穢れた聖女への受難曲(パッション)【後編】
「いやぁぁぁッ!! やめて! 切り刻まないでぇぇ!!」
地下室に、百合の断末魔のような悲鳴が反響する。 しかし、その声は誰の慈悲も呼び起こさない。背後で見守る父さんと里緒菜は、まるで石像のように微動だにせず、ただその冷徹な眼差しで「儀式」を見据えているだけだ。
僕はミスリルソードを指揮棒のように優雅に振るった。 銀色の刃が空を裂くたびに、百合の白い肌に赤い線が走る。
「動くなよ、百合。……せっかくの『ドレス』の仕立てが狂うだろう?」
シュッ……ザシュッ……。
「あぎゃあッ! 痛いッ! 熱いぃぃ!!」
僕は彼女の肌をキャンバスに見立て、薄く、浅く、しかし無数に切り刻んでいく。 まずは鎖骨から胸元へ。繊細なレースを織るように、皮膚の表面だけを剥ぎ取る。 白い脂肪層が覗き、そこからじわりと鮮血が滲み出し、重力に従って垂れ落ちる。
「ああ、綺麗だ……。すごく似合ってるよ、百合」
僕はうっとりとした声で囁きながら、剣先を彼女の腹部へと滑らせた。
「純白なんてお前には似合わない。お前にお似合いなのは、罪の色……人殺しの赤だ」
「うぅ……ぐすっ……私の……肌が……」
「次はコルセットだ。ウエストをきゅっと締めないとね」
ザクッ!!
「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁッ!!」
僕は脇腹に剣を突き立て、肋骨に沿って横に薙いだ。 肉が捲れ上がり、赤い帯となって彼女の腰を彩る。
「洋一くん! 許して! 私が悪かった! 謝るから! 土下座でも何でもするからぁぁ!!」
百合が血の海の中で額を擦り付ける。 だが、僕はその頭を踏みつけ、強制的に顔を上げさせた。
「謝罪? いらないよそんなもの。……花嫁は笑ってないと」
僕は剣の切っ先を、彼女の口角に当てた。
「笑えよ。……最高の晴れ舞台だぞ?」
スッ……。
「あ……?」
ジャギッ!!
「がぁぁぁぁぁぁっ!!??」
僕は口角から耳まで、頬を裂いた。 左右両方。ジョーカーのような、永遠に消えない裂けた笑み。
「うん、いい笑顔だ。中身の歯まで見えて、とってもキュートだよ」
「あぐ……あぐぅ……」
百合は激痛で言葉を失い、ただ血の泡を吹く。 全身が刻まれ、顔を裂かれ、人間としての尊厳など欠片も残っていない。
「さて、ドレスとメイクは完璧だ。……次は『指輪の交換』といこうか」
僕は百合の左手を取った。薬指。結婚指輪をはめる場所。
「お前にプラチナは勿体ない。……この極上の鉄杭をプレゼントするよ」
僕は落ちていた錆びた釘を拾い上げ、薬指の爪の間にあてがった。
「洋一、金槌代わりだ」
父さんが無言で、手近にあったブロック片を投げて寄越した。
「ありがとうございます、父さん」
僕はブロックを受け取り、釘の頭を叩いた。
ガガンッ!!
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!!」
爪を割り、肉を貫き、骨を砕いて、釘が薬指を貫通して床に突き刺さる。 百合の左手が、床に縫い付けられた。
「これで逃げられない。……永遠の愛(拘束)を誓いなよ」
百合は白目を剥き、痙攣している。ショック死寸前だ。
「あ……あ……」
「まだだ。まだ逝かせない」
里緒菜が一歩前に出て、百合の目の前にしゃがみ込んだ。
「ねぇ、百合。……『ブーケ』が足りないと思わない?」
「……り、お……な……」
「お母さんへの手向けの花よ。……あなたの内臓で咲かせてあげる」
里緒菜は僕の手からミスリルソードを受け取ると、百合の腹――先ほどまで胎児がいた場所――に切っ先を当てた。
「返してよ。お母さんの命の重さ、その身で感じてよ!!」
ズブリッ!!
「おごぉぉぉっ!!」
里緒菜が剣を突き刺し、グリグリと抉る。 傷口から腸がこぼれ落ち、まるで醜悪な赤い花のように広がる。
「あはは……あはははは! 咲いた! 赤い花が咲いたよ洋一くん!」
里緒菜が狂気じみた笑みを浮かべる。その目からは大粒の涙が溢れている。
「……ああ。綺麗だよ、里緒菜」
僕は剣を受け取り直し、トドメの体勢に入った。 百合はもう、悲鳴を上げる力も残っていない。ただ、虚ろな目で天井を見つめ、パクパクと口を動かしているだけだ。
「洋一くん……」
微かな声。命の灯火が消える寸前の、最期の悪足掻き。
「愛……して……」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中の何かが完全に冷え切った。
「……黙れ、汚物」
僕は彼女の胸元に足を置き、全体重をかけた。
「お前のその言葉の軽さが、僕への、そして母さんへの最大の侮辱だ」
僕はミスリルソードを逆手に持ち替え、切っ先を彼女の心臓の真上に定めた。
「これが最後の口づけ(キス)だ。……地獄で勝と仲良く殺し合い続けろ」
「いや……死にたくな……!!」
ズドォォォォォンッッ!!!!
僕は咆哮と共に、一気に剣を突き下ろした。 銀色の刃が、真紅のドレスを突き破り、肋骨を砕き、心臓を貫き、背中の肉を裂いて、コンクリートの床にまで深々と突き刺さる。 硬い感触など微塵もない。まるで泥を刺したかのように、あまりにもあっけなく。
「ガッ……!? あ……ぐ……」
百合の体が大きく跳ねた。 縫い付けられた左手、こぼれ落ちた内臓、裂かれた頬。その全てが最期の痙攣を起こす。 口から、ゴボリと大量の血泡が溢れる。 貫かれた心臓が最後の収縮をし、剣を伝って生命力が流れ出していく。
瞳の焦点が拡散していく中、彼女は僕の顔を見ていた。 かつて愛を囁き合った、優しかった洋一くんの顔を。 でも、そこに映っていたのは、返り血に染まり、冷酷に微笑む修羅の顔だけだった。
「あ……」
ガクリ。 百合の頭が落ちた。 瞳から光が完全に消え、ただの肉の塊へと変わる。
静寂。 地下室には、剣を伝って血が床に滴る音だけが、ピチャリ、ピチャリと響いていた。
「……終わった」
僕は剣から手を離し、ふらりとよろめいた。 急激に脱力感が襲ってくる。
「洋一、里緒菜。……よくやった」
父さんが近づき、僕たちの肩に大きな手を置いた。その手は温かく、僕たちの震えを止めてくれる。
「見届けたぞ。……壮絶な結婚式だったな」
父さんは百合の亡骸を一瞥した。そこにはもう、人間としての尊厳など微塵もない。ただの「ゴミ」が転がっているだけだ。
「さて、最後の掃除だ」
父さんは無感情に右手をかざした。 慈悲も、感傷もなく。ただ事務的に処理をするように。
「《異空間収納》」
ズズズズ……。
空間が歪み、漆黒の虚空が口を開けた。 それは掃除機のように、百合の死体と、飛び散った大量の血痕、こぼれ落ちた内臓、そして床に突き刺さっていた釘に至るまで、全てを吸い込んでいく。
シュルルル……。
数秒後。 そこには何も残らなかった。 勝も、百合も、最初からこの世界に存在しなかったかのように、冷たく、無機質なコンクリートの床だけが広がって




