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5.バザーとマーキング

 

 そんなこんなでバザー当日。


 早朝から孤児院にお邪魔したすみれは、前日から焼いてあったクッキーをひたすら袋詰めしていた。来て直ぐ焼いたのは今は粗熱をとっている。どのくらい売れるか分からないけれど、焼く、冷ます、袋詰め、運ぶ、のタイムスケジュールと人員の配置もきちんと考えた。後は出数を見て変動させるかも知れないが。

 透明の袋があれば中身が見えるし見映えもいいのだが、生憎予算オーバーで紙の袋しかない。店舗で売る時は熟考しよう、と出来るだけ可愛くラッピングしていく。

 ぬいぐるみと香り袋とハンカチはそのままの販売だ。ウサギにイヌ、ネコ、そしてクマのぬいぐるみ達は手のひらサイズ、子供の頭くらいの大きさなど数種類揃えた。

 皆お迎えがくるといいな、とイヌのぬいぐるみを撫でていると、ルトが部屋に入って来ていたのに遅れて気付いた。紫の瞳と視線が交わる。


「……おはよう。早いなレミィ」

「おはよう。ルトこそ」

「何か手伝えることないかなって」

「袋詰めは大体終わったから、表の荷馬車に全部運んでくれる?」

「心得た」


(ちょいちょい気障ったらしくなるのよね~可愛いな……)


 ルトは竹っぽい素材で編まれた籠に丁寧にクッキーを詰め、ドアの前で立ち止まった。


「……レミィは犬が好きなのか?」

「? うん、大好きだよ」


 家では雑種の犬を飼っているすみれは、愛犬を思い浮かべながらホクホク顔で頷いた。


「そう……か」


 ルトの銀色の尻尾が左右に揺れている。それだけ言って出て行った彼を見送って、一体何の質問だったのか思案した。


(……私が犬のぬいぐるみを撫でていたから聞いたのかな? それで何でルトが嬉しそうだったんだろう。彼も犬派だったとか?)


 わからないことを考えても仕方ないか、とすみれは残りのクッキーを袋に詰める作業に戻ったのだった。


「にぶちんにも程があるです」


 窓の外、木の上から見守っていたマオがため息交じりに呟いた。



 雇った護衛と御者とシスターララが荷馬車で出発し、すみれやルト、子供達は歩きで大聖堂へ向かった。

 そうして辿り着いた先では、見上げる程高い大聖堂がまるで白く輝いているように太陽光を反射し、言葉では言い表せないほどに荘厳だった。

 ステンドグラスが美しく、ここで結婚式を挙げる貴族も多いと言う。

 周りを、複雑な形をした白く塗られた鉄柵に囲われ、大聖堂までの百メートル程の道には白い煉瓦がかっちりと敷き詰められている。

 今回バザーの売り場となるのは、その煉瓦道の両脇だ。大聖堂に来る者は全員通る道なのと、出入口付近に出店させてもらえるので道行く人の集客も望めそうだ。

 ガーデンウェディングをする貴族も多いらしく、その為のテーブルも貸して貰えた。至れり尽くせりで少し怖いと思いながら、持参したテーブルクロスを長方形のテーブルに被せ、商品を置いていく。

 準備を終えたのは、ちょうどバザー開始時間十分前だった。


 一週間程中央街でビラを配ったのと、社交界で話題にしてもらったおかげか、開始前から周辺は人で賑わっていた。

 その人達は大聖堂の守衛が開門すると、雪崩れ込むように入ってくる。

 第一陣の菓子やぬいぐるみ達は瞬く間に売り切れ、寄付をくれた貴族の名も紙に一人、また一人と書き連ねられていく。


(良かった……)


 人の波が落ち着いたのは昼に差し掛かろうかという時刻だった。

 作っていたぬいぐるみや雑貨たちは完売し、今は追加で焼いたクッキーを待っている所だ。

 今回は準備が完全ではなかったので、接客は人を雇ってある。貴族の来店を見越していたので、孤児院の子供達だけで対応するには限界があるし、万に一つも粗相があってはいけないと思ったからだ。貴族の為、というよりも子供達を守る為、という意味合いが強い。それが功を奏して、今の所揉め事は起きていなかったのだが──。


「君可愛いね、話しようよ」


 あろうことかすみれが貴族の令息っぽい二人組に声を掛けられてしまった。こういうのはミファだろと思って彼女はクッキーを焼く裏方にしたというのに。


(ううん……ナンパとかされたことないから、かわし方が分からない)


「すみません、忙しくて……」

「今は品物待ちなんだろ? 来るまで相手してよ」

「はあ……」

「名前は? 猫獣人って、この辺が気持ちいいんだっけ」


 無遠慮に顎を撫でられ、尻尾近くに触れられて手が出そうだったが、相手がどのくらいの爵位かわからないのと、自分が問題を起こすわけにはいかないとぐっと堪えた。


(尻尾が偽物ってバレたら困るから触らないで欲しい)


 貞操の危機だとは全く気が付いていないすみれが、周りに助けを求める前に男達との間に影が差した。


「この子は僕の番です。どうかご遠慮を」

「はぁ? だったらマーキングくらいし……」

「……! おいっ、やめとけ!」


 ルトの言葉に、すみれの顎と尻を触った男が食って掛かろうとしたのを、もう一人が何かに気付いて止めた。更に何事か囁かれ、真っ青になった男は「大変失礼致しました!」と転がる勢いで逃げ去ってしまう。どうやらルトの家格の方が上だったらしい。


「ありがとうルト! 助かったぁ……まさか私が声を掛けられるとは思ってなかったよ」

「いや、僕も勝手に番を名乗ってごめん。……また声を掛けられないように、してもいい?」

「ん? そんなこと出来るの? じゃあお願いしようかな」


 ふ……と笑ったルトが少し背伸びをして、すみれの顎を舐め──そこへチュッ、チュッと唇を押し当てた。


(えっ……!?)


 今までの人生でそういったことに全く経験が無かったすみれは激しく動揺していたが、男が言っていた"マーキング"という言葉を思い返していた。

 もしやこれが"マーキング"というもので、もう声を掛けられないようにするイコールマーキングのことだと気付くのにそう時間は掛からなかった。


(か、勘違いするとこだった! 問題を起こさない為、だから……)


 ルトは次にすみれの両手を取り、その甲へと順にキスを落とす。


(うーん、絵になる……)


「ごめん、ちょっと触るね」


 もう触ってるけどと思ったが、ルトがさっきの男が触った尻尾の付け根辺りに触れたことで、真意に気付く。


(さっきは何とも思わなかったのに……)


 急に胸がザワザワしてきた。ルトはそんなすみれの様子を窺いながら、背中や腰にも手で撫でるように触れていった。


「ん、おしまい。これで変なのには声掛けられないと思うから」

「うっ、うん、ありがとうルト」


 下心なんて微塵も感じさせない綺麗な微笑みに、すみれの方が罪悪感を覚えてしまう。顔も真っ赤で暑いくらいだった。


「独占欲がすごいね~」


 ミアが木の影から笑いを堪えていた。


 大聖堂が閉門する夕刻より前に片付けを終え、皆で歩いて帰路についた。クッキー調理組と包装・輸送組とは街の食堂で落ち合う。所謂打ち上げを行う為だ。

 思っていた以上にお菓子もぬいぐるみも売れ、寄付も集まった。今日くらいは羽目を外しても怒られないだろうと、馴染みの食堂を貸し切ったのだ。

 孤児院の面子に加え護衛や御者、接客を担当してくれた人達も招待してある。


 食堂に入ると店主が威勢良く声を掛けてくれた。彼女は夫婦でこの店を経営していたが、旦那さんが魔物に殺されてしまってからは自分と息子とで切り盛りしているのだと、何度か通う内に聞かせてくれた。

ここはすみれが食べ歩きをしていた時に知った食堂兼酒場で、食べ物が特に美味しくて既に常連と言って差し支えないくらいに通っている。今回の打ち上げにも二つ返事で応じてくれ、子供達がいるならと貸し切りを提案してくれた。


 狭いが清潔にしているカウンター席とテーブル席にひしめき合うようにだけれど全員席に座れ、各々好きな飲み物食べ物を手に歓談している。

 ミア達も一緒にと声を掛けたが職務中だからと断られた。なのでお土産に何か包んで欲しいと店主にお願いしておいた。

 すみれの隣には当然のような顔をしてルトが座り、その逆隣にはシドが座っていた。


「大成功だったな」

「うん、皆が頑張ってくれたおかげ」


 お互いを労っていると、肉をかっこんでいたシドがくんくんと鼻を動かしながら言う。


「なんか……レミィからルトの匂いがする」

「ああ、それはね」

「シド、この焼き串も美味いぞ」

「わあぁ!」


 シドはルトから差し出された肉の串にかぶり付き、自分がした質問など忘れたかのように満面の笑みで口を動かしている。


(可愛い……)


「レミィはその……番とか恋人はいないの?」

「う、うん」


 本人かも知れない男の子に、王子の番として連れてこられたとはもちろん言えるわけがなく、すみれの視線は右往左往とさ迷う。


(……どうしたら確信を得られるんだろう)


「それなら、僕と……」

「レミィさん! ここにいたんですね」

「ミファ、お疲れ様! あなたのクッキー、本当に美味しそうだった。腕を上げたね」

「何もかもレミィさんのおかげです……怖い人から助けてもらって、孤児院のことまで……本当にありがとうございます」


 泣き出すミファを、抱き寄せて頭を撫でてやる。


「私はきっかけに過ぎないわ。これからは全部、孤児院の皆でやっていかなきゃなんだから」


 今後は近隣の孤児院も巻き込んで菓子店を運営してもらう。

 一つの孤児院に一つの店舗としてしまうと、菓子店が乱立し互いの売上を食い合う結果になるからだ。

 区画で区切り、いくつかの孤児院に一つ店舗を割り当て、作業と売上は折半する。全ての孤児院が協力してくれるなどと甘い考えはしていないが、何十回、何百回の説得も辞さない心積もりだ。そして劣悪な環境の孤児院の運営者は、絶対に排除する。


「レミィさんは凄いです……私も、出来ることはなんでもします」

「じゃあまずは私とお友達になって。敬語もなしよ」


 ミファはきょとんとしてから、可愛い顔を更に綻ばせた。


「うん……レミィ、大好き……!!」


 ぎゅっと抱き返されてまんざらでもないすみれは、だらしない顔で笑う。

 そんな彼女を座ったまま見ていたルトは反対に、ちょっと不貞腐れた表情をしていたのだった。


「女の子に、先を越されてます……っ」


 店の人間に扮していたココが、カウンター下で笑いを噛み殺していた。


 

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