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18.魔石と魔法道具の価値



「限界に挑戦って……一体何をやらかす気?」


 呆れ半分、興味半分といった感じでジュジュは尋ねる。

 結珠も何と説明したものか考える。


「魔石行商人に色々聞いたの。魔術を使うための最小限の魔石の大きさとか」

「ああ、なるほど。だったらわかるでしょう? いくら魔石の質が良かったところで、小さかったら魔術を使うのにも制限が出るわ」

「だから、それをどうにか少し改善出来ないかなーと思って」

「改善? どういう意味?」


 結珠はジュジュに商品の価格の高さで購入を諦めて帰った客のことを説明した。


「なるほどね。確かにそういう不便さはわかるわ。私も駆け出しの頃は色々と苦労したし」


 報酬もそう多くなく、新しい魔法道具を買いたくとも先立つものがない。

 ようやく買えたとしても小さい魔石の魔法道具ではすぐに魔石内の魔力が底をつく。魔力の補充を魔女たちに依頼しても、やっぱりまた金がかかる。

 軌道に乗るまではまさしく自転車操業そのものだ。


「だからこそ、そういう苦労を少しでも軽く出来たらなぁ……って思ったんだけど」

「……正直、そんな魔法道具が本当に手に入るんなら、駆け出しの魔術師は助かるでしょうね。でも少し羨ましくも思うわ」


 結珠が本当にそんな魔法道具を作れば、駆け出しの魔術師は助かるのだろう。けれど、そんな苦労時代をくぐり抜けてきた精鋭の魔術師たちは快く思わないかもしれない。

 ジュジュが自分のそんな心情を隠すことなく告げると結珠は眉を八の字にした。


「……それはわかるな。本当にそんな魔法道具の作成に成功して売り出したら、反発する人は多くいるだろうね」


 魔術師だけではない。魔法道具を扱う他の店からもきっとよくは思われないだろう。

 ただ結珠の店の怖いところは、そんな悪意のある人間を店に一切寄せ付けないことだ。

 営業妨害の意思を持って店にやってきても入ることすら出来ないし、店の外からの嫌がらせも跳ねのけてしまう。

 そして結珠はその悪意にすら気付かない。


「……反発する人がいても多分私は気付けない。だって相手はこの店に入れないんだもの。しかも外の様子もわからない。でもそれを店の外から見た人たちは、何の反応もしないなんて傲慢な店だなって思うかも」

「リーナが経営していたときもそうだったけど、この店で買い物が出来る客は特別な魔術師だってそう言われてたわ」

「そうなの?」

「ええ。以前の私はよくわからなかったけど、ユズに店の仕組みを聞いた今なら納得出来るわ。悪意のある人間は店へ入れないから客の質も良い。さらに品質も大きさも申し分ない魔石がついた魔法道具を買える。値段ももちろんそれなりだからきちんと依頼を受けて成功させていて、それに見合った報酬を受けている魔術師でないと店に選ばれない。リーナの店で買い物が出来るということは、一流であるという証でもあったのよ」


 苦労した時代を乗り越え、一流と呼ばれるに相応しい実力と財力を身に着け、店に対して不義理なことをしない者だけが購入を許される良心店。

 それが結珠の祖母である璃奈の店から引き継がれたステータス。

 そのステータスを根本から覆そうとしているのが後継者の結珠。


「あなたが低価格高品質な商品を作ろうとしていることは悪いことではないとは思うけれど、でもそれに伴う悪影響も考えた方が良いわ」

「…………うん。ありがとう、わかった」


 気まずくなったのか、ジュジュは結珠が出したお茶を飲んで帰っていった。



 結珠の考えでは、安い商品は歓迎されると思っていた。

 けれどジュジュの考えでは、高い商品はある種のステータスであるという。

 先程ジュジュが帰る前にもう少々詳しく聞いてみたが、祖母の作った魔法道具を持っていると、依頼主からの信頼度が高かったようだ。

 祖母の扱う魔法道具の信頼度は魔術師以外にも広まっているようで、祖母が亡くなってその店を引き継いで同等価値以上の品質を保って店を経営している結珠の評判も、最近王都では広まっているらしい。

 ガラの悪い人間が何人か店から排除されている様子を見た人間も結構いるので、その評判はますます上がっている。

 そのせいか、やはり買えないとわかっていても店を冷やかしに来る客も少なからずいる。

 真剣にひとつひとつの商品を見て、最後に値段を確認してがっかりした顔で帰る客を見ると、結珠も残念に思ってしまう。

 その憂いを解消したいが、高い商品を取り扱っているという信頼感も捨てるわけにはいかない。


 どうにかしてそれを両立出来ないものか……。

 結珠はジュジュのアドバイスを聞いて、先走りかけていた心にブレーキをかけた。

 低価格と高価格の商品の両立はしたいけれど、お客さんとの対立も避けたい。


「どうしたものかなぁ……」


 結局のところ、悩みはつきないのだった。






 もやもやとした気持ちを抱えながら、結珠は試作品を何とか完成させた。

 試作品は三つのネックレス。


 一つ目は、魔石粉を混ぜた粘土細工のパーツと小さな魔石数個を組み合わせたもの。

 二つ目は、粘土細工パーツのみのもの。

 三つ目は、小さな魔石数個だけのもの。


 ナールが再び店を訪ねると言った前日に完成させた。

 今はナールが来るのを待っているところである。

 ちなみにジュジュにも同じ日の閉店時間頃に来てほしいと伝えてあるので、二人が来るのを待っている状態だ。

 段々と夕方に近づいて、閉店時間になる頃に、ナールより先にジュジュが店に来た。


「ユズ、この前は変なこと言ってごめんなさいね」

「ううん。私も考えなしだったかな……って思ったから大丈夫。こっちこそごめんなさい」


 ジュジュは結珠と顔を合わせるなり、開口一番先日の件を謝ってくれた。

 そしてその心情も隠すことなく教えてくれた。


「多分ね、嫉妬なんだと思うわ。試作なんてユズは言ったけれど、大魔女じゃないかって最初に私が勘違いしたくらいだから、きっとユズが考えた魔法道具は素晴らしいものになると思うの。それを苦労せずに使える駆け出しの魔術師たちが羨ましかったのね。私は新人時代にあんなに苦労したのにって」

「ジュジュさんがそう思うのもわかるよ。私だって、良い作品を安価で作る人がいて、そっちが人気だったら……って思うと、すごく嫌な気持ちになるし。それにね、同業者にも言われたんだけど、自分の作品を安く見積もってはいけないって。ひとつひとつ手作業で職人が作るものだから、量産品よりも高いのは当たり前だって」

「確かにね。ここの魔法道具を購入する人たちは、その手作業で作っている品を求めて来ているから」

「それもわかるんだ。でも、私は多分量産品って呼ばれるようなものも作りたいんだと思う。私はジュジュさんたちの国には行けないから、どんな様子なのかは、教えてくれることしかわからない。でも、命の危険性すらあるような危ない場所にも仕事で行かなきゃいけないんだって教えられて、だったら生存率を少しでも上げられたら……って思ったんだよね。だって、新人だって家族はいるでしょう? 亡骸になって帰ってくるかもしれないって思ったら、家族にとってそれはとても怖いことだと思うの」


 魔力、魔石、魔術だなんて、結珠にとっては、フィクションで物語の中での話でしかない。

 そんな世界で生きている人たちの危険なんて、結珠には全く想像出来ない。

 けれど、客たちの話を聞いている限り、十分な魔法道具を用意出来ずに命を落としていく者たちが多いのも事実。

 どうにかその憂いを取り除きたい。

 平和に生きている者のおごりかもしれないが、考えることをやめたくはないのだと告げれば、ジュジュは目を見開いた。


「そう……そうね。私、そんな便利なものがあってずるいなんて思ったけれど、命の危険性って考えたら必要なものだわ」


 ジュジュも忘れていた。今まで自分にあった苦労の中で、確かに命の危険を感じる出来事もあった。

 多少の怪我で無事に乗り切ったのと、最近はその危険性すらあまり感じなくなっていたせいで、すっかり忘れていた。

 命を落とす者もいれば、命は助かっても身体を損なって、それ以上魔術師として生きられなくなった者は多く見てきたはずなのに。


「ユズ、ありがとう。私、大切な事を忘れていたわ」

「……? いいえ? どういたしまして?」


 急に感謝の言葉を述べたジュジュに、結珠はわけもわからず返事をした。ジュジュはその様子を見て微笑んだ。



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