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3.慰謝料の使い道

 

 案内されて辿り着いた孤児院は教会のような外観をしていて、屋根の一部が剥がれたり、塗装が剥げたりしている。


(こんな……廃屋寸前の建物に、この小さな子達が暮らしているの……)


 平和な国で何不自由なく暮らしていたすみれには衝撃だった。

 中へ入るとシスターらしき女性が静かに、けれど血相を変えて寄ってくる。


「まぁ、まぁっ! ミファ! なんてこと……シド……ソラ、ソラはっ」


 慌てふためくシスターにさっきと同じ説明をし、落ち着いてもらう。頬にうっすらソバカスがあるせいか少し幼く見えるが、おそらく、二十代後半くらいかなと思われる女性は深々と腰を折ってすみれにお礼を言い、ミファを着替えさせに奥へと戻って行った。


「ルト……と言ったっけ。あなたもここで暮らしているの?」

「いいや。今は子供達に勉強を教える為に通っている」


(やっぱりそうよね)


 教えられるだけの学があり、着ている物も良いとくればどこぞの貴族のお坊ちゃんあたりだろうかと考えた。


「もう日も暮れそう。私はそろそろお暇するね」


 ずっと抱っこしていたシドをルトに託して外に向かうすみれの背中に「良かったらまた来てやって。ミファもちゃんとお礼を言いたいだろうから」と声が掛かった。


「うん! 必ず来るわ!」


 今度は笑顔の彼らに会いたい、と振り返って見せたすみれの笑顔に、ルトの心臓は大きく鼓動を刻んだのだった。


 外に出ると辺りはすっかり夕暮れで、オレンジ色の太陽が徐々にその姿を暗闇に沈めようとしていた。


「マオ」

「います」

「ソラの治療は済んだ?」

「はいです。ココが医者に、子供(ソラ)を送るついでに他の子供達も診察するよう依頼したみたいなのです」

「さすがココ、気が利く!」


 そこまで見守りたいが、そろそろ城に戻らねばグレイールが心配するだろう。せっかくもらった外出許可を取り消されてしまってはかなわない、とすみれは早歩きで城への道を進んだ。


 マオが言っていた通り、途中途中でココとミアと合流出来た。どういう伝達方法があるのか知らないが、別行動をしても直ぐにこうして合流できるのは凄いなといつも感心しきりだ。携帯も無いのに。


「皆、相談があるんだけど……」



 すみれは、あのボロボロの孤児院を何とかしたかった。

 まずは屋根の修理、塗装の修繕。子供達の健康観察、食事の充実と教育、そして彼らが大きくなって孤児院を出た後の就職先の斡旋だ。

 残り八ヵ月でどこまで出来るかわからない。けれどせめてその道筋を作ってやりたかった。

 あの無駄に大量にある慰謝料の使い道はこれしかないと思った。


「簡単ではないですね……それにあの孤児院だけ贔屓するわけにもいかないですし」

「わかってる。やるなら手の届く範囲は全部やりたい。グレイールさんに、法律の方からも変えて貰えるよう働きかけるよ」

「先ずは視察だね~それから必要な措置を考える」

「うん。流石に城下町以外はグレイールさんが許してくれなさそうだから、その時は誰かに残ってもらって誤魔化してもらうとして……」


 城の自分の部屋で、四人はテーブルを囲んで意見を出し合った。

 お金を寄付して終わりじゃ駄目だ。そこの大人が皆いい人間とは限らない。

 調査して、外に出る時の子供や、孤児院を護衛する人間も雇いたい。長期的に雇うなら、寄付を募ったり、孤児院の子供達でも出来る事でお金を稼がないといけない。

 そしてルトがやっているように、子供の教育をして、将来騙されないよう、そしてちゃんとした所で働けるようにしたい。


「私達はあなたの護衛に集中しますので、職人と……手伝いをする人間を手配します」

「ありがとうココ。そこの引き出しに入れてある金貨を使ってくれたらいいからね」


 こういう使い道なら、この国の人々も赦してくれるだろう。


「折角あんなにいっぱいあるんだから、ドレスの一着でも買えばいーのに」


 ミアはすみれを着飾るのが好きだ。ただその機会は殆どないので、代わりに毎日髪をいじられている。今日は人の方の耳を隠す形で編み込みのアップにされていた。


「グレイールさんがせめてとか言ってクローゼットに入れてったドレス、袖を通してないのいっぱいあるのにいらないよ……あ! あれを売ったら資金になるんじゃない!?」

「やぶ蛇なのです」

「欲のない番様だよね~」


 欲と言うか、そもそもドレスが似合わないし、なんだか恥ずかしいし重いしでいつも華美でない物を選んで着ていた。外に出る時に着るワンピースの方が似合うと自負している。



 もろもろの準備を整え一週間後、孤児院に向かった。

 姿を見せずに護衛する三名はともかく、手配してもらった修理・修繕担当の職人数名と、掃除や洗濯を手伝ってもらう人達とで、ぞろぞろと現れたすみれ達に子供達も最初は驚いていたが、焼いてきたクッキーを配ったら直ぐに夢中になっていた。


 それを微笑ましく見つめてから、二階に進み院長室とは名ばかりの個室でシスターと向かい合った。

 彼女は全身を黒の修道服に包んでいる。同色の頭巾(ウィンプル)に髪を全て入れているのでそっちの色はわからないが、澄んだ湖を思わせる水色の瞳が綺麗だなと、すみれはついじっと見入ってしまっていた。


「ミファを助けてくれただけでなく、このような……ありがとうございます」

「いえ、ただの自己満足ですから。ソラの具合はどうですか?」

「骨は折れておりませんでしたので、とても元気です。後で声を掛けてあげてください」


 もちろんとすみれは答え、現在の孤児院の状況を聞いた。

 今この教会で暮らす子供は全部で二十人程。下は生後約半年の赤子から、上は十五歳まで。十六になったらここを出て働くのだという。


「赤ちゃんの面倒はシスターが?」

「ええ。少し前、教会の前に捨てられた子で……」

「それは大変ですね……」


 環境から子守りに慣れた子も多いだろうが、流石に零歳児の世話は難しいだろう。シスターが赤ちゃんに掛かりきりなると、色々と滞るのは目に見えた。


「今ルトがしているように、ここに教育してくれる人と、護衛してくれる人を雇い入れたいと考えているんです」

「それは……大変良いお話ですが、その方達に支払う賃金が捻出できるかどうか……」

「ええ、ですのでバザーを開こうと思うんです。そこで寄付も募ります」

「バザー?」

「私が、簡単に作れるお菓子を子供達に教えます。それを作って売るんです。後は刺繍や、ぬいぐるみなんかを作って、それも。どちらも出来れば、生きて行くのに無駄になりませんし」

「調理器具もその……揃っていませんが……」

「それらは私が全て寄付という形で持って来ます。最初の材料も。それ以降は安く卸してくれる所とお繋ぎします」


 仲介を通さず直接生産者と購入交渉した食材や、ドレス店で出る端切れなんかを殆どタダ同然で譲ってくれる優良店も侍女達が調べてくれた。仕事が早い。

 代わりにそれぞれの宣伝をすることを約束をしてある。その一方で貴族には寄付を募るつもりだ。

 上位貴族がこぞって慈善事業に乗り出せば、面子重視の社交界のこと、皆追随するだろうとはココの弁だ。

 なんと彼女の実家は公爵家らしい。どうしてこんな仕事をしているのかと聞いても、はぐらかされるだけだった。

 なので寄付はココの家が一番最初に行ってくれた。その返礼品として、孤児院で作る菓子を渡す。更にそれを、茶会を開き他の貴族達をもてなすのに使ってもらうという。

 この世界では甘味があまり発展していないので、クッキーだけでも美味しさで話題になる。飾りやジャムでデコレーションすれば、貴族のお茶会でも充分に通用する、とすみれが作った菓子を食べたココが言った。

 それなら孤児院で菓子店を持つのもいいかも知れない。作る数が増えれば、広い調理場の確保も必要だから。

 そう言ったら今度はマオが不動産を扱ってる自分の祖父を紹介してくれた。トントン拍子に話は決まり、中心街からは少し離れた所だが、清潔で人通りもあり、孤児院からも近い所に店舗を建設している。

 こちらに今持ってきている調理器具も、店が建ったら孤児院で使う分は置いて、そのまま移す予定だ。というのを必要な部分だけ伝え終えると、シスターララは目を白黒させていた。


「な、何から何までありがとうございます……」

「いえ……全ては子供達にかかっていますから。先ずはシスターと、大きい子に調理法を教えます。清潔さは大切です。手洗いと、その為の場所、毎日の沐浴……そして読み書きと計算も必須です。やることは山積みですが、一緒に頑張ってもらえますか?」


 シスターララは「もちろんです……」と泣き崩れた。

 女一人と侮られ子供達が幾度となく危険な目に合ったこと、満足な食事や、教育も施してやれなくて辛かったこと……そう心情を吐露するのを見て、ルトが何故この孤児院で勉強を教えているのか分かった気がした。善良な人を少しでも助けてあげたいと思うのが人情というものだろう。


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