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6.菓子店"四つ葉のクローバー"開店!

 

 数日後、早速菓子店近くの孤児院に視察に行くと、もう既に話が通してあるかのようなスムーズさで事が進んでいった。

 思っていたより環境も悪くなかったので、ここにもルトは通っているのかもしれないとすみれは考えた。今日はルトは別の用事があると言って同行していない。


(ちょっと残念)


 彼の銀色の耳と尻尾はずっと見ていられる。それが見られない日は、なんだかちょっとガッカリしてしまうのだ。


 別の孤児院の子供達に店舗のキッチンで代わる代わるにお菓子作りの修行をさせ、刺繍やぬいぐるみ作りの練習を見ている間に日々が過ぎ去り──すみれがこの世界に来てもうすぐ半年という日に、菓子店がオープンを迎えた。

 キッチン部分は窓ガラスを大きくして、外からも作業しているのを見られるようにしている。

 物珍しさに目を引くので、集客に使えるかもと大工さんにお願いしてみた。結果は大成功。クッキーや焼き菓子が出来上がっていく行程を、皆が食い入るように見ている。待ち時間のいい暇潰しにもなるだろう。

 店舗内も人が凄い。ぎゅうぎゅう詰めで押し合いにならないように、護衛の人に店内に入れる人数を絞ってもらっている。安全の為だから、少し並ぶのは我慢してもらうしかない。

 待っている間は、孤児院のちびちゃんに味見と称してクッキーを一つずつ配布してもらってる。子供の愛らしさと無料クッキーで待機時間のイライラを緩和してもらおう作戦である。こちらも概ね狙いどおりのようだった。

 カウンターには計算に強い子に入ってもらい、更にお金のやり取りをする子、購入品を袋に詰める子と分担させている。あれこれ一人でするより、一つの作業を突き詰めた方が失敗が少なくすむからだ。


(バイト先で得た知識がこんな所で役に立つとはな~)


 人生わからないものだ。

 店内の商品の主力はクッキー。味はプレーン、イチゴ、ココアの三色展開。苺に似たフレッサ、カカオに似たブロマを使ったのだけれど、商品名は日本基準にしてしまった。皆不思議そうな顔をしたものの、自分の国ではこう呼ぶと言えば直ぐに納得してくれた。

 焼き菓子も二種類用意したし、ちょっと割れてしまった物なんかは通常より量を多くして安く販売している。所謂ワケアリ販売で、食品ロスもなるべく少なくしようという作戦だった。

 後は庶民でも寄付が出来るよう、少額分上乗せした商品もその旨を記載して販売している。付加価値として小さな香り袋やぬいぐるみをオマケに付けているので、なかなか売り上げているようだ。

 そして一番難航したのは店名だった。子供達はこぞって"レミィの店"を推して来たが、そもそも偽名だし、某料理愛好家を思い出してしまうので却下した。

 すると代案を出せとせっつかれたので、皆が幸せになるようにと願いを込めて、"四つ葉のクローバー"と言ってみたら満場一致で決まってしまった。草花や花言葉もすみれの世界とは違うのだが、四つの葉を持つという"クローバー"はこの世界にも存在し、花言葉も同じ"幸福"だったことに驚いた。

 店名としてはクローバーで、その左上にイラストで描かれた四つ葉のクローバーが可愛く配置された看板が設置されている。


 帳簿をつけるのは専門の人にお願いした。流石にすみれもそこまで詳しくないし、間違いがあってはいけないからだ。それを元に経費や税金なんかを除いた利益を孤児院に分配することになる。


 将来的にはクローバーは、孤児院の子供達が十六になって宛もないのに孤児院を出ざるを得ない子の受け皿にしたい。小さい頃から手伝っていればその時にはベテランだ。もちろん低年齢児の作業時間は短時間だけ。

 孤児院の手伝いに勉強も大切だけれど、大いに遊び、子供でいられる時間も大切にして欲しいから。

 もちろんやりたいことがあるならそちらを選択すればいい。あくまで選択肢の一つにしたいだけ。

 出自やお金の有り無しに振り回されず、好きな未来を掴みとれるようにしたい。それがすみれの願いだった。



 順調に孤児院を巡り、菓子店舗も二店舗目がオープンした初夏のある日。すみれがこの世界にいられるのも、あと二ヵ月といった頃。

 日も昇りきらない早朝から、ゴソゴソと外出準備を整えていたすみれを、ココが手伝いつつ声を掛けた。


「スミレ様、今日はルト様も来られるのですか」

「うん、行きは別だけど帰りの道中はミアと三人だね。ココはマオと二人で、私の不在がばれないように宜しくね」

「ミアだけ狡いのです」


 マオが頬っぺたを膨らませているのを見て、すみれは「次はマオにお願いするね」と頭を撫でた。


「触るなです」


 刺々しく言いつつも眦が色付いて嬉しそうなマオに、すみれはキュンとして抱き締めた。


「んじゃあ行くよ~! しっかりあたしに捕まっててね、スミレ!」


 ミアに片手で腰を抱かれ、自身は彼女の首に両手を回してしがみつく。すみれが宛がわれた例の部屋は三階にあるのだが、そのバルコニーから今正に飛び立とうと言うわけなのだ。

 いつもこの瞬間はドキドキして、固く目を瞑ってしまう。

 獣人らしく三階などものともせず、すみれを抱えていても危なげなく地面に降り立つミアは流石猫獣人だなと言わざるを得ない。


「今日はどの孤児院に行くの?」

「ちょっと遠いんだけど、隣町の所かな。ここ」


 ガサリと地図を拡げて指で示せば、「ああ、ここか。だから馬車を用意してたんだね」と城の裏口に置いてある馬車まで連れて行ってくれた。


「うん。ココが準備してくれて」

「んじゃ行こう。早く出ないと滞在時間短くなっちゃうよ」


 わかった! とすみれはミアの手を借りて一緒に御者台に乗り上げた。二頭立てのしっかりした馬車は質素に見せてはいるがしっかりとした造りで、荷台に幌のついた物だった。中には孤児院に差し入れする手作りのお菓子や仕立てた服にタオルやシーツなどが詰め込まれている。


「ルトとは現地集合だから、もう向かってるんだろうな」

「そうだろうね。……スミレを危険な目に合わせないように下調べやらなんやらに走り回ってるからね……」

「? 何か言った?」


 王都の石畳はなくなり、すっかり畦道になったおかげで、ガタガタと車輪が鳴って小さな声だと聞こえ辛い。


「何も~。あ、今日行く所はちょっと黒い噂があるみたいだから、心しててね」

「うん……」


 視察の前には人をやって孤児院の内情を探ってもらっている。特に今回のように遠方にあるものは、行って何かあってから対応していては、後手後手の結果になるのは目に見えているからだ。

 黒い噂──その孤児院は親に借金を負わせ子供をそのカタに引き取り、貴族に奴隷のように売っているのだという。人身売買は当然禁止されているのだが、特に幼く見目のいい子供を性的に奉仕させる為に買う腐った貴族もいるという。


(どこにでもいるのね、そういうゲス……)


 その話を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、ミファが服を引き裂かれたあの路地裏での出来事だった。

 日本にいて、日々犯罪が起きているのをニュースで知ってはいても、ああして目の当たりにするのは初めてだった。あの時感じた恐怖と、怒りはすみれの行動原理だ。


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