煉獄の父、修羅の息子
「あ……あ……ゆ、ゆり……?」
勝は、顔面が朱色の肉塊と化し、ピクリとも動かなくなった百合を呆然と見つめていた。 ほんの数分前まで「俺の女」だった存在。そして、自分たちの未来だったはずの胎児。それらが一瞬にして、単なる有機物のゴミへと変えられた。
「ひっ……ひぃっ……!」
勝の生存本能が警鐘を鳴らす。次は自分だ。確実に、自分だ。 彼は失禁したまま、ガタガタと震える手足で床を掻き、後ずさりする。
「く、来るな……! 来ないでくれぇぇ!! お、俺は……俺はまだ死にたくねぇ!!」
壁に背中が当たる。逃げ場はない。 その目の前に、巨大な影が落ちた。
ドスン……。
地面が揺れるような重厚な足音。 見上げれば、そこには身長190センチを超える巨躯――本来の姿を取り戻した、十川龍哉が立っていた。 全身から立ち昇る青白い魔力のオーラが、地下室の空気をビリビリと振動させている。それは、異世界で数多の魔物を屠ってきた、本物の「英雄」にして「魔王」の覇気だった。
「よぉ、勝。随分と楽しそうじゃねぇか。女房と子供が仲良く一つになってよぉ」
龍哉がニヤリと笑う。だが、その目は笑っていない。深淵のような暗黒が渦巻いている。
「ひっ……!? ば、化け物……!」
「化け物? 違ぇな。俺は『父親』だ。……お前らが殺した女の夫で、お前らが人生を狂わせた子供たちの親父だ」
龍哉が太い腕を伸ばし、勝の首を片手で掴み上げた。
「ぐえっ……!? あ、が……!」
まるで赤子を扱うかのように、勝の体がいとも簡単に宙に浮く。足がバタバタと空を掻く。
「お前、イキがってたらしいなぁ? 弱い者いじめが趣味なんだって? 抵抗できない相手を甚振るのが楽しいんだって?」
龍哉の顔が近づく。獣のような殺気。
「俺もなんだよ。……ただし、俺の『弱い者』の基準は、ドラゴン以下だ。テメェみたいなウジ虫、指一本でミンチにできんだよ!!」
ドゴォッ!!
龍哉が空いている拳を、勝の腹に叩き込んだ。 全力ではない。加減した一撃だ。それでも、異世界帰りの膂力は桁が違う。
「ごふぅっ!!」
勝の背骨が軋み、口から胃液と血が噴射される。内臓がシェイクされるような衝撃に、勝の白目が剥き出しになる。
「あ、が……い、いき……が……」
「終わりか? まだ挨拶代わりのジャブだぞ?」
龍哉は勝をゴミのように床に叩きつけた。
ガシャァン!!
「ぐぁっ!! 痛いっ! 痛い痛い痛いぃぃぃ!!」
勝が床でのたうち回る。肋骨が数本逝っているだろう。 龍哉はその様を冷徹に見下ろし、右手をかざした。
「《ハイ・ヒール(上級回復)》」
カッ!!
強烈な光が勝を包む。折れた骨が瞬時に繋がり、破裂した内臓が元通りになる。痛みさえも消え去る。
「はっ……!? な、治っ……た……?」
勝が自分の体をさする。無傷だ。助かったのか?
「勘違いすんなよ。……サンドバッグを修理しただけだ」
龍哉の冷酷な声が、勝の希望を粉砕する。
「美名はな、火の中で逃げ場もなく、回復魔法もなく、ただ焼かれて死んだんだ。……お前だけ楽に死ねると思うなよ?」
龍哉は指をボキボキと鳴らしながら、一歩踏み出した。
「異世界の拷問術、フルコースで味わわせてやる。……《重力枷》!」
ズンッ!!!!
「ぎゃあああああああっ!?」
見えない巨大なプレス機に押し潰されたように、勝の体が床にめり込んだ。 重力が局所的に数倍に跳ね上がる。全身の骨がきしみ、筋肉が悲鳴を上げる。
「重いか? 苦しいか? それが『罪の重さ』だ」
「あぎぎ……! つ、潰れ……る……!! 助け……て……!!」
「助け? 美名の悲鳴は誰にも届かなかった。お前の悲鳴も、ここでは誰にも届かねぇよ」
龍哉は、重力に押し潰されている勝の指を、革靴の踵で踏み砕いた。
グシャッ!!
「ぎゃああああああ!! 指がぁぁぁ!!」
「この指でライターをつけたのか? それとも指示を出したのか? ……どっちにしろ、いらねぇよな」
さらに踏み込む。指が潰れたトマトのようになる。
「《ウィンド・カッター(風刃)》」
シュッ! シュッ! シュッ!
龍哉が指を振るうたびに、見えない刃が勝の体を切り刻む。 耳が飛び、鼻が削げ、太ももが裂ける。
「あぎゃあああ! 痛いッ! 切れたッ! 血がぁぁぁ!!」
「泣け! 叫べ! もっといい声で鳴け!! 美名へのレクイエムにしろ!!」
龍哉の怒りは収まらない。16年分の無念。会えなかった悔しさ。守れなかった自責の念。すべてをこの屑に叩きつける。
「お前のせいで……俺は子供たちの成長を見れなかった! 美名の最期を看取れなかった!! テメェの安っぽい快楽のために、俺たちの人生は狂わされたんだよ!!」
ドゴォッ!!
龍哉の蹴りが、勝の顔面を捉える。 歯が全て砕け飛び、顎が砕ける。
「あぶ……あぐ……」
勝はもう、人間の形をしていなかった。血だるまになり、痙攣する肉塊。
「……チッ。脆いな。これじゃすぐ壊れちまう」
龍哉は吐き捨てるように言い、再び手をかざした。
「《エクストラ・ヒール(特級回復)》」
光が満ちる。 肉塊が人間に戻る。飛び散った歯が戻り、削がれた鼻が再生する。
「あ……ひぃ……ひぃぃ……」
勝は完全に心が折れていた。 殺してくれない。終わらせてくれない。神ごっこを続ける悪魔が、目の前にいる。
「パパ、お疲れ様」
後ろで見ていた里緒菜が、冷徹な声で労う。
「おう。……さて、洋一」
龍哉は汗を拭い、僕の方を向いた。
「メインディッシュは譲ってやるよ。……こいつは、お前の人生の汚点だろ? 綺麗に掃除しな」
「はい、父さん。ありがとうございます」
僕は父さんとタッチを交わし、前に出た。 新品同様に回復した勝が、僕を見て涙を流して懇願する。
「よ、洋一……! 助けてくれ……! お父さんを止めてくれ……! 俺たち、友達だろ……?」
その言葉に、僕は思わず吹き出した。
「友達? ……あはははは! 傑作だね、勝! この期に及んでまだそんなギャグが言えるなんて!」
僕は勝の胸ぐらを掴み、顔を近づけた。
「お前、僕に何したか覚えてる? 『友達』だからって、財布代わりにしたり、パシリにしたり、殴ったり蹴ったり……。あれが友達のすることか?」
「あ、あれは……じゃれてただけで……」
「じゃれてた? ……そっか。じゃあ僕もじゃれようかな」
僕は落ちていた鉄パイプを拾い上げた。
「僕の『じゃれ』は、ちょっと激しいけど……我慢してね?」
ドガァッ!!
鉄パイプが勝の向こう脛を直撃する。
「ぎゃっ!!」
「痛い? でも我慢してよ。友達でしょ?」
バキッ!!
次は左の脛。両足の骨がへし折れ、勝はその場に崩れ落ちる。
「立てよ、勝。いつもみたいに僕を見下ろしてみろよ!! 『洋一はゴミだな』って笑ってみろよ!!」
僕は倒れた勝の背中を、鉄パイプで滅多打ちにする。
「うあああっ! ごめんなさい! ごめんなさいぃぃ!」
「謝るな!! 命乞いをするな!! お前は最後まで『王様』でいろよ!! 惨めに泣き叫ぶな!!」
ドスッ! ガッ!
「母さんはな……お前らが火をつけた時、どんな気持ちだったと思う? 『熱い』『痛い』……それ以上に、『洋一を残して死ねない』って、僕の心配をしてたはずなんだ……!」
涙が溢れてくる。暴力と一緒に、感情が爆発する。
「それを……それを奪いやがって!! 返せよ!! 僕の母さんを返せ!! 平凡でも幸せだったあの日々を返せよぉぉぉ!!」
ボコォッ!!
鉄パイプが勝の頭蓋骨を捉える。頭皮が裂け、血が噴き出す。
「あ……あ……」
「父さん、回復!」
「おう。《ヒール》」
「次!!」
僕は回復した勝の喉元を掴み、壁に押し付けた。
「お前がリーダーだったな。お前が命令したんだな。……その口か? この口が命令したのか?」
「ゆ、ゆるし……」
「許さない。絶対に許さない。この口も、舌も、喉も、全部破壊してやる」
僕は鉄パイプの先端を、勝の口の中に強引にねじ込んだ。
「んぐっ……!? がっ……!」
「歯医者さんごっこだ。……全部砕けろ!!」
ガガンッ!!
僕はパイプの底を掌底で押し込んだ。 勝の前歯が根こそぎ折れ、パイプが喉の奥へと突き刺さる。
「ごぼぉっ……!! げえぇぇっ……!!」
「苦しいか? 息ができないか? 煙に巻かれた母さんはもっと苦しかったぞ!!」
僕はパイプをグリグリと回す。口の中がズタズタになり、血の泡が溢れる。
「死ぬなよ? まだ終わらせない。……里緒菜ちゃんの分まで、たっぷりと味わってもらうからな」
「あば……あばば……」
勝の瞳から光が消えかけている。 恐怖と激痛のあまり、精神が崩壊寸前だ。 だが、僕は手を緩めない。父さんも、里緒菜も、冷たい目で見守っている。
「父さん、もう一回全回復お願いします。……次は、金髪とハゲが味わった『ダンス』を踊らせてやりますから」
「了解だ。……在庫整理の前に、たっぷりと使い潰してやれ」
「《フル・ヒール》」
光が満ちる。 地獄の輪廻は、まだまだ終わらない。




