狂気と踊る死の舞踏
「あははははっ! あーっははははっ!! 消えちゃった! 金髪、本当にゴミみたいに消えちゃったよ!!」
金髪が龍哉さんの《異空間収納》によって虚空へと廃棄された直後。地下室の張り詰めた静寂を切り裂いたのは、僕の狂ったような笑い声だった。 恐怖で凍りつき、ガチガチと歯を鳴らす残りの4人をよそに、僕は血と脂で汚れた鉄パイプを指揮棒のように振り回し、スキップをするような軽やかな足取りで、ハゲの前へと踊り出る。
「ねぇ、ハゲ。次は君の番だよ。光栄だろ? 金髪の後を追わせてあげる」
「ひっ……!? ひぃぃぃっ!! や、やめ……こ、こないで……!!」
ハゲは腰を抜かしたまま、必死に床を蹴って後ずさりし、背中をコンクリートの壁に押し付ける。逃げ場など最初からどこにもないのに、その目は限界まで見開かれ、涙と汗でぐしゃぐしゃだ。
「洋一……くん……! し、新堂様ぁ……! お、俺が悪かった! 金ならやる! 親の財布から盗んでくるから! 50万……いや、100万用意する! だから……だからあの黒い穴には入れないでくれぇぇ!!」
「お金? いらないよそんなの。君の汚いお金なんて触りたくもない。僕が欲しいのはね、君の絶望と断末魔だけなんだ」
僕はハゲの目の前で、クルリと一回転する。まるでワルツでも踊るように。心臓が高鳴る。復讐がこんなにも楽しいなんて知らなかった。体が軽い。心が軽い。
「む、昔……君はよく僕に『踊れ』って命令したよね? 冬の寒い日に、全裸にしてさ、冷たい水をかけて『面白おかしく踊れ』って……動画を撮って笑ってたよね? 今日は僕が踊るからさ、君が伴奏を奏でてよ。その悲鳴でさぁ!!」
ドカァッ!!
「ぐべぇっ!! あがっ……い、息が……!!」
ステップを踏むような動きから繰り出された鋭い一撃が、ハゲの脇腹に深々とめり込む。肋骨が砕ける感触が、鉄パイプを通して手に伝わる。
「ワン、ツー! ワン、ツー! ほら、もっといい声で鳴けよ!! リズムが悪いぞ!!」
バキッ! ゴシャッ! ドゴッ!
僕はリズムに合わせて、鉄パイプをハゲの体に叩きつける。右肩、左膝、鎖骨。狙いを定めず、気の向くままに破壊の雨を降らせる。
「ぎゃあああっ! 痛いっ! 痛い痛い痛いぃぃぃ!! おかあさぁぁぁん!! 助けてぇぇぇ!!」
「あはは! いいリズムだ! 最高だよハゲ! お前、才能あるよ!! 泣き叫ぶ才能がさぁ!!」
僕は笑いが止まらなかった。今まで僕を見下し、ゴミのように扱ってきた人間が、今は僕の足元で芋虫のように這いずり回り、涙と鼻水を流して許しを乞うている。この万能感。この支配感。脳内麻薬がドパドパと溢れ出し、視界がチカチカするほどだ。
「洋一、楽しそうだな。いいスイングだ」
龍哉さんが腕を組み、ニヤニヤしながら観戦している。
「はい! 最高に楽しいです! ねぇ、もう壊しちゃっていいですか? 飽きてきちゃった」
「おう、好きにしろ。在庫整理だ」
その許可が下りた瞬間、ハゲの顔色が土気色を超えて蒼白に変わった。
「ま、待て……! ま、待ってくれぇぇ!! し、新堂……様……! 靴でもなんでも舐める……! 便所掃除でもなんでもする……! だ、だから……殺さないで……!!」
ハゲが床に額を擦り付け、血の混じった涎を垂らしながら懇願する。
「さよなら、ハゲ。地獄で金髪と仲良く踊ってな」
僕はその言葉を無視し、鉄パイプを高く振りかぶると、ゴルフのフルスイングのように、ハゲの側頭部めがけて全力で振り抜いた。
「あ……」
ドゴォォォォォンッ!!!
鈍く重い、何かが破裂するような音が響く。 ハゲの頭が、熟れたザクロのように弾け飛んだ。首から上が原型を留めないほどに砕け散り、脳漿と鮮血の雨が天井にまで到達する。 ハゲの体はビクンビクンと激しく痙攣した後、糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、二度と動かなくなった。
「ふぅ……。ホールインワン」
僕は返り血を浴びた顔を拭いもせず、満足げに息を吐く。
「ナイスショット。んじゃ、片付けるか」
龍哉さんが慣れた手つきで手をかざす。
「《異空間収納》」
ブォンッ……。
再び現れた漆黒の闇が、ハゲの死体をズズズと飲み込んでいく。ほんの数秒前まで命乞いをしていた人間が、跡形もなくこの世から消滅した。
「い……いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
「消えた……ハゲも消えたぁぁぁ!!」
「次は私!? 嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」
残された3人――勝、百合、リナは、互いに身を寄せ合い、ガタガタと震えている。ハゲの死と消失を目の当たりにし、次は自分たちの番だという恐怖に完全に支配されている。
「勝、どうしよぉぉぉ! 私たちも消されるの!? あの黒い穴に入れられるのぉぉぉ!?」
リナが髪を振り乱して絶叫する。
「うぅぅぅ……! 俺は……俺はまだ死にたくねぇ……! 誰か……警察……助けてくれぇぇぇ!!」
勝も股間を濡らしながら、現実逃避するように虚空へ助けを求めている。
僕はゆっくりと、血塗れの鉄パイプを引きずりながら彼らの方へ向き直る。カツン、カツンという音が、死神の足音のように響く。 その視線が、百合と交差した。
「ひっ!?」
百合が短く悲鳴を上げ、僕から目を逸らそうとする。 逃がすかよ。
「ねぇ、百合。次は……君にしようか」
「い、いや……! こないで……! くるなァァァ!! 洋一、私……私だよ!? 好きだったんでしょ!? 彼女だったじゃん!! 初めての彼女だったでしょ!?」
百合が錯乱したように叫ぶ。自分だけは助かりたい。その一心で、過去の情にすがろうとする浅ましさ。その言葉の一つ一つが、僕の逆鱗を撫で回す。
「彼女? 好きだった? ……よくその口で言えるな!!」
僕は百合の胸ぐらを掴み、強引に引きずり出した。
「お前が裏切らなければ! お前が勝の子供なんて孕まなければ! 母さんは死ななかったかもしれないんだ!! 僕がどんな気持ちで……どんな気持ちでお前の裏切りに耐えてたと思ってるんだ!! 信じてたのに!! お前だけは味方だと思ってたのに!!」
「ご、ごめんなさい……! でも、勝に脅されて……! 私は被害者なの……!」
「嘘つくな!! お前、笑ってたろ!! 僕がイジメられてるのを見て、勝とイチャつきながら笑ってたろ!! 『洋一ってキモいよね、早く死ねばいいのに』って言ったの、全部聞こえてたんだよ!!」
ドゴッ!!
僕は百合の腹――先ほど流産したばかりのその腹を、思い切り蹴り飛ばした。
「がはっ!! あ、あぐっ……!!」
百合がくの字に折れ曲がり、苦悶の声を上げて倒れ込む。口から胃液と血が混じったものを吐き出す。
「お腹……痛い……やめ……子宮が……痛いぃぃぃ……」
「痛い? 僕の心の痛みはこんなもんじゃない!! 母さんが焼かれた痛みはこんなもんじゃない!!」
僕は倒れた百合の上に馬乗りになり、鉄パイプを高く振り上げた。
「龍哉さん! 回復お願いします!! 今日は徹夜でパーティーですよ!!」
「おうよ、任せとけ! 魔力は満タンだ!」
「死ぬなよ? 百合。お前だけは、楽に死なせない!! 死んで逃げることも、生きて帰ることも許さない!!」
ガッ! ゴッ! バキッ!!
鉄パイプが百合の腕を、足を、肩を打ち砕く。骨が折れる感触が手に伝わるたびに、僕の中のドス黒い憎悪が少しだけ晴れる気がした。
「ぎゃあああああっ!! 痛いッ! 骨がぁぁぁ!! 折れたぁぁぁ!! 洋一ぃぃぃ!! ごめんなさぁぁぁい!!」
「うるさい! 名前を呼ぶな! その汚い口で僕を呼ぶな!! 勝の名前でも呼んでろよ!!」
グシャッ!!
百合の左腕が奇妙な方向に曲がる。顔面は鼻血と涙でぐちゃぐちゃだ。意識が飛びそうになったその瞬間――
「《ヒール(回復)》」
龍哉さんの冷徹な声と共に、優しい光が百合を包む。 折れた骨が繋がり、裂けた皮膚が塞がり、激痛が一瞬にして消え去る。
「はっ……!? な、治っ……た……? いたく……ない……?」
百合が呆然と自分の体を見る。痛みが消えた安堵。だが、それも束の間。目の前には、まだ鉄パイプを振り上げた僕がいる。
「はい、リセット。続きだよ、百合ちゃん」
僕は満面の笑みで、再びパイプを振り下ろした。
「い、いやぁぁぁぁっ!! もう嫌ぁぁぁぁ!! 治さないでぇぇぇ!! 殺してぇぇぇ!!」
ドガァッ!!
「あぎゃっ!!」
「回復したから元気だろ!? もっと叫べよ!! 僕の母さんはな、火の中で叫ぶことさえできずに死んだんだよ!!」
バキバキッ!!
「なんでお前が生きてるんだよ! なんで勝の子供なんか孕んだんだよ! 僕じゃダメだったのかよ!! クソがっ! ビッチがっ!! 裏切り者がぁぁぁぁ!!」
感情が堰を切ったように溢れ出す。愛していたからこそ、憎しみが深い。信頼していたからこそ、裏切りが許せない。
「痛いぃぃぃ! 洋一くん! 許してぇぇぇ!! もうしません!! 何でも言うこと聞くからぁぁぁ!!」
「許さない! 一生許さない! 地獄へ落ちろ!! お前の地獄はここだ!!」
殴る。殴る。殴る。 百合の顔が腫れ上がり、歯が飛び、髪が血で固まる。
「お、そろそろショック死するぞー」
龍哉さんが楽しそうにカウントを入れる。
「《ヒール》」
また光が降り注ぐ。百合の体が新品同様に戻る。
「あ……あぁ……」
百合の目から光が消えていく。痛みと恐怖、そして「終わらない」という絶望が、彼女の精神を粉々に砕いていく。
「なんで……治すの……? 痛いのに……なんでまた元通りにするの……? お願い……殺して……お願いだから殺して……」
百合が壊れた人形のように、うわ言を繰り返す。
「ダメだよ。まだ僕の気が済んでないもん。金髪とハゲの分まで、たっぷりと味わってもらわないとね」
僕は汗だくになりながら、狂気的な笑みを浮かべて百合の耳元で囁く。
「勝との思い出、全部消してあげるよ。この鉄パイプで、脳みそから直接削り取ってあげる」
「ひぃぃぃっ!! いやぁぁぁぁ!! おかあさぁぁぁん!! 助けてぇぇぇぇ!!」
「あはははは! 踊れ! もっと踊れ百合! ハゲよりもいい動きだぞ!!」
ドゴォッ!! バキィッ!!
地下室に響くのは、鉄パイプが肉を叩く鈍い音と、終わることのない百合の絶叫。 それを見つめる勝とリナは、失禁し、泡を吹いて気絶することさえ許されず、ただガタガタと震えながら、自分たちの未来の姿であるその地獄絵図を目に焼き付けられていた。
「あ……あ……」
勝が涙を流しながら呟く。
「俺たち……もう……終わりだ……」




