23.魔石と魔法道具の問題点の洗い出し
二人は結珠にワーカード王国の貨幣価値を教えてくれた。
銅貨十枚で半銀貨一枚。
半銀貨十枚で銀貨一枚
銀貨十枚で金貨一枚。
金貨一枚で十万円だから、銀貨が一万円、半銀貨が千円、銅貨が百円という感じらしい。
結珠が注文した小さな魔石は一個あたり五万円程度の価値となる。もう高いのか安いのかわからない。
大体王都では家族四人で一ヶ月金貨二枚あれば十分に暮らせるらしい。
駆け出しの魔術師でも、運よく王立魔術師団に入れれば、新人は一ヶ月で金貨三枚程度の給料とのこと。
けれど、そこから日々の暮らしの分を引いてお金を貯めて通常の魔法道具を購入するとなると半年程度はかかる見込みだ。
王立魔術師ならば、任務時に貸与される魔法道具があるので、しばらくは困らないらしいが、冒険者になるとそれすらも自力で用意しなくてはならない。
魔術師という職業は、なかなか大変なようだ。
「そうなんだね。うちの商品だと大体金貨八枚から十枚くらいの値段の商品が多いから、買うの大変か……」
「そうね。ものすごく頑張ってお金を貯めて半年かかるかかからないか程度ね。でも王立魔術師は比較的裕福な人間が多いから、そんなに頑張ってお金を貯めている印象はないかも」
ジュジュ曰く、王立魔術師になれる人間は大体が貴族で実家が裕福とのこと。親がぽんと金を出してくれるので、最初から順風満帆のようだった。
「ジュジュさんは……」
言いかけてやめた。苦労したと言っていたのだから、ジュジュは違うのだろう。
ジュジュも結珠が何を言いかけたのか理解したのか、苦笑した。
「うちは……一応子爵家なんだけれど、そんなに裕福ではないわね。多少の援助はあったけれど、質の良い魔法道具を買えなくて……貸与の魔法道具で頑張ったんだけど、失敗も多かったわ」
「ごめんなさい、変なこと聞いて」
「いいのよ。でも私も頑張ったの! 今では第三位よ!」
自分が頑張ったことは、胸を張って言える。ジュジュは笑っている。
「第三位ってえらいの?」
「えらいというか……。師団長、副師団長の次が私よ」
「十分えらい人だね……」
ジュジュは努力の人のようだ。であれば、使用制限がある可能性が高いとはいえ、低価格で質の良い魔法道具があれば……と嫉妬めいたことを考えるのは仕方がないことなのかもしれない。
「……検証はしてもらいたいけど、新しい魔法道具については、あり方をきちんと考えるね」
急に不思議なことを言い出した結珠に、ジュジュがきょとんとした顔を見せた。
「どうしたの、急に?」
「使用制限付きとはいえ、便利な魔法道具が出来るって良いことだと思ったんだけど、それにばっかり頼り切られると、逆に大事故に繋がるんじゃないかなって、今急に思ったの」
「大事故?」
「うん。魔石を増やして、使用回数も増やせたらって思ったけど、逆に慢心の原因にもなったりとか……あるんじゃないかなって」
「例えば?」
「通常の魔法道具よりも安いから、複数個買って、使用回数を増やして、自分は出来るぞー! みたいに後先考えずに魔術使って、逆に追い詰められるとか……?」
「まぁ、無きにしも非ずだな。だが、そんな使い方をするヤツのせいであって、嬢ちゃんのせいではないと思うぞ?」
ナールが結珠の肩をもってくれる。しかし結珠は首を振った。
「確かに私のせいじゃないかもしれない。でも、そういう人って結局自分に不利益があったときには、他人のせいしてしまうんですよね。で、結局うちの店へ怒鳴り込もうとして入れなくなる……余計に怒りに油を注ぐかたちになるとか」
良いと思って始めたことだったが、デメリットも多い可能性が高い。
やはりどんなことでもメリットだけでは済まないのだと気付く。
「……となると、購入制限をかけるのがいいのかな?」
「購入制限? 買えないの?」
馴染みのない言葉らしく、ジュジュが首を傾げる。
「ううん。買えないんじゃなくて、一人ひとつまでとか、買える数の制限をするの。あとは、代理購入出来ないように、必ず魔術師だけが購入できるようにするとか……」
「なるほどね。安いからって大量購入するのを予め制限するってことなのね」
「そう。私の世界でも良くあるのよ。安いからお一人様ひとつまで……。並び直しての購入は不可とか」
「並び直す?」
「うん、安い商品を売ると、会計に並ぶことがあるの。そうすると並び直してもう一個買おうとする人とかもいるんだよね」
結珠の店ではそういうことは起きないので、並び直して会計という概念はないだろう。
逆に後日もうひとつ購入に来る可能性を否定出来ない。
「ジュジュさんにちゃんと検証してもらって、商品の方向性が完全に固まったら、購入制限付きでの販売計画を考える。これならどうかな?」
「一人ひとつ……。考えたこともなかったわ。魔術師の大半が魔法道具を複数持って仕事をしているから」
「普通ならそれでいいと思うのよ。でもこういういざって時用の物ならば、一人でも多くの魔術師の人たちの手へ行き渡って欲しいじゃない? それに、もしも他所のお店が大量購入して転売しようって考えても、それを阻止できるし」
「転売って?」
「あー。そういう概念もないのかー。転売っていうのは、安く仕入れたものを別の店で高く売る行為というか……」
「まぁ、そういう心配はしなくてもいいんじゃねぇか? 嬢ちゃんの店の方が安く買えるのに、わざわざ高い金出して買うヤツもいねぇだろう」
ナールに指摘されて、それもそうかと思い直す。
でも悪い人たちというのは、そういうのを見越して予想外のことをしてくるので、何とも言いにくい部分もある。
「むしろ気にするべきは、類似品を出そうとする店が出るってことじゃねぇのか?」
「でもナールさん、言ってたじゃないですか。白い粘土なんてないって」
そうだ。ジュジュたちのいる世界には、土粘土だけで、クラフト系の樹脂粘土はないのだ。
だが、材料の素材が違うのに、同じようなものを作れるのだろうか?
当然湧き上がる疑問だ。
「実際にそちらの粘土を使って作っているわけじゃないから、私が作るものと同じ効果を得られるとは限りませんよ?」
「確かにな。じゃあそれも検証してみるか?」
「え? それってどういう……」
「検証結果を伝えに来るときに、俺がこっちの粘土を用意してやるよ。それを店に持ってくるから、その粘土を使ってオマエが作ったような細工が作れるか試してみればいいじゃねぇか」
「なるほど! でも普通の土粘土なんて使ったことないんですけどね。それも焼けばいいのかな?」
陶芸と一緒で良いのだろうか?
だとすれば、焼くには温度が足りないかもしれない。
銀粘土用の電気炉では最高で九百℃程度だ。今スマホで調べるのは二人の手前、やらない方がいいと判断した。あとで調べてみよう。
結珠ひとりでは気付けなかった問題点が、ジュジュやナールがいることで解決に向かっていく。
やっぱり作ることは楽しい。
その日の三人は、遅い時間まで魔法道具のアイディアの話で盛り上がった。
突然ですが、来週の更新、一日に3回の予定です。(ちなみに来週だけです)
何で3回更新するのかについては、本当に大した話ではないので、来週お伝えします。




