01.遺言状の公開
いつか長編化出来たらと思っていたのですが、2年越しにてようやく叶えました!
長編で読みたいと感想をくださっていた方々、本当にありがとうございます。
頑張ります!
小椋結珠の祖母である小椋璃奈が亡くなった。
急に苦しみ出したと思ったら、あっという間だったらしい。
慌てて呼んだ救急車が到着した頃にはすでに心肺停止状態で、病院に搬送されたものの、その場で死亡確認されて、医師から「残念ですが……」と告げられたとのこと。
結珠はその知らせを自分の母親から受け取った。
母はちょうど祖母の家におかずを届けたところで、ちょっとお茶でもと祖母が誘ったタイミングでの出来事だったらしい。
それから慌ただしく葬儀が行われ、気が付けば四十九日を迎えていた。
「それでは、遺言状の開封を行います」
四十九日の法要を終えて、祖母の顧問弁護士から淡々と告げられた。
祖母は資産家で、かなりの遺産があるらしい。結珠もあまり詳しくは知らない。
晩年の祖母は、結珠の家の近くにある古い家で雑貨屋を営みながら一人暮らしをしていて、そんなにお金持ちな印象はなかったのだ。
いつも楽しそうにアクセサリーや小物を自作しては、その雑貨屋で売っていた。
お店には、あまり人が入っている印象はなかったのだが、結珠はそのお店が大好きだった。
そんな祖母の影響か、結珠も仕事の傍らでハンドメイド雑貨の作成を趣味としている。
祖母にも色々テクニックを聞いたりして、結構形になってきたので細々とネット販売をしているが、ありがたいことに固定客もついてくれていて、売り上げは順調だ。
まだまだ色々と聞きたいことがあったのに、祖母はあっけなく旅立ってしまった。
感傷に浸る暇もなく慌ただしく葬儀が行われ、その場に現れた顧問弁護士。
親戚一同は祖母が資産家だったと聞いて、全員がぽかーんとしていた。
まさか首都圏とはいえ、地価が下がってきている地域の古い家に住んでいた祖母がまさか顧問弁護士を雇う程に資産家だったとは誰も知らなかったのだ。
祖父が亡くなったときは、普通の一般家庭程度の遺産だったらしく、法定通りに祖母と結珠の父を含む兄弟たちが相続したらしい。
父たち兄弟もそれぞれ独立していた頃だったので、祖母は祖父と暮らしていた自宅もその際に処分して、結珠の家の近くの古い家に越してきた。
そこから十数年経ち、祖母はいったいどれだけの資産を増やしたのだろうか。
株でもやっていたのか? なんて伯父たちが騒いでいたが、まったくもって不明である。
祖母は特に派手な暮らしもしていなかった。
顧問弁護士は「四十九日の法要の場で遺言状を公開するように指示されている」と告げて、親戚一同を集めてほしいと告げた。
葬儀の場には、仕事の都合で来ることが出来なかった孫も何人かいたので、顧問弁護士は祖母の子供と孫まで全員集めてほしいと言って、焼香をして行くと颯爽と帰って行った。
親戚一同はてんやわんやである。
全員のスケジュールを確認して、慌てて四十九日の法要の予定を決めて、ようやく今日のその日を迎えたのだ。
顧問弁護士曰くの相続対象者は、父を含む祖母の子供四人と、四人の子供である祖母の孫九人が対象だ。もちろん結珠も孫の一人である。
それぞれの配偶者やら祖母のひ孫までいて、かなりの大人数になっている。
顧問弁護士の声に騒めいていた会場がぴたりと静かになった。
アタッシュケースから遺言状が取り出され、きちんと封がされている封筒をペーパーナイフで開ける。
顧問弁護士は中に入っていた紙を広げると、淡々と読み上げた。
祖母の資産は、都内一等地に建物が四つ、そして死ぬまで住んでいた古い家一つの計五つが不動産としてあり、それ以外に現金と多少の宝石類と着物があった。
都内の建物は全てほぼ同等価値らしく、子供四人に一つずつ、現金は孫八人に相続税を支払っても一人当たり一千万円程度の分配になっていた。
さらに、孫へ配分しても余る現金については、子供四人で均等に分けること。
「……孫八人?」
顧問弁護士の読み上げた内容に一同が首をかしげる。孫は九人だ。一人足りない。
その疑問に、顧問弁護士は「まだ続きがありますよ」と告げた。
「孫の結珠さんのみ、現金ではなくお祖母様が亡くなる直前までお住まいでした店舗兼住宅の家を相続させたいとのお申し出です」
「……え?」
結珠は驚きのあまり、目を見開いた。
祖母が亡くなって、あの家はどうなるのだろうかと心配していた。
まさか自分の手元に来るとは思っていなかったので、びっくりしている。
「土地の価値としては低く、上物もほぼ価値がない状態ですが、現金を相続される方の八割程度の資産となります。その代わり、家の中の家具や店舗の雑貨商品等も全て含めましての相続です」
その言葉に誰かがぷっと噴き出して笑い始めた。
「やだぁ……! 結珠だけ貧乏くじじゃない」
笑い出したのは、結珠と同い年のいとこである、木村みはるだ。
みはるは父の妹である叔母の娘だ。同い年のせいか、何かと結珠をライバル視していて、いつも結珠に対して小馬鹿な態度を取る。
あまりかかわりあいたくない、少々厄介ないとこだ。
「別に貧乏くじじゃないよ。私はおばあちゃんにあの家を残してもらえて嬉しいし」
「負け惜しみ? そりゃアンタの家からは近いかもしれないけど、首都圏なのに車がないと生活できない場所じゃない! 駅まで車で三十分くらいかかるでしょ?」
「かかるけど、今だって似たようなものだし。特に不便はないから平気」
あまり強く言い返すと倍になってキーキー文句を言ってくるので、あくまでさらりと言い返す。
みはるはそんな結珠の様子を強がりと判断したらしく、あざ笑っている。
きっと結珠が何を言っても、みはるは結珠を見下して優越感に浸りたいだけだ。
「私はおばあちゃんの気遣いが嬉しいし、自分だけ損したとは思っていないから大丈夫」
きっぱりと言い切ると、みはるは顔を歪めた。
「何それ……。あ! まさか、アンタが相続する家に隠し財産があるんでしょ!」
だから悔しがらないのね! と、とんだ言いがかりをつけてくる。
みはるの声を聴いた周囲もざわついた。
「はぁ? 隠し財産? そういえば結珠、お前結構ばーさん家に入り浸ってたよな? まさかその間に隠し財産のありかとか聞いてたんじゃねーの?」
みはるの言葉に便乗したのは、父の一番上の兄の長男である、別のいとこだ。
「隠し財産!? 私、そんなの知らないよ!」
やいのやいのと揉めだした三人を中心に親戚一同も騒ぎ出したが、大きな咳払いが聞こえてきて、全員がぴたっと静止した。
「皆様、お静かに願います」
咳払いしたのは、顧問弁護士だった。
「お言葉ではございますが、結珠さんが相続予定の物件に関しましては、家財等も含めまして全て鑑定済となっており、高価な宝石類や着物につきましては、結珠さんの相続対象外です。そちらの宝石類等につきましては、これから読み上げる方が相続の対象者となります」
顧問弁護士が価値のある宝石類の行先について説明する。
そちらは四人の子供の配偶者たちに金額が均等になるように配分されていた。
ちなみに孫たちの配偶者へはなし、らしい。孫は既婚も未婚もそれぞれいて、その配偶者へ相続させると不公平になるから、あくまで全員が結婚している祖母自身の子供の配偶者のみへとのことだった。
続けて顧問弁護士は祖母からのメッセージを読み上げる。
「基本的には均等に。が、私からの遺言です。結珠だけ少なくて申し訳ないけれど、貴方には私の趣味を受け継いでくれることを望みます。他の人間には価値はないだろうけれど、あの家とお店には私の夢がいっぱい詰まっている。それを結珠が受け継いでくれたら、こんなに嬉しいことはありません。きっと誰かが結珠だけが少ないと言い出すでしょう。でも、結珠はそれを不満に思うことはないと、私は信じています」
祖母はみはるが結珠に絡んでくることを見越していたらしい。
みはるはメッセージを読み上げた顧問弁護士を恨めしそうに見ていた。
顧問弁護士はみはるの目線を物ともせず、祖母からのメッセージを続けて読み上げる。
「きっと誰かがあの家には隠し財産があるのでは? なんて言い出さないことを期待したいけれど、無理でしょうね。でも実際、価値のある宝石類は家ではなく貸金庫に預けてあったし、着物については持ち出すように顧問弁護士に依頼してあります。宝石と着物は、私の子供の配偶者たちに残しますので結珠は対象外です。それでも納得しない場合は、顧問弁護士と鑑定人の立ち合いの元、家全体の再査定をすればいい。再査定をしても納得しない場合は、その者は相続人から外します…………とのことです」
顧問弁護士の言葉に、一同は再びざわついた。
相続人から外すという一言に、伯父の長男は引っ込んだ。せっかく何もせずに一千万も手に入るのに外されてはたまらないという心境らしい。
しかし、納得しなかったのはみはるの方だった。
「上等よ! ばあさんがそこまで言うんなら、再査定してもらおうじゃないの!」
「……ということですが、結珠さんはよろしいでしょうか?」
「えええ…………」
みはるはやると言ったらやる。結珠が嫌だと言っても疑われた状態であれば、みはるはきっと騒ぎ続ける。
私に拒否権なんて残されていないじゃない……と結珠はがっくりした。