虚空への廃棄
「ひぐっ……! あぐっ……! ごめ……なさ……」
「声が小さいな。もっと腹から声出せよ、金髪」
ドゴォッ!!
廃工場の地下室に、湿った打撃音が響く。 数時間に及ぶ『破壊』と『再生』の無限ループ。その果てしない責め苦により、金髪の精神は完全に摩耗しきっていた。 先ほどまで泣き叫んでいた喉は潰れ、今は掠れた音しか出ない。目玉は飛び出しそうなほど見開かれ、焦点が合っていない。失禁と脱糞を繰り返し、自らの汚物にまみれながら、彼は壊れた玩具のように床を這いずり回っている。
「お、おい……金髪……! 立てよ……!」
鎖に繋がれた勝が、震える声で相棒を呼ぶ。だが、金髪に反応はない。ただ、虚空を見つめながらブツブツと譫言を繰り返すのみだ。
「あ……あ……し、死に……たぃ……」
「死にたい? 贅沢言うなよ。お前らが母さんに与えた絶望は、死んで終わるような軽いもんじゃないって言っただろ?」
僕は冷たく言い放つと、血と肉片でコーティングされた鉄パイプを高く振りかぶった。
「洋一、ちょっと待て」
それまで腕を組んで様子を見ていた龍哉さんが、低い声で制止に入った。
「どうしました? 龍哉さん」
「そいつ、もうダメだな。心が完全に壊れてやがる。これ以上やっても、ただの肉叩きだ。リアクションがねぇと面白くねぇだろ?」
龍哉さんは冷ややかな目で金髪を見下ろす。その視線は、人間を見る目ではない。燃えるゴミの分別を考えているような、無機質な目だ。
「たしかに……。殴っても『痛い』とも言わなくなりましたね」
「だろ? だからよ、そろそろ『間引き』するか」
「間引き……?」
その不穏な単語に、残りの4人――勝、百合、リナ、ハゲの背筋が凍りついたのが分かった。空気が一瞬にして張り詰める。
「ひっ……!? ま、間引きって……なに……?」
リナが震えながら聞き返す。龍哉さんはニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「こいつはもう賞味期限切れだ。だから、洋一。最後に思いっきりやっていいぞ。トドメを刺せ」
「えっ……? いいんですか? せっかくの玩具なのに」
「構わねぇよ。見せしめも必要だろ? それに、こいつ一人消えたところで、あと4人も残ってるからな」
その会話を聞いた金髪が、ビクリと反応した。「殺される」という恐怖よりも、「ようやく終わる」という安堵がその表情に浮かんだのを、僕は見逃さなかった。
「あ……あり……がと……ぅ……」
金髪が涙を流しながら、僕に向かって手を合わせる。殺されることに感謝する被害者。あまりにも歪で、滑稽な光景だ。
「感謝される筋合いはないけどな。……じゃあ、さよなら」
僕は渾身の力を込め、鉄パイプを金髪の側頭部めがけてフルスイングした。
ゴギャァッッ!!!
スイカが割れるような生々しい音が地下室に響き渡る。頭蓋骨が砕け、脳漿が飛び散り、金髪の体がビクンと大きく跳ねた後、だらりと力を失って床に沈んだ。 完全に、事切れた。
「ひぃぃぃっ!!」
「あ……あぁ……!!」
目の前で行われた殺人。その光景に、勝たちが悲鳴を上げる。だが、彼らの目にはまだ「どうせまた生き返る」という甘い期待が残っていた。今まで何度も、死の淵から龍哉さんの魔法で引き戻されてきたからだ。
「お、おい! 死んじまったぞ!? 早く治せよ!! 生き返らせろよ!!」
勝が叫ぶ。自分たちの仲間が死んだ悲しみよりも、自分たちの「安全圏(死ねないというルール)」が崩れることを恐れているのだ。
「治せ? 誰に向かって指図してんだ、ゴミが」
龍哉さんは一歩前に出ると、動かなくなった金髪の死体を見下ろした。
「今回は治さねぇよ。こいつはもう用済みだ」
「は……? よ、用済みって……」
「邪魔だろ、こんな肉塊。ここに置いとくと腐って臭くなるしな。だから片付ける」
片付ける。その言葉の意味を理解できないまま、勝たちが呆然としていると、龍哉さんは何もない空間に右手を突き出した。
「《異空間収納》」
龍哉さんが詠唱した瞬間。 ブォンッ……! という重低音と共に、空間が歪んだ。何もなかったはずの空中に、漆黒の『穴』が出現する。光さえも吸い込むような、底知れない闇の渦。それは、この世の理を無視した超常現象だった。
「な、なんだアレ……!? 黒い……穴……!?」
ハゲが腰を抜かし、後ずさりする。
「ゴミ収集車の代わりだ。ほらよ」
龍哉さんは無造作に金髪の足首を掴むと、その死体を軽々と持ち上げ、黒い穴の中へと放り投げた。
ズズズズズ……ッ。
金髪の死体は、まるで沼に沈むように、音もなく闇の中へと吸い込まれていく。足先が消え、胴体が消え、最後に砕けた頭部が闇に飲まれ――。
シュンッ。
黒い穴は閉じ、後には何も残らなかった。 血痕こそ床に残っているが、先ほどまでそこにいたはずの金髪の存在が、物質としてこの世界から完全に消滅したのだ。
「……え?」
「き、消え……た……?」
静寂。 あまりの出来事に、全員の思考が停止する。人が死に、その死体が一瞬で消え失せた。証拠も、骨も、何も残さずに。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁっ!?」
最初に理解したのは、勝だった。
「け、警察……! 死体が見つかれば警察が動くはずだろ!? でも、消えたら……消えちまったら……!!」
そう。死体が出なければ事件にならない。行方不明扱いになるだけだ。つまり、自分たちがここで殺されても、誰にも見つけられることなく、永遠に闇の中へ葬り去られるという事実。
「そういうことだ。お前らがここで死んでも、骨一本残らねぇ。誰にも気づかれず、誰にも弔われず、ただゴミとして処理されるだけだ」
龍哉さんが残酷な真実を突きつける。
「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!! 嫌だぁぁぁぁ!! 消さないでぇぇ!!」
百合が発狂したように叫び声を上げた。
「私、帰りたぃぃぃ! お家に帰してぇぇ!! お母さぁぁぁん!! 助けてぇぇぇ!!」
「うるさいっ! 泣くなっ! 俺だって怖いんだよ!!」
ハゲも涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、床に頭を打ち付けている。
「リナ! お前なんか言えよ! 女だろ!? 助けてもらえるように頼めよ!!」
勝がリナに怒鳴りつけるが、リナは白目を剥いてガタガタと震えるばかりで、言葉を発することさえできなくなっていた。目の前で仲間が「処理」された衝撃は、彼女の許容量を遥かに超えていた。
「洋一……! なぁ、洋一! 俺たち友達だっただろ!? 小学校の時、一緒に遊んだじゃねぇか!! 俺が悪かった! 謝る! 一生奴隷になるから! 殺さないでくれぇぇぇ!! 消さないでくれぇぇぇ!!」
勝が鎖を引きちぎらんばかりの勢いで暴れ、土下座を繰り返す。額から血が吹き出るほど床に頭を叩きつけ、必死に命乞いをする。
その無様な姿を見下ろしながら、僕は冷たく言い放った。
「友達? お前が僕を『サンドバッグ』って呼んでたのを忘れたのか? 奴隷? いらないよ、そんな汚い奴隷」
僕は龍哉さんと並び、絶望に沈む4人を見渡す。
「金髪は楽になれてよかったな。でも、お前らはまだ終わらせない。金髪の分まで、たっぷりと楽しませてもらうからな」
「そゆこと。在庫はあと4人。次は誰が『収納』されたい? 挙手制にするか?」
龍哉さんが楽しそうに提案すると、4人は「ひっ!」と息を呑み、必死に首を横に振って後ずさり、壁際で小さく固まった。
「い、いやだ……いやだ……」
「助けて……助けて……」
「神様……仏様……」
地獄の底で、神に祈る声が虚しく響く。 だが、ここには神はいない。いるのは、復讐に燃える二人の悪魔だけだ。
「神頼みか? 無駄だよ。神様は見て見ぬふりだ。母さんが死んだ時もそうだったからな」
僕は新しい鉄パイプを手に取り、コンクリートの床をカツン、カツンと鳴らしながら、震える獲物たちへと一歩ずつ近づいていった。




