19.魔石行商人と魔術師の邂逅
「ところで、今日は何で呼ばれたのかしら?」
ジュジュに今日店へ来てほしいと約束は取り付けていたが、事情を説明していなかった。
結珠はごめんと謝る。
「ごめんなさい! 言ってなかったっけ? その……試作品を作ったので、検証に付き合ってほしくて……」
「試作品? ああ、これ?」
店のカウンターに置いておいた三つのネックレス。ジュジュはネックレスをのぞきこんだ。
「これも魔法道具? あら、小さい魔石が付いてるのと付いてないのがあるわね。でもこの石の大きさじゃ、魔術は使えないんじゃない?」
「だから試作品なんじゃない。……この前、話をしていた小さい魔石で作る魔法道具ってやつなんだけど」
若干揉めたので、なかなか言いにくい部分がある。
手に取っても? とジュジュに聞かれたので、結珠はうなずいた。
ジュジュは魔石粉を混ぜた粘土細工のパーツと小さな魔石数個を組み合わせたネックレスを手に取った。
「何かしら……これ? 魔石はすごく小さいけど、魔力は入っているわね。こっちの魔石じゃないのも何だか微力ながら魔力を感じる気がするわ」
「あ、それね。魔石を削って小さく加工したときに出た粉を混ぜて作ったやつ」
「…………え? 粉?」
「そう、粉。こういうやつなんだけど」
結珠は瓶に入った魔石粉を見せる。ジュジュは瓶を凝視したまま固まった。
「ジュジュさん?」
「粉って……石でもないのに何でそんなものを……」
「うーん? 私が単にこういうモチーフを作るのが得意だから、それを作るにあたって、何か魔石と絡められないかなーと思って、思いついたのがこれだったんだけど」
どうやらジュジュの常識ではあまり考えられないようなことらしい。
確かにナールも似たような反応だった。
「そうだろうよ! このネェちゃんの反応が普通なんだよ!」
こんなセリフと共に、扉のベルを鳴らしながら店に入ってきたのはナールだった。
「あ。ナールさんもいらっしゃい」
「試作、完成したんだな! でもオマエはもう少し自分が変だって自覚した方がいいぞ!」
「そんなこと言われても、やってみたい! って思ったらやらずにはいられないというか……」
そんなことを言いつつも、実は結珠も少々無理矢理だったという自覚はある。
こんな暴挙に出た原因は、売り上げの金額だ。オープンから今までの売り上げは、結珠の予想をはるかに超えている。
いくら魔石の在庫があって、仕入れを行っていなかったにしても異常だと感じるほどだ。
金貨一枚で十万円。そう考えると手元の金貨の枚数に悲鳴を上げたくなった。
そのせいで、これからの税金対策……と、少し気が遠くなって、売り上げを持て余し気味な気持ちになってしまったのだ。
試作品が失敗して、多少金貨を失っても『税金対策の負担が少し減るかな…』などという現実逃避である。
結珠の中では、ダメで元々! といった感覚なのだ。それを事情もわからない人たちに理解しろというのは難しいだろう。
呆れられているのはわかっている。でも色々と試してもみたい。
結珠は祖母から与えられたものをそのまま引き継ぐだけでは面白くないと思っているのだから。
「ユズ? この人は?」
やいのやいのと言い合いを始めた結珠とナールを見ていたジュジュは戸惑っていた。
「ごめんなさい! えっと、ナールさんです。この人が魔石行商人です」
「オマエ! いきなり俺の正体を明かすな!」
「すみません。で、でも! ジュジュさんは大丈夫です!」
「何が大丈夫なんだ!?」
「だって、わからない私に色々教えてくれている魔術師さんだし、それに何かあったら店が守ってくれるし!」
「店が守るだぁ? 何言ってんだ、オマエ! オマエは守られても俺は守られないだろうが! 店の外に出て、何かあったら一発だぞ!」
「あ、店の防犯機能のこと、知ってたんですね」
「そりゃ、ばあさんから説明されてたさ! こっちもぼったくれば店には二度と入れなくなるってなぁ!」
やいのやいのと続く二人の応酬に、ジュジュは驚きからは解放されたものの次は呆れていた。
「もう! 二人ともいい加減にしなさい! ユズ! ちゃんと説明していなかったあなたが悪いわ! そもそも私にもちゃんと説明してくれていなかったのに!」
「ネェちゃんもかい! おい、嬢ちゃん! ちゃんと説明しろ!」
二人から突然責められる形となった結珠は、素直にごめんなさいと謝った。
二人がかりの説教から解放された結珠は、自分の分を含めた三人分のお茶を淹れてきた。
「えっと……改めまして、こちらは魔石行商人のナールさん。そして、こちらは魔術師のジュジュさんです。ジュジュさんは私の店のお客さん第一号です」
それぞれ紹介された二人は会釈しあった。
「ナールだ。先代の店主だったばあさんのときは、ほぼこの店専任で魔石売りをやってた。これからもそのつもりでいるんだが……まぁ、嬢ちゃんは行商人って言うが、魔石発掘から加工、納品まで一人でやってる。見ての通り、ドワーフだ」
あまりにも危なっかしいとナールに目線で言われて、結珠も恐縮しっぱなしである。
いきなり正体を明かしたのは確かに良くなかった。
ジュジュも苦笑しながら、ナールへ向けて自己紹介をしてくれた。
「自己紹介ありがとう。私は王立魔術師団所属の魔術師、ジュジュよ。第三位を賜っているわ」
「王立!? ジュジュさんってもしかして偉い人?」
「嬢ちゃん……オマエ、そんなことも知らなかったのかよ」
結珠は、ジュジュの身分が王立魔術師団所属と言われても、正直ピンとこない。ただ『王立』と付くくらいだから、この店と繋がっているワーカード王国に仕える魔術師なのはわかる。
「ユズが知らないのも無理はないわ。私、今初めてユズに王立魔術師団所属だって言ったんだもの。ここでは魔術師ジュジュとしか名乗っていなかったのよ」
「なるほどな。まぁでも嬢ちゃんの人を見る目は確かかもな。王立魔術師団所属ならば、俺たち魔石売りを無下には扱わねぇだろう」
「そんなことをしたら、私が国から追われる立場になるわね。だからユズだけではなく、貴方も安心させるために身分を明かしたのよ」
ジュジュの気遣いに結珠も感謝した。
「ジュジュさん、ありがとうございます。本当にすみません……」
「ユズが私たちの国の事情をあまりよく知らないのはわかっているから大丈夫よ。それにこれはこの前のお詫びでもあるから」
「お詫び?」
「気付かないのならばいいわ。単に私の気持ちの問題だから」
よくわからないことを言われて結珠は首を傾げたが、ジュジュは気にしていない。
「さて、それで今日私たちが呼ばれた理由は?」
ジュジュに促されて、結珠が頷いた。
「えっと、ナールさんには私の依頼で、魔石を小さいものと粉状に加工をして頂きました。で、それを納品してくれたときに、試作品はいつ完成するのか聞かれたので、大体一週間くらいで出来るだろうって伝えたら、どんな試作品が出来上がるのか興味があるから、完成する日に店へ来るって約束をしたんです。だからジュジュさんには、その試作品が使えるものになっているのか、試してもらいたくて来てもらいました」
私は作ることは出来ても使えないのだと言えば、二人は納得した。
「そうね。魔女は魔法道具を作るだけで、魔術が使えるわけではないものね。試作品を試すには、魔術師が必要だわ」
「確かにな。まぁ、俺もただ試作完成品を見に来るって言っただけで、実際どうなるかとか考えてなかったからな。すまねぇ」
ナールも魔石を売るだけで魔術が使えるわけではない。試作品を見たいとは言ったものの、それが実際に使えるか、結珠と二人だけでは実験も出来なかったことにようやく気付いた。
「えっとそれで、私は店から王都側には出られないので、出来ればジュジュさんにはこの試作品を持って帰ってもらって、後日ナールさんと一緒に検証頂ければなと」
「……私が持ち去る危険性とか、考えた?」
「うーん。でも、本当に使えるかわからないし、それに持ち去ったら二度と店には入れないでしょう? それってジュジュさんの望むところ?」
店の防犯機能を逆手にとったずるい聞き方である。
結珠も自分の店の価値を先日ジュジュからこんこんと説明されたので、そこは理解したつもりだ。
結珠の店に入れなくなれば、ジュジュの経歴に傷がつく。
「……ユズもちゃんと考えてるのね。いいわ、協力してあげる! ナールさん? 貴方、明日以降暇はある?」
今の時点ですでに夕方だ。夜に検証するのは危険性が伴うので、やるとすれば明日以降の日中だ。
「俺か? 別に明日は一日中特に予定はねぇぞ」
「じゃあ話は早いわね。明日実証実験をしましょう。立会人は貴方で」
ジュジュは不敵に笑った。