えた! 助かったと言っていいのかどうなのか……」
「えー、そこは素直に助かったって言ってほしいです!」
「……ありがとうな、嬢ちゃん」
魔石行商人にであるナールからしてみたら、やはりまだ小さい魔石というのは抵抗感があるらしい。
地方の土地に行けばまだ多少の使い道がある小さい魔石だが、ナールはあまりそれを地方で卸すことはしておらず、住処に溜めていく一方だったそうだ。
それが今回、結珠が依頼したことで、在庫一掃処分となったらしく、結珠からしてみたら、売り物にならなかったものを売り物として卸せたのだから良いではないかと思うのだが、ナールからしてみたらまだ不満があるらしい。
けれど、結珠がそう言えば、ナールは本当に素直に礼を言ったため、結珠は目を丸くしたあと「どういたしまして」と返事をした。
ナール専用の椅子に、ナールが腰をかけたので、結珠はお茶を淹れる。
そういえば、明日発掘へ旅立つとは聞いているが、どこへ行くとは聞いていない。
王国の地理などさっぱりわからないが、興味があったので聞いてみる。
「ところで、どの辺りまで行くんですか?」
「そう遠くはねぇよ。ばあさんのときだって、店には三~四ヶ月に一度は顔を出してた。とりあえず今回は、大体王都から歩きと馬車を乗り継いで三週間程度の鉱山へ行ってみるつもりだ」
「結構遠くないですか?」
結珠には、歩きと馬車で三週間程度の距離感が全くわからない。でもそれだけかかるのだから結構な遠さではないだろうか。
ナールと別れたあとに調べたら、遠い昔の人たちの脚力だと大体東京から京都までを歩いたら三週間弱らしいので、もしかしたら広島か、あるいは福岡辺りまで行けてしまう距離感を移動するのかもしれない。
「それにしても、魔石が取れる場所っていっぱいあるんですか?」
「いっぱいある……というか、現れるというか」
「現れる?」
「ああ。普通の鉱石とは違って、魔術を使うと大気に魔力が溶けるんだ。それが土にかえって、魔石がうまれる」
「ええ!? 魔石もそういうものなんですか!?」
まさか魔石がそういう魔力の循環で出来るものだとは知らなかったので、結珠はびっくりした。
「そうだ。魔石も元をたどれば魔力の塊みたいなものだな」
「へぇ……。まだまだ知らないことばっかりです」
「ばあさんは、そこらへんの知識をオマエに教えなかったのか?」
「そもそもこの店がナールさんたちの国と繋がっていることを知ったのも、私がこの店を相続してからです。多分ですけど、お金も絡むからあんまり教えたくはなかったんだと思います」
今ならばよくわかる。富をうむこの店のあり方は、結珠の世界では理解しにくいし、金に目のくらむ人間はいくらでもいる。
実際、結珠もこの店のからくりについては誰にも言えていない。
お金の管理に絡んでいる弁護士と税理士が、その片鱗を知る程度であって、まさか異世界と繋がっているなんて思ってもいないだろう。
おかげでどれだけ仲が良くても、結珠の両親にすら、店の秘密は明かせていないのだ。
「遺言……ってのも変ですけど、店のことを教えてくれるおばあちゃんの日記が残っているので、それを読んでいるんですけど、ここのところ魔石粉パーツ付の魔法道具を作ってたりして忙しかったから、最近はあんまり読んでないんですよね」
「……それは早めに読んでおいた方がいいんじゃないか?」
「実は私もそう思ってます」
祖母がどれだけ説明してくれているのかはわからない。
でも読まないことには知ることも出来ないので、今納品してもらった魔石をある程度加工して商品にしたら、また日記を読むことを再開するつもりだ。
そうこうしているうちに、ナールがお茶を飲み切り、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、俺はそろそろ行く」
「気を付けて行ってきてくださいね! あ、そうだ! 餞別! 餞別!」
結珠は店の奥の居住スペースから籠を持ってくる。
籠の中には、ミニチュアボトルと呼ばれる極小さなボトルのウイスキーがたくさん入っていた。
「ごめんなさい! 旅の荷物になるかも……って思ったんですけど、こういうのもあって! もし良かったら餞別に持っていきませんか?」
「オマエ……ずいぶんと持ってきたな。それにしても小せぇ瓶だな。こんなの一口だぞ」
小さな瓶を一本、手に取ってナールがじっくりと眺める。
約二杯分くらいの量があるはずだが、ナールにかかってしまえば一口らしい。
「これ、全部もらってもいいか?」
「そりゃ、もちろん! ナールさんのために用意したものですから。でも重くないですか?」
「どうせすぐなくなる」
あ、そうですね。とはさすがに口には出さなかったが、雰囲気では伝わったらしい。
少し乾燥したナールの太い指で、結珠はデコピンされた。
「いたっ!」
「考えてること、丸わかりだぞ」
「だって、一瞬でなくなるんだろうなって」
「それは間違いねぇな」
そう言い合って二人で笑う。
また会えるとはわかっているが、しばらく会えなくなるのはやっぱり寂しい。
結珠に代替わりして、ナールが初めて店を訪れてからこの一ヶ月、ドタバタと楽しい毎日だった。
おまけに酒好きのナールのせいで、入ったこともなかった近所の酒屋もウイスキー好きの子として顔を覚えられてしまったくらいだ。
「嬢ちゃん、魔石は足りてるな?」
「……多分大丈夫だと思います! 小さい魔石と魔石粉は今、納品してもらいましたし、通常サイズ以上のものも、まだ潤沢にあります!」
「よし! じゃあ、俺は行く。また三ヶ月か、四ヶ月後に来る」
「……はい。行ってらっしゃい」
「おう! 次来るときも、うまい酒を用意しておいてくれ」
「もちろんです!」
ナールは結珠から酒の入った籠をもらって、振り返らずに店から出て行った。
実にあっさりとしていた。男の人なんて、こんなものなのかもしれない。
ようやく売り上げや材料費などの計算入力が終わって、結珠はノートパソコンを閉じた。
「終わったー!」
そのままぱたりとベッドへとダイブする。
税理士と弁護士の土井へ、今月の売り上げ報告を終えたところだ。
打ち込む金額のゼロの多さに、おっかなびっくりである。
最近は、あの謎な黒い箱で換金も一度にはやらずこまめにやって、銀行口座へ入金している。
ちょっと前にいっぺんに換金して、銀行まで持って行くときに非常に怖い思いをしたのだ。もうさすがにアレは避けたい。
明日は店も定休日だし、母でも連れてどこかにランチにでも行こうかなとスマホをいじって店を探していると、ピロンとメールの通知音がした。
メールを見てみると、土井からの連絡だった。
『結珠さん、お疲れ様です。今月もすごい売り上げですね。さすがです。あとはこちらで処理致します。不備や何かありましたら、私か税理士の方から連絡がありますので、少々お待ちください』
「土井先生、こんな時間なのに仕事してるんだ……。お疲れ様です」
時計は現在二十一時を指している。
メールを読みながら、結珠は結局土井もお人好しだなと思ったりした。
報告も終わったし、お風呂でも入るかと結珠は部屋を出た。
◇◇◇
「へぇ? 俺がいない間に、色々面白いことが起きてたんだね?」
「あー、あの店な? 何か安い魔法道具が新しく売り出されてなぁ……。ただ、三回の制限付きだけどな。でも新人とかには役立ってるみたいだ」
「っていうお前も持ってるんだろう? マントに着いたその見慣れないヤツ」
「お、バレたか! 試しに買ってみたけど、面白いな。確かに三回しか魔術は使えなかった。でも威力は申し分ないし、本当に回数制限さえなかったら普通に使えそうなんだけどなぁ」
「どうして三回なんて制限つけたんだろう? しかもこんな小さな魔石を使って」
「知らねぇな。そこらへんはジュジュの方が詳しいと思うぜ?」
「ジュジュ? どうして彼女が?」
「いや、何でもジュジュが作製に携わったとか? 店主の魔女とも仲が良いみたいだぜ」
「そうなんだ。あそこの店主、代替わりして若い力のある魔女になったんだっけ?」
「そうそう。お前と同じ黒髪の、背の低い魔女だったぜ。でもめちゃくちゃ魔力持ってる」
「へぇ……。興味あるな?」
というわけで、第二部完です!
次から第三部へ入ります。
ぜひとも評価入れて頂けると嬉しいです!
ちなみに何やら最後に意味深な感じとなりましたが、次の更新で多分すぐ出てきます。(笑)




