14.魔石行商人はドワーフ
ジュジュの手がかりよりも先に、本当に祖母が言っていた通り、魔石行商人が店にやってきた!
祖母を信じていないわけではなかったが、半信半疑であったのも事実。
しかも、もじゃもじゃ髭のドワーフのおっさん……いやいや、おじさまである。
さすがに魔石を売ってくれる人を、いくら脳内とはいえおっさん呼ばわりはだめだろう。
結珠はわざとらしく咳払いすると、頭を下げた。
「すみません。祖母からは、魔石行商人はそのうち店に来るから待ってなさい……としか言われていなくて、どんな方が来るのかは聞かされていなかったんです」
「そうかい。まぁ、アンタの反応を見る限り、ドワーフが来るなんて言ってもどうせ信じないとでも思ったんじゃないのか?」
バレてる!
ドワーフなんて、空想の世界の人種だと思っていた。
そもそも魔石だとか魔女だとか魔術師だとか、店を開いてからありえない単語ばかり聞いているので、実際に日記に書いてあったとしても、多分信じただろうが。
「すみません……あの、私あんまりそちらのことに詳しくはないんですが、ドワーフがいるってことはエルフもいるとか……?」
「エルフ? ああ、いるぞ。王都みたいな騒がしいところにはあまりいないが、田舎の領地とか行ったらいるはずだ」
ついうっかり聞いてしまった。何となくの結珠のファンタジー世界のイメージではドワーフとエルフはワンセットだ。
そして本当にエルフもいるらしい。
どういう原理かはわからないが、この店は本当に異世界と繋がっているのだなと結珠は改めて感心した。
「さて、俺は魔石売りだが、他の客に見られると面倒だ。店、閉められるか?」
「あ、はい! もう閉店時間に近いし、他にお客さんもいないので、大丈夫です!」
結珠は店の扉に掛けた札をクローズにひっくり返して、扉の鍵を閉めた。
「これで大丈夫でしょうか?」
「誰も入って来れないようにしてくれればいい。ところで俺の椅子ねぇか?」
「椅子?」
「おう、ばあさんが俺専用に椅子を用意してくれてて、いつもこの店に来たときはそれを使ってたんだけどよ、見当たらねぇな」
子供のような身長のドワーフに合う椅子……。
「あ、ちょっと待ってください」
結珠は一度閉めた店の扉を開けて、扉の外で乗せていた植木鉢を下して木製の椅子を手に取った。
椅子は元々祖母の時代から店の中にあったのは気付いていたが、結珠には中途半端な大きさだったのだ。
うっかり邪魔だなと思ってしまい、扉外の空いたスペースに植木鉢を置くのにちょうどよいと思って、いすを外に出してしまっていたのだ。
「あの……もしかしてコレですか?」
「お、それだ! ん? 俺が店に入ってくるときは、そんなの外になかったが……」
そりゃそうだろう。店から一歩出た瞬間から、それぞれの世界に繋がっている。
結珠の世界の外に出ているものが、異世界の外にあるわけがない。
「すみません、貴方の椅子だって知らなかったんで、外で使ってました。今後は店の中に入れておきます」
「……誤魔化したな。まぁ、いい。そういうことにしておいてやる」
店の不思議を初対面の人間に話すのも躊躇われる。ナールが誤魔化されてくれたので、結珠はミニキッチンから雑巾を持ってきて、椅子を拭いてからナールに差し出した。
「どうぞ」
「すまねぇな。さて、座らせてもらったところで商売の話だ」
背負っていたリュックをおろし、椅子に座ったナールが早速話を切り出してきた。
「はい。よろしくお願いします」
「まどろっこしい話は好きじゃないから単刀直入に聞くが。アンタ、金はあるのかい?」
「お金……ですか?」
「ああ。魔力が入っていない空っぽの魔石でも、かなりの金額で取引される。アンタは俺と魔石の売り買いが出来るくらいの金は持っているのか?」
お金はある。店を開店してから手元にある売り上げは、まだあの黒い箱に入れて換金していないので、あちらの金貨でそっくりそのまま残っている。
魔石が一体いくらになるのかはわからないが、多少は買えるのではないかと思う。
「多少は……あると思います。というか、すみません。全然価格とかわからなくて。正直どれくらいお金が必要かわからないんですけど……」
「おー、そこからか……。どれ、ちょっと待て」
ナールはリュックから麻袋を取り出すと、結珠も見慣れた魔石がたくさん出てきた。
「わぁ! いっぱい」
「まぁな! 時間があったから色々採掘に行けたんだ」
「そうなんですか?」
「俺は、ほぼこの店の専属と言ってもいいくらいだな。実はこの店に来たのは約一年ぶりなんだが……」
そう言って、ナールは事情を説明してくれた。
どうやら一年来なかったのは、祖母の指示らしい。
最後にこの店へ来る前に、祖母からもう自分は長くないということを聞かされていたらしい。
その上で、自分が死んだあとは相続などが入り、うまく後継者に店が引き継がれれば、落ち着くまでにおおよそ一年はかかるであろうと告げられ、最後に店へ来る際には、一年は魔石の在庫がもつようにと言われて、方々探し回って一年分の在庫をかき集めたらしい。
そうして、空いた一年で今度はゆっくり採掘を行って、祖母の指示通り、最後に店を訪れてから約一年経ってから来たのが今日というわけだということだ。
「……なるほど。だからあんなにいっぱい魔石があったんですね」
「ああ。いやぁ、無茶なことを言われたもんだと思ったよ。けどよ! ばあさんと最後に取り引きしたときには、色付けてくれてなぁ! 一年採掘に没頭しても生活にも困らなかったし、採掘しすぎて在庫も増えてきたしで、まぁそろそろ一年経つし、店に行っても良い頃合いだろうと思って来てみたら、アンタがいたってわけだ!」
何か大きめの箱か籠はないかと問われて、結珠はちょっと待ってと生活スペースの方へと向かう。
祖母が使っていて、そのまま結珠も使っていた大きめの果物籠を中に入っていた果物を出して、店へと持ち出した。
「こんなので良いですか?」
「ちぃーと小さい籠だが、まぁいいか。ほれ、上質な石だ」
ナールは次々と麻袋から果物籠へ魔石を取り出す。祖母が残した在庫の魔石よりも若干大きいサイズがごろごろと麻袋から出てきた。
「そうだなぁ……。大きさからいって、この辺りの魔石で大体金貨五枚くらいが妥当か? こっちで……うーん、三枚か?」
今、店に置いている魔法道具に使っているのとほぼ同じ大きさの魔石で、金貨三枚らしい。
金貨三枚程度の魔石を使用した魔法道具の販売価格が大体金貨八枚くらいなので、あちらの通貨で考えればそこまで暴利でもなさそうだ。
みるみるうちに果物籠に魔石が積まれていく。
「……めちゃくちゃたくさんありますね」
「そりゃ、さっきも言ったが、一年近く時間があったんだ。いつもは行けない場所にも行けたし、良質な石も多かったからな! 今回のはいい道具が作れると思うぞ!」
ナールは口を開けて大きく笑った。
結珠はひとつ魔石を手に取って透かして見る。
ガラス玉にも見える魔石は透明度が高く、不純物は入っていない。
「魔石っつーのはな、大きさと透明度で価値が決まる。大きくて透明度の高いものほど魔力が入りやすい。そこに質の良い魔力を入れる魔女がいたら、魔術師はいつも以上の魔術を使える。それが魔法道具ってもんだ」
「そういうものなんですね……。そういえば、お客さんにもいつも以上に魔術が使えたって言われたことあったんですけど」
ジュジュが最初に買った魔法道具を使ったあとに、そう訴えてきたことを思い出す。
そのときは何がなんだかわからなくて、曖昧に受け答えしたが、ナールの説明でようやく腑に落ちた。
「ほう……。そりゃ良いこと聞いたわ。ぜひともばあさんの孫であるアンタには俺の良い顧客になってもらいてぇな」
「それは……ぜひこちらもお願いしたいです。正直、まだ右も左もわからなくて」
「まぁ、俺でわかることなら教えてやるから、これからよろしくな!」
「はい! ありがとうございます!」
結珠が手を差し出すと、ナールは握手をしてくれた。
ナールの手は少し乾燥して硬い皮膚をしていた。
2024年の更新はこれで最後となります。
2025年もどうぞよろしくお願いいたします!
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