02.いとこの言い分
四十九日の法要の日から、一週間後の日曜日。
結珠は、顧問弁護士と鑑定士、みはると見届け人として、他の中立のいとこ二人の計六人にて、結珠が相続予定の祖母の家に来ていた。
この予定を決めるまでもひと悶着あった。
「鑑定士についてですが……」
そう顧問弁護士が切り出すし、みはるは張り切った。
「それはアタシが連れてくるわ! アンタや結珠が用意した人じゃ、結珠に有利になるように鑑定するかもしれないし」
「木村さんがお連れになるのは結構ですが、その場合の費用は木村さん負担となりますがよろしいですか?」
顧問弁護士にそう言われ、みはるは嫌そうな顔をした。
「え? なんでアタシが払わないといけないのよ!」
「貴方がご自身で連れてくるとおっしゃったからですよ。璃奈様が遺言状を作成した際に鑑定した方に再度お願いするのであれば、別途の費用負担は私の方で行いますがいかがしますか?」
顧問弁護士の方で依頼すれば、タダ。その言葉に気持ちが揺れたのか、みはるは渋々了承した。
そして立ち合い人として親戚の中から二名ほど欲しいと顧問弁護士がお願いしたところ、話を静観していた年長のいとこ二人が名乗りを上げてくれた。
こうして再査定の日を迎えたのだが、すでにみはるはブツブツ文句ばかり言っている。
まずそもそも、祖母の残したこの家が自分の自宅から遠かったことが不満のひとつらしい。
(遠いのわかってるんだから、そこで文句言わないで欲しいわ……)
口に出したらわめかれるのはわかっているので、結珠は心の中で毒づく。
確かにこの地域は首都圏にも関わらず、最寄り駅に出るまでの交通網がすこぶる悪い。
場合によっては、新宿や渋谷といった繁華街に出るのに二時間弱はかかってしまうのだ。
その代わり、広大な土地がある分、アウトレットモールや大きなショッピングモールはたくさんあって、生活する分にはむしろ快適である。
みはるのように華やかな生活を送りたい人間にとっては、あまり魅力的ではないのだろう。
相続に文句を付けているのも、単純に結珠が自分よりも良い思いをしていないか、探っているだけだ。
まったくもって労力の無駄遣いだろう。
顧問弁護士や鑑定士は仕事だからか特に気にした素振りも見せていないが、立会人のいとこ二人はみはるの言い分に苦笑している。
六人は家の中に入る。
祖母が亡くなって約一ヶ月半。結珠がこの家の入ったのは二ヶ月以上前のことだったが、中は特に変化がなかった。
若干の埃っぽさは感じるが、祖母が生きていたときのまま、家の時間は止まっている。
さすがに冷蔵庫の中の生鮮食品は処分されているが、調味料などの長期保存が可能なものはまだそのままだった。
二階建て2LDKの一軒家。その住居と繋がる形で、十坪程度の小さな店舗とその横に作業スペース兼備品収納の倉庫。
それが祖母の家だ。
まずは住居部分だが、キッチンやトイレ、風呂といった水回りは二~三年前に祖母がリフォームしたので新しい。
みはるはそこから目を付けた。
「あら、家は古いけど、キッチンとか新しいじゃない! こういうの、新しいんだから価値あるんじゃないの?」
最初からトップスピードでのいちゃもんに、顧問弁護士もそういう質問が出るのがわかっていたのか、さらりと答えた。
「システムキッチンは買い取りを行っている業者もありますが、大体二十万程度の買い取りぐらいからスタートしますね。そこから経年劣化と工事費用を差し引いた分が実際の買い取り価格になるかと思いますが、こちらのキッチンは結珠さんに相続させるために改装したのではなく、あくまで璃奈様がご自身の生活のためにされたことです。甘く見積もったとしても現時点では恐らく十万円になるかならないかぐらいかと……」
「えー? それなら買い取ってもらって、他の人たちの相続分にすればいいじゃない」
「そもそも、この家自体、建物は古くてほぼ価格が付かない状態です。坪単価から計算しての土地価格も貴方が相続する分の八割程度。中の家財等全部含めても、他のお孫さんたちの相続分と比較しても足りない状態です。そこからさらに引けと?」
顧問弁護士の言い分に、みはるは小さく舌打ちした。
「じゃあ、他に価値のあるものは?」
「ですから、ないかと……。あとは、店舗の方でしょうか」
「そっち行くわよ!」
店舗に金目の物があるかもと促されて、みはるは店舗部分へ乗り込む。
雑貨が置いてある店舗は商品がそのままになっていた。二ヶ月近く何もしていなかったので、うっすらと商品にほこりが被っているのが見えた。
「ちょっと、やだ! 何か石が付いてるじゃない!」
みはるは売り物のネックレスを手に取って、みはるの後についてきていた鑑定士に突き出した。
鑑定士はそれを受け取るとルーペを取り出して、商品を見極める。
しかしすぐに鑑定をやめた。
「ちょっと! もっと良く見なさいよ!」
「あー、申し訳ないですけど、そんなにじっくり見なくてもわかります。こちらはガラスですから」
「は? ガラス?」
高価なものならば、こんなに無造作に並べるのではなく、ちゃんとしたガラスケースに入れて、セキュリティもしっかりと管理しているだろう。
そもそもネックレスに付いた値札にも三千円と記載されている。
「このガラス玉、宝石風にカットされてますけど、原価なんて精々数百円ですよ」
「数百円……」
「ええ、ここにある商品は、ガラスとか天然石とか、珍しいものではなくて、全部手芸店で買えるものです。ひとつひとつの原価は千円未満のものが大半。こちらの弁護士さんからお話を聞いた限りですけど、近所のお子さんがお年玉とか貰ったりした節目のときにお金を握りしめて買いに来る……みたいな客層だったらしいですし、子供でも買えるような商品しかないですよ」
「……じゃあ、ホントにここには金目のものはないってこと!?」
「ですから、そう申し上げております……。それについて納得されなかったのは木村さんですよ」
みはるの喚きに、顧問弁護士も呆れたように突っ込んだ。
結珠も祖母の作品の価値くらいわかっている。そもそも一緒に作っていたし、たまに祖母に頼まれて、結珠がパーツ材料の買い出しを仕事帰りに都心でしていたくらいだ。
ただふと考えてみると、祖母から頼まれるのは大体チェーンやら丸カンといったパーツ類ばかりで、メインの石については頼まれたことはなかったなと気付いた。
きっとお気に入りの仕入れ先があったのだろう。
「みはるちゃん、もう諦めなさいよ。これ以上口出ししたら、あんた本当に相続人から外されちゃうわよ」
「そうだよ。大体、結珠ちゃんはこの家だけだ。現金はないから、相続税は自分で払わないといけない。僕たちは、相続税分も含めてもらう形で、税金納めても一千万円は残る計算なんだ。結珠ちゃんは相続税も支払ったら、わたしたちの六割くらいにしかならないんだよ」
「六割!? え、そうなの?」
みはるは肝心なところをちゃんと聞いていなかったらしい。
八割どころか、結珠の完全なる取り分は六割程度と聞いて、みはるの顔はさっきまでの不服顔から笑みに変わった。
「あらぁ、そうなの! じゃあいいわ! 納得してあげる!」
結珠が損することだけには敏感なみはるだ。
正直に言えば、結珠はこの相続を損だとは思っていない。子供の頃からよく来ていて、手入れの行き届いて居心地も良いし、祖母の作品とまだ一緒にいられることを嬉しく思っている。
でもそれをみはるに言えば、きっと祖母の作品を壊して回ることくらいするだろう。
「……みはる。お店を継ぐ継がないにしても、もしもおばあちゃんの作品を処分することになれば、その処分費用もかかるのよ。あと、住居の方もおばあちゃんの普段着とかいっぱい残ってる。みはるが遺品整理とか手伝ってくれるわけ?」
「いやよ、そんなめんどくさいこと。この家は結珠のものになるんでしょう? アンタがやればいいじゃない」
相続後の苦労になるであろう話を結珠がしてみれば、案の定みはるはそれすらも結珠の苦労になると判断したらしく、とても楽しそうに拒否をした。
こうしてようやく納得したみはるは、意気揚々と帰って行った。
結珠は、集まってくれた四人に頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしました」
顧問弁護士と鑑定士は、仕事ですからと笑って帰って行った。
ちなみに顧問弁護士に至っては「もしも何かありましたら、すぐにご連絡ください。必ずお力になれると思います」と丁寧に結珠へ言い含めて帰って行った。
もう弁護士に連絡するような事態は起きないで欲しい。
なお、いとこ二人は結珠と一緒に弁護士たちを見送ってから、結珠を労ってくれた。
「みはるちゃんも結珠ちゃんのこと、昔からライバル視してたからねぇ……。いやーでも、ホント結珠ちゃんがこの家継いでくれてよかったわよ」
「そうそう。うちの両親もさー、ばあちゃん死んだあと、この家どうするんだろうって話してたんだよねー。正直、あんなに財産あるなんて知らなかったから、こんな片田舎の家もらっても……とか、そもそも地価下がってるらしいから、売れるのか? とか、もし売れて金になったところで葬式代くらいにしかならないよねって」
何とも酷い言い草だ。そもそも結珠の一家は、いまだにこの近所に住んでいる。
首都圏なのに車がないと生活出来ない片田舎で悪かったな、このやろうとうっかり睨んでやる。
自分たちの発言が無神経だったことに、結珠の表情を見て気付いたらしく慌てて、ご飯でも行こう! ごちそうするから! と結珠の背中を押した。
こうして、結珠はようやく自分の城を手に入れたのだった。