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8.護衛騎士カイル

 

 こちらの世界にも人族は存在しているらしい。


 船で何日も掛かるが、航路は存在する。大陸が陸続きだった太古には戦争もあったそうだが、それにお怒りになった女神様が分断して以降、物流があるだけで旅行者すら来ないとか。

 ここにいる理由としては、何がしかの罪を犯して流刑の末流れ着いたか──誰かの"番"かしかない。

 すみれの心情的には前者を推すが、どちらの可能性も捨てきれなかった。

 後者だと少々面倒だ。彼の番が、間違いなく高位の貴族ということになるから。

 今のところ、番探知は王族と高位貴族にだけ許されている。自分達の血に誇りを持ち、女神を崇め、番絶対主義者も高位の貴族に多い。

 あの男(院長)が獣人であったなら、例えばあのシスターテレイズが番ということもあるかも知れない。が、人族の彼をこの大陸に連れてくるとなると、それが可能な財力と権力のある者、ということになる。


(その番の権力を笠に着てこんなことしてるなら、絶対に許されない)


 そんなことをグルグル考えている内に、暗闇に目が慣れていく。今は暗い階段を地下に向かって降りているところのようだ。まっ暗闇なのに、しっかり見えているかのような足取り。


(獣人の身体能力ずるいな……)


 しばらくして広い空間に出た。燭台に火が灯っていて、ぼんやりと明るい。そしてまるで牢屋のように鉄格子で仕切られた一角に、既に数人入れられているのが見えた。

 その中にルトの姿を確認して、とりあえず無事なことに安心する。

 すみれとミアも同じ場所に転がし、アインとツヴァイが鍵を掛けて去って行こうとする。


(どうする。声を掛けるべきか、否か……)


 逡巡は一瞬だった。


「アイン、ツヴァイ」


 いっそ大袈裟に二人の肩が揺れた。振り返ってはくれない。


「……私は、あの男をこの孤児院から追い出したい。協力してもらえないかな」


 弾かれたように振り返る二人の瞳は、驚愕に見開かれている。でもまたすぐに、真っ暗な諦めに塗り潰されていってしまった。


「……逆らったら、俺達だけじゃなく、下の子供らも殺される」

「それができるやつらなんだ。あんたらも諦めて売り払われた方が長生きできるぜ」

「……そうやって自分を納得させてきたの。売り払われた先で、どんな目に合うか、わかってて!?」


 ギリギリッと音がするくらい奥歯を噛み締めた二人の、握り締められた掌からポタポタと血が滴っていく。


「お前に何がわかる!! 俺達が毎日どんな目に合っているかも知らないで!!」

「こうやって余所からくる奴らをアイツらに送り出さなきゃ、僕らの内誰かが連れて行かれるんだ、仕方ないだろ! 言うことを聞かなきゃ、毎日ここで鞭打たれるんだ……っ」


 苦しそうに叫ぶ二人に、すみれはどこか安堵していた。


(まだ、感情を表に出すことはできるんだ)


「……信じてもらえないかも知れない。でも貴方達を助ける。もちろん全員よ。

 ……今私が目覚めていることだけは黙っていて欲しい。もう少しだけ、待っていて」


 精一杯の気持ちを込めて、笑ってみせる。二人は唇を噛み締め、階段を登って行った。


「……ハッ、ルト、ミア……!」


 牢屋の中にはすみれとミア、ルトの他に、見知らぬ男性と少年、少女が入れられていた。

 ミアは眠っているだけのようで、すみれはホッと息を吐く。

 ルトも眠っていたが、眉間に皺が刻まれて苦しそうだった。思わず這いずり寄って、至近距離で声を掛ける。


「ルト、ルト!」


 何度か耳許で声を掛けたが、眉間の皺が深くなるばかりで、目を覚ます気配がない。

 両手が自由なら、揺さぶったりつねったりして起こすことができるのに……と続けて声を掛けながらどうすべきかすみれは思案していたが──。


(痛かったら、ごめん!)


 ガブ、と意を決してルトの銀色の三角耳に噛み付いた。わかりやすくビクンとルトの身体が震える。


「っつ、……う、ぁ……レ、ミィ……?」


 ゆっくりと目蓋が開かれていく。そのことにひどくホッとして、思わず彼の額に自身の額を擦り合わせていた。さらりとした銀髪の感触が気持ちいい。


「良かった! 目が覚めて……!」

「え、あ、ちょ、レミィ……! 近い……っ」

「あ、ごめん。手と足も縛られてて……」


 真っ赤になって視線をウロウロさせていたルトが、すみれの言葉にサッと顔色を変える。


「……何もされていない?」

「うん、縛られた以外は、何も」


 安堵の息を吐いたルトは、ここに至った経緯を話してくれた。

 予想通り、彼は前日にこの孤児院を訪問していた。もちろん出された物には手をつけなかったが、香に意識を奪われ今の今まで眠らされていたようだ。


「あの香は……」

「うん、僕ら獣人族を昏睡させる、人族が開発した香だ。使用はもちろん、輸入も所持も厳禁とされているのに……あれがこんなところにあるなんて。油断したよ」

「やっぱり……」

「その子は、君の護衛? そういえば……今は何時頃なんだろう。アイツは、君達にも香を?」


 ギクッとすみれの肩が揺れる。


「そ、そう。私の護衛で、同じ香で昏睡させられたみたい。今は……お昼前くらいかなぁ……」

「……それで……昨日嗅がされた僕より先に目が覚めたの?」

「う、うん。手首の縄がきつくて、傷の痛みで気が付いたみたい」


 手首の擦過傷は嘘ではない。抱えられている間、抜け出せないかとバレない範囲で動かしたので今もジンジンと痛かったりする。おかげで眠気はすっかり飛んでいた。


「大丈夫か!? ……すまない、ここまで巧妙だとは……あの香が出てきた以上、高位貴族の関わりは否定できない」

「……あの院長は、その高位貴族の……人族の番?」


 ガバッと音が鳴りそうな勢いで向けられた視線を受けて、目が合う。


「……君は、……どうしてそれを」


(あれ、番探知は庶民には知られていないの?)


 しかし今更ルトもすみれを庶民だとは思っていないだろう。


「……昨日ルト達にその香を使ったんなら院長も今、眠ってるんじゃあと思って……でも彼はしっかり案内してたし単純に、それなら人族なのかなあって……思って……」


(く、苦しいかな)


「……僕も断言は出来ないけど、その可能性は高いと思う。神官帽で頭が隠れるし、人の耳もあの髪型なら誤魔化せる……獣人の匂いはしていたから、院の子供達の移り香か……香水かだな」


(お、同じような物つけてるけど……ばれないかな)


 どんどん流れ落ちる冷や汗で背中が濡れている気がする。


「……今晩、どこかの伯爵が来るって聞こえたの。昨日の少年を気に入るだろうって言ってたから、ルトか……そこの男の子のことだと思う」


 ルトの後方にいる、同じように手足を縛られた少年に視線をやる。彼も微動だにしないが、胸は動いているので生きてはいるようだ。


「……不味いな……」


 思っていたより悪い状況のようで、ルトの顔色はよくない。


「とりあえず僕はこっちの男を起こす。君は君の護衛に声を掛けてやって」

「うん」


 すみれはミアの耳の近くで彼女に呼び掛けた。名前は呼べない。すみれ──王子の番──の護衛なら、"王子かも知れない"ルトがミアの名を知っていてもおかしくなく、芋づる式に自分のことが露見するかもと思ったからだった。

 しかし、香を使われて直ぐだからか一向に目を覚まさない。やはり噛み付くしかないだろうか。


「おい、カイル。起きろ」


 どうやら男性はルトの知り合いだったようだ。


「…………」

「カイル!」


 ゴツン! という凄い音がした。


(そうか、頭突きっていう手もあったのか)


 そうなると耳を噛んで起こしたのが恥ずかしくなってしまう。ルトにバレていないのがせめてもの救いだった。

 ミアに頭突きは可哀想だが、耳を噛むとなるとフードを外さないといけない。それは多分、まずい。

 すみれは、いつもは普通に隣や前後を歩く護衛の三人が、ルトがいる時には絶対に姿を現さないことに流石に気が付いていた。それは最早言葉より雄弁に真実を語っているのでは、と尋ねることも出来ずにここまできてしまったのだが──。


(ルトがアレクシス王子だったら、私は、どうすればいいんだろう)


「で……痛! もう起きてますけど!」


 カイルと呼ばれた男はルトに更に頭突かれて涙目になっていた。


(今、殿下って言おうとした?)


「いや、随分寝惚けているみたいだったよ」


 ルトにしては声が冷ややかだ。

 しかし今は余所事を考えている場合じゃない、とすみれはミアの頭目掛けて勢いよく自分の頭を落とした。ゴインと凄い音がして、ミアが「うぅ……」と身を捩る。すみれは中々の石頭だった。


「起きて、お願い……」

「……レミィ………」


 薄く目を開けたミアは、眠いというより気分が悪そうだった。顔色が真っ青だ。

 変に起こしたから、香の副作用か何かで辛いのかもしれない。


「ごめん、無理に起こして。気持ち悪い?」

「へ、き。ごめんね、守るって……言ったのに……不甲斐ない……」

「いいの。何もされてない。大丈夫よ」


 視線を感じてそちらを見れば、ルトと、カイルと呼ばれた人がこちらを見ていた。二人共ちょっと驚いた顔をしている。


「な、何でしょうか……」


 居心地悪く尋ねると、カイルがブチブチとロープを引き千切りながら応えた。


「いや、護衛と距離が近いんだなと思っただけです。無遠慮に見てすみません」


(ロープってそんな簡単に千切れるものだったっけ?)


 ならルトにも問題なく出来る筈だ。頭突きではなく、縄を解いてもう少し穏便にカイルを起こせたのでは? という疑問が顔にも出てしまっていたんだろう、カイルは自身の青い瞳を細めた。


「ルト様は俺にチャンスを与えてくださったんですよ。護衛対象に助けられたなんて、末代までの恥ですからね。ただでさえこの体たらくなので」


 困ったように笑って、彼はルトの手足の縄を短剣で切った。全くの丸腰に見えたのに、どこに隠していたんだろう。

 一連のやりとりが他から見て茶番だとしても、彼らにとっては必要な儀式に思えた。


「カイルさんは、ルトの護衛だったんですね。でも……あなた方も距離が近いような……?」


 どうしてさっき驚いた顔をされたのだろうか。


「まぁ、乳兄弟なんでね。ルト様は俺の弟と年が同じで……あ、でも流石に公の場ではこんな態度とりませんよ?」

「公の場」

「いって! えーとほら、夜会とか」

「なるほど」


 カイルさんは色々とうっかりが多いようだ。あまり深く触れないでいよう。ルトがわざとらしくゴホン、と咳払いした。くぅ、可愛いな。


「では、作戦会議といこうか」

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