密室の処刑場
「あっ!?間島美名?!洋一!?美名を知ってるのか!?」
「えぇっ!?」
翌日、教室で龍哉さんに、刈谷さんが探している実の母親――間島美名さんの名前を出した瞬間だった。 龍哉さんはまるで幽霊でも見たかのように目を見開き、血相を変えて僕に詰め寄ってきた。その気迫に、僕は思わず後ずさりする。
「あぁ、いんや。気にすんな。もし俺が知っている美名なら、生きてりゃー年は40代くらいなんだろ?あぁ。よ~く知っているさ…」
龍哉さんはハッとしたように一度口をつぐむと、どこか遠くを見るような、哀愁を帯びた瞳で呟いた。そして、決心したように僕の目を見据える。
「後、お前に話そうか悩んでいたけど~、放課後に俺ン秘密について詳しい話してやるよ…。何せ洋一は俺の恩人だからよ!」
龍哉さんはそう話すと、どこか影のある表情で、けれど力強く微笑んだ。 僕たちがそんな話をしていると、教室のドアが勢いよく開けられ、担任が慌ただしく入ってくる。
「お前達!席につけ~」
担任の先生が教室内を見渡しながら、声を張り上げる。その表情は硬く、隠しきれない緊張と焦燥が滲み出ていた。ざわついていた生徒たちは、先生の異様な雰囲気を察知し、一斉に私語をやめて自分の席へと着席する。
「ここ数日前から、勝と百合とリナが自宅に帰っていないと親御さんから連絡がある。何か知らないか?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は心の中で冷たく『やっぱり、そうなるか…』と呟く。 教室内が再びざわめき始めるが、誰一人として明確な答えを持つ者はいない。当然だ。彼らが居る場所は、この世の誰にも見つけられない地下の密室なのだから。
僕は昨日のことを思い出す。全員を監禁し続けるのはリスクが高いと判断し、僕は「ハゲ」と「金髪」の二人だけは解放していた。ただし、タダで返したわけではない。刈谷さんが偶然録音していた火事の時の様子と、彼らが火事で親を殺したという決定的な音声データをちらつかせ、『もし喋ったら警察と社会的に抹殺する』と脅しをかけ、黙秘を条件に放逐したのだ。恐怖を植え付けられた彼らが口を割ることはないだろう。
「もし、何かあればすぐに警察や学校側に連絡するように!」
先生の悲痛な呼びかけをBGMに、ホームルームが終わる。普段通りに授業が再開され、退屈な時間が過ぎ去り、気がつけば放課後になっていた。 帰り支度をして教室で待っていると、入り口から龍哉さんが手招きしているのが見えた。僕は頷き、龍哉さんの方へと向かう。
「人がいねーとこで話をするからついてこい」
龍哉さんの背中を追いかけ、僕たちは人目のつかない校舎裏へとやって来た。夕日が校舎の影を長く伸ばしている。龍哉さんは立ち止まり、僕に向き直ると、今まで見たこともないほど真剣な表情を浮かべた。
「まずは、あん時に助けてくれてありがとうな…。実はよ、これから話をする事は現実的にありえねぇ…。信じないから信じないでもいい。でも俺はよ~嘘八百並べるつもりもねぇ……」
前置きをしてから、龍哉さんは語り始めた。それは、あまりにも壮絶で、ファンタジーのような話だった。
自分が16年ほど前に、年上の美名という女性と恋に落ち、子供が出来たこと。 しかし、美名さんの両親に猛反対され、引き裂かれるように会えない状態が続いたこと…。 その間、一人息子が産まれ、さらに美名さんのお腹の中に新しい生命が宿っていた時のこと。
そして、とある日。何故か目の前に不思議な空間の亀裂が広がり、異世界にワープしてしまったのだという。
「あん時は、スッゲーびびったわ…」
「そんな事あるんだね…」
「それからよ~…」
異世界に飛ばされた龍哉さんは、そこで「英雄」として戦うことになったらしい。数多の苦難を乗り越え、邪悪な女神を倒した時、再び元の世界へ戻るための空間が現れた。彼は家族の元へ帰るため、迷わずそこへ飛び込んだ。 だが、戻ってきたのは肉体ではなく「魂」だけだった。魂は彷徨い、僕がいつも苛められていたあのトイレの廃材置き場にあった、古い仏像に憑依してしまったのだという。
長い時を仏像の中で過ごし、僕が苛められていたあの時、僕が仏像を壊したことで封印が解け、実体を持ってこの世界に復活した。目の前で苛められている僕を見て、他人事とは思えず助けたのだと。
見た目が若いのは、美名と再会する時のために、異世界で歳を取らない魔法をかけてもらっていたからだそうだ。
「まぁ、そういう事だ。その子が探している人が俺が探している美名なら、話ははぇえ~な。なんかあったらケータイで言ってくれや。もし、俺も何か情報掴んだら教えるからよ!」
「うん…。いやいや、わかりました!」
あまりの衝撃的な内容に頭が追いつかないが、龍哉さんの目は嘘をついているようには見えなかった。 歳を取らない魔法がかかっているから僕と同じ高校生に見えるけれど、計算すると実際は36歳くらいになる…。人生の大先輩じゃないか。だからか、ついつい僕は背筋を伸ばして敬語になってしまった。
「んぁ?なんで敬語よ?」
「いや、龍哉く…さんって、実際は36歳くらいなんですよね?」
「ああっ?!んな事、今更気にすんなよ!今まで通りフツーにしてれや!」
龍哉さんはバツが悪そうに頭を掻き、ニカッと豪快に笑う。
「そんなん気にされたら、俺まで調子くるうべ?」
「うん…。少し違和感あるけど…。うん、わかった!」
「そーそ!ンなんでいいぞ!」
龍哉さんの大きな手が、ポンと僕の肩を叩く。その掌の温かさは、確かに生身の人間のものだった。 不思議な縁で結ばれた僕たちの関係は、この秘密の共有でさらに深まった気がした。
それから、僕は龍哉さんと別れて家路についた。 あれから、数日が経った……。
………。
……。
…。
カビ臭いコンクリートの冷たい湿気、そして人間が垂れ流した排泄物が腐敗したような、強烈な吐き気を催す悪臭。それらが充満する密室に、僕はまた足を踏み入れていた。 つい最近まで、僕をいたぶり、裏切り……そして最愛の母さんを殺した腐りきったモンスター共が蠢く、無人の地下倉庫だ。
「洋一…。助けて…?お腹が痛いの…」
「…」
僕を裏切った汚物が、何かを訴えかけている。その声は耳障りで、ただただ鬱陶しい。妊娠しているからだろうか、顔色は土気色で、周りには彼女が吐き散らした嘔吐物の跡が生々しく残っている。 一応、今すぐ死なれては玩具がなくなって困る。だから立ち寄った際は、祖母の家で余ったパンの耳や賞味期限切れの食品を持ってきて、餌として与えてはやっていた。
「どうしたの?怖いよ…」
「うるせーよ。蹴ったら痛み無くなるんじゃない?」
「ギャアッッッ!!」
僕は慈悲などかけず、力任せに、僕を裏切った元彼女の膨らんだ腹へと思い切り蹴りを叩き込んだ。 ベコッ、という鈍く湿った感触が足に伝わる。中に何かが詰まっているその感触が、本当に気持ち悪い。百合は腹を押さえながら、芋虫のようにうずくまる……。その無様な姿を見て、嗜虐心よりもイラつきが勝った。僕が苦しんでいた時はあんなに笑ってたくせに、自分の番になった途端に命乞いかよ。
ドカッ! バキッ!
それから何度も何度も、執拗に腹を蹴り上げる。
「ち、ちょっと!やめなよ!!蹴るなら私にしなよっ!」
見かねたのか、すかさずリナが止めに入ろうと声を上げるが、僕は聞く耳を持たない。 蹴る。蹴る。蹴る。蹴る!
「う、うぐっ……」
「お前もうるせーんだよ。今まで散々人をおちょくりやがってさー」
僕はターゲットを変え、リナの方に近づくと、その顔面を拳で殴りつけた。 何度も、何度も、何度も。
ゴキッ! グシャッ!
鈍い音とともに、リナの前歯が数本へし折れ、顎の形がいびつに変形していくのが分かった。裂けた口からは、大量の真っ赤な鮮血が吹き出し、床を汚していく。
「も、もうやめへぇ…!あ、あやまふから!!(もうやめて…!謝るから!!)」
「いや、謝られても困るんだけど」
僕はイラつきが頂点に達し、血まみれの顔面をさらに靴底で蹴り抜いた。その騒ぎと衝撃音で気付いたのか、さっきまで気絶するように眠っていた勝が目を覚ます。
「おい!やめやがれ!死んじゃうだろうが!!」
状況を理解した勝が、僕を見て吠える。
「いや、それお前が言うセリフ?なら母さんを生き返らせろや」
僕は冷たく言い放つと、次は勝の側に向かい、伸びかけの髪を乱暴に鷲掴みにして顔面を蹴り上げた。
「ぐぱぁっっ!」
勝の鼻から、ドス黒い血がたらっと滴り落ちる。
「お前達は母さんを殺した。それに僕が何度も何度も何度も何度も何度もやめてと言ってもやめなかった。それと同じ事をしてるだけだろ?」
僕の正論を聞いて、勝はすぐに縛られている両手を前に出し、床に膝をついて頭を擦り付けた。土下座だ。
「本当に申し訳ありませんでしたっ!」
額を床に押し付けながら、勝は涙を流して必死に命乞いをする。かつて僕が彼らにやらされていた行動。それを今、加害者が被害者にやっている。そのあまりに安っぽい光景に、僕は更に怒りを覚えた。
「僕の真似してんじゃねーよっ!」
ドゴォッ!!
僕は勝の耳元あたりを狙って、フルスイングの蹴りを入れる。三半規管を揺らされた衝撃で、勝は体重を支えられなくなり、ゴロリと横に転がった。 勝は酸素を求める魚のように口を開閉させ、目を深く瞑り、涙と鼻水を流しながら「はぁはぁ」と荒い息継ぎを繰り返している。
それを見下ろしていると、何故か僕の目からポロポロと涙がじわりじわりと溢れ出してきた……。 復讐は順調なはずなのに。コイツらさえいなければ、僕は、母さんは、幸せだったのに……。
そんな時だった。ポケットの中のスマホが震え、RINEの通知音が響いた。
『新堂さん。会えますか?少し寂しくなって…。この間、遊んだ時が幸せで人肌恋しくなりました~!テヘッ! 夜になるまでまた会えませんか?』
文字と共に、一通の音声メッセージが届く……。刈谷さんからだった。 再生すると、彼女の明るく甘えるような声が、この地獄のような空間に不釣り合いに響き渡る。
もちろん、返事はOKを出した……。 さっきまで、怒りとやり場のない哀しみに心が溺れかけていたが、刈谷さんの言葉を見た瞬間、分厚い黒雲が晴れるように、一気に心が軽くなった気がした。
「よ、洋一…?だ、だれ?その子…」
女性の声を聞きつけたのか、百合が苦痛に顔を歪めながらも、すがるような、そしてどこか嫉妬を含んだような視線を向けてくる。
「誰でもいいだろ?うるせーよ。糞ビッチが…」
僕はそんな百合を冷たく見下し、吐き捨てるように告げると、踵を返した。 背後で啜り泣く声を無視して、この汚れきった僕の処刑場を後にする。外には、刈谷さんのいる、あの優しい世界が待っているのだから。




