銀閃の断罪、肉塊と化す王
「はぁ……はぁ……。父さん、もういいです。回復は、これで最後にしてください」
何度目かの《ヒール》で、新品同様の肉体に戻った勝を見下ろしながら、僕は深く息を吐いた。 鉄パイプはひしゃげ、僕の手は勝の返り血で真っ赤に染まっている。 肉体的には限界まで追い詰めた。精神も崩壊寸前だ。これ以上は、ただの作業になってしまう。
「そうか。……そろそろ『仕上げ』か」
龍哉さんが腕を組み、静かに頷く。
「はい。……終わらせます。このゴミを、この世から消します」
僕が鉄パイプを捨て、殺意を込めた目で勝を睨んだ時だった。
「待って、洋一くん」
隣にいた里緒菜ちゃんが、僕の前にスッと出た。 その瞳は、まだ燃えていた。憎悪と悲しみの炎が、消えるどころか勢いを増している。
「まだ……足りない。私の気が済んでない」
「里緒菜……?」
里緒菜ちゃんは、震える足で勝に近づいた。勝は回復したばかりの体で、胎児のように丸まっている。
「あ……あ……こ、来ないで……」
「来ないで? ……お母さんは、火が迫ってくる時、どんな気持ちだったのかな」
里緒菜ちゃんは、勝の髪の毛を乱暴に鷲掴みにし、無理やり顔を上げさせた。
「お母さんはね、私を産むために、必死で生きてくれたの。パパが帰ってくるのを信じて、女手一つで頑張ってくれたの。……それを、あんたたちが奪った!!」
バチンッ!!
里緒菜ちゃんの平手が、勝の頬を打つ。
「返してよ!! お母さんを返してよ!! 私の16年間を返してよ!!」
バチンッ! バチンッ!
「あんたたちが火をつけなければ! あんたたちが笑わなければ! 私は今頃、パパとお母さんと3人で、ご飯を食べてたかもしれないのに!!」
里緒菜ちゃんの悲痛な叫びが、地下室にこだまする。 彼女は平手打ちをやめ、勝の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「なんで笑ったの!? なんで動画なんて撮ったの!? 人が燃えるのがそんなに面白かった!? 答えてよ!!」
「ひっ……! ご、ごめんな……悪気は……」
「悪気がないなら何してもいいの!? 死んで償ってよ! 今すぐ死んで、地獄でお母さんに土下座してよ!!」
ドカッ!!
里緒菜ちゃんが、勝のみぞおちを蹴り上げた。 非力な彼女の蹴りだが、そこには魂の重みが乗っていた。
「うぐっ……!」
勝が呻く。里緒菜ちゃんは肩で息をしながら、涙を流して僕を見た。
「洋一くん……。もういいよ。……こいつ、私の手で触るのも汚らわしい」
「……うん。分かった。ありがとう、里緒菜」
僕は彼女の頭をポンと撫で、前に出た。 勝が、すがるような目で僕を見る。
「よ、洋一……! た、頼む……!」
勝が這いずり、僕の足にしがみつこうとする。
「俺が悪かった! 本当に反省してる! お前の言うこと何でも聞くから! 一生奴隷になるから! 靴も舐める! だから……だから殺さないでくれぇぇ!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、かつての「王様」が命乞いをする。 滑稽だ。哀れだ。そして、不快だ。
「洋一……! 俺たち、小さい頃は遊んだだろ!? 友達だった時期もあっただろ!? なぁ!?」
過去の記憶にすがりつく勝。 僕は冷徹な瞳で見下ろし、その手を靴底で踏みつけた。
グリッ……!
「ぎゃあっ!!」
「友達? ……お前、まだそんな寝言を言ってるのか」
僕は冷たく吐き捨てた。
「僕にとってお前は、友達なんかじゃない。ただの『母さんの敵』だ。それ以外の何物でもない」
「そ、そんな……」
「お前のその汚い手で、僕に触れるな。……反吐が出る」
僕は勝を蹴り飛ばし、父さんの方を向いた。 鉄パイプはもう曲がって使えない。最後は、もっと確実で、もっと鋭利なもので、こいつの存在を刻みたい。
「父さん。……何か、いい武器はありませんか?」
「武器?」
「はい。鉄パイプじゃ生温い。……こいつの肉を、骨を、魂ごと切り刻めるような、最高の刃物が欲しいんです」
僕の要望に、龍哉さん――父さんは、獰猛な笑みを浮かべた。
「あるぜ。とびきりのヤツがな」
父さんは右手を虚空にかざした。
「《異空間収納》」
空間が歪み、父さんがその中から一本の剣を引き抜いた。 シャラァァン……という澄んだ金属音が響き渡る。
それは、この薄汚い地下室には似つかわしくない、神々しい輝きを放つ直剣だった。 刀身は透き通るような銀青色。柄には精緻な装飾が施され、微かな魔力の光を帯びている。
「『ミスリルソード』だ。魔法銀を鍛え上げた業物でな。鉄だろうが岩だろうが、豆腐みたいにスパスパ斬れるぞ」
父さんはその剣を、切っ先を向けて僕に渡した。
「受け取れ、洋一。……これが俺からの、成人祝い代わりだ」
「ありがとうございます、父さん……!」
僕は剣を受け取った。 軽い。信じられないほど軽いのに、手に吸い付くように馴染む。 振れば空気が裂ける音がする。これなら、いける。
僕はゆっくりと、剣を提げて勝に向き直った。 銀青色の刃が、蛍光灯の光を反射して、勝の怯えきった顔を照らす。
「ひッ……! け、剣……!? 本物……!?」
勝が腰を抜かして後ずさる。
「さようなら、勝。……地獄で自分の罪を数え続けろ」
「ま、待て! やめろ! 嫌だぁぁぁぁ!!」
僕は無言で剣を振り上げた。 狙うのは首ではない。一撃では終わらせない。 まずは、右腕。
ザシュッッ!!!!
風を切る音と共に、銀の閃光が走った。
「え……?」
勝が自分の右肩を見る。 次の瞬間、右腕が肩からポロリと滑り落ちた。断面は鏡のように滑らかで、一瞬遅れてから鮮血が噴水のように噴き出した。
「ぎゃあああああああああああっ!!!!」
「すごい……。本当に豆腐みたいだ」
僕は感動すら覚えた。骨の抵抗すら感じなかった。 次は左足。
ズバァッ!!
「あぎゃあああっ! あし! 俺の足がぁぁぁ!!」
太ももの半ばから、左足が切断される。勝がバランスを崩して転がる。
「痛いか? でも、まだ生きてるだろ? 母さんはな、体が炭になるまで焼かれたんだよ!!」
僕は剣を振るう。 もはや剣術ではない。ただの八つ当たりだ。だが、ミスリルソードの切れ味がそれを凶悪な処刑へと変える。
ザシュッ! スパァッ! ドスッ!
「ひぎぃぃ! ごぼぁっ! あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
左腕。右足。耳。鼻。 次々と人体パーツが床に転がる。 勝はもう、人の形をしていなかった。ただの四肢のない肉達磨だ。
「洋一! もっとだ! もっと細かく刻め!!」
父さんが煽る。
「やってやるわ! 洋一くん、お腹も裂いて!!」
里緒菜ちゃんが叫ぶ。
「ああ! 全部やるよ!!」
僕は狂ったように剣を振り回した。
ザクッ! ザクザクザクッ!!
腹を裂く。内臓がこぼれ落ちる。 胸を切り裂く。肋骨がバターのように切れる。 顔面を十文字に切り裂く。
「あ……か……は……」
勝の声が出なくなる。肺が破れ、気管が断裂している。 それでも僕は止めない。
「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇ!!」
「母さんを返せ! 僕たちの幸せを返せ!!」
「消えろ! この世から消え失せろゴミクズがぁぁぁ!!」
血飛沫が僕の顔にかかる。視界が赤く染まる。 ミスリルソードは、血脂にまみれてもなお、その切れ味を失わない。
数分後。
そこに「古谷勝」だったものは、もう存在していなかった。 床一面に広がる、ミンチ肉のような赤い山。 骨も、肉も、内臓も、すべてが細切れにされ、原形をとどめているのは、恐怖に見開かれたまま転がっている「右目」だけだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」
僕は剣を下ろし、肩で息をした。 全身が血まみれだ。制服も、顔も、手も。 でも、不思議と汚いとは思わなかった。これは、僕が母さんへの愛を証明した証だから。
「……終わったか」
父さんが近づき、僕の肩に手を置いた。
「見事だ、洋一。……完璧な太刀筋だったぜ」
「うん……。ありがとう、父さん」
「洋一くん……」
里緒菜ちゃんが、血まみれの僕に抱きついた。彼女の服も僕の血で汚れるが、彼女は気にしない。
「ありがとう。……お母さん、きっと喜んでる。ありがとう……!」
僕は二人を抱きしめ返した。 足元には、かつて僕を支配していた「王様」の残骸。 だが、もう恐怖はない。
「さようなら、勝。……二度と生まれ変わってくるな」
僕は冷たく吐き捨てると、父さんに目配せをした。
「父さん。……片付けをお願いします」
「おうよ。汚物は消毒だ」
父さんは手をかざす。
「《異空間収納》」
黒い穴が開き、ズズズ……と勝の残骸を飲み込んでいく。 血の一滴、肉の一片に至るまで、完全に。
地下室には、再び静寂が戻った。 残るは一人。 顔面を胎児の残骸で汚されたまま気絶している、百合だけだ。
「さあ……最後の仕上げだ」
僕たちは、最後の獲物へと視線を向けた。




