3.お茶会への誘い
(わぁあ、人間のあかちゃんみたい!)
目の前には、産まれて間もない赤子が植物の皮で編まれた篭の中、柔らかな布に埋もれてすやすやと眠っていた。
髪色はオレンジで瞳は金色だという男の子。
これでもかとジェドの特徴を引き継いでいるその色彩に、だからこそ人族の耳まで受け継いでしまったのだろうかとヴィオレラは思案した。(ちなみにさっきまでその耳と髪は毛糸で編まれたリズお手製の帽子に隠されていた)ならばせめて翼まで継いでくれたなら、と二人は思ったに違いない。未だに人族への差別意識は無くなっていない。恩のある伯爵家にいられないと思うのも、義理堅い彼ららしいなと思った。
「名前は?」
「ジオラルドです」
「素敵な名前ね、ジオラルド。わたしはあなたのお姉ちゃんになるヴィオレラよ。よろしくね」
(またこちらの世界で妹と弟が出来てしまったわ)
──こちらの世界で?
自分の思考にまた驚く。
今ヴィオレラが解っているのは、過去のジェドとリズに会った記憶がある、ということだけだ。
もちろん彼らは今より少しだけ若く(リズは聞いてた通り痩せていたし)当時ヴィオレラはまだ産まれてもいないと思われる。そもそもこの時、自分のことを皆が「レミィ」と呼んでいたのだ。
ならば別人の記憶を見たのかも知れないと、下手にジェド達に聞くのも憚られた。
あの後──
突然倒れたヴィオレラは夕日色に染まった自室で目覚めた。ぱかりと目を開けると心配そうに覗き込むリズがいて、思わず抱き付いていた。いつものように柔らかく抱きとめてくれたのが嬉しくて、すりすりと頬擦りしてしまう。
「リズだぁ……」
「お嬢様……よかったです。急に倒れられてわたし、心臓が止まるかと……」
「ヴィー、部屋に入って来てからのことを、お前は覚えているかしら?」
ヴィオレラお気に入りの一人用のソファーに、母が座って優雅にお茶をしながらそんなことを聞いてくる。傍らには彼女付きの侍女がいて、ヴィオレラの分のお茶とお菓子を用意してくれているようだ。
まだ四歳の自分にはかなり大きいと感じるベッドから降りる手伝いをリズがしてくれ、母の向かいにあるソファーに座った。
「覚えているわ、お母様。それで赤ちゃんは今どこに? 直ぐに会いたいのですけれど……」
「慌てないでちょうだい。どうしてしまったの? お前はそんな子ではなかったでしょう。ワガママで、お勉強からも逃げ回って、悪戯し放題でしたのに。話し方まで変わっているじゃない?」
そうだったかな? とヴィオレラはこてりと小首を傾げた。
母と同じ兎獣人で、白髪に青灰色の瞳が美しい彼女の美貌を確かに受け継ぎつつ、しかしその黒い髪色と赤紫色の瞳は黒豹の父から受け継いだヴィオレラは──大層な美少女だった。それ故長男が出奔してから産まれた娘を父はそれはそれは可愛がった……おかげで、彼女は自尊心マシマシ我が儘放題触るな危険、な爆弾娘へと成長を遂げてしまい、母ですら手を焼いていたのである。
「今まで悪い子だったわお母様。お願いを聞いてもらったのですもの、私、心を入れ換えてお勉強もちゃんとします」
「……そう。お前ももうすぐ五歳ですものね。それを聞いて母は安心しました。二人の子のことはわたくし達でもサポートしましょう。リズの言うことをちゃんと聞くのですよ」
「ありがとう! 大好きよお母様!」
「まあ調子の狂うこと。リズ、ヴィーをその子の所へ案内してやってくれるかしら」
「レオノーラ様、畏まりました」
出産休暇はこの邸で家族と共に取るといいとか、二人の会話がまだ終わらなそうだったので、ヴィオレラはちょうどいい温度の紅茶を飲み、クッキーを口に入れた。
(懐かしい味)
──懐かしい???
目をまん丸にしたヴィオレラを、いつの間にか会話を終えていたレオノーラがしげしげと見つめていた。
これ以上おかしいと思われる前に行こうと、紅茶を飲み干して立ち上がる。
「リズ。行きましょう。リーンもそこにいるの?」
「はい。今はジェドと三人でわたしの部屋にいます」
そうしてリズの為の部屋にて二人の子、ジオラルドと初邂逅を果たしたヴィオレラは、それから片時も赤子の傍を離れなかった。
リズとリーンと一緒にジオをお風呂に入れてあげたり、寝る時は授乳があったので、乳離れしてからはリーンと三人で同じベッドで眠った。ジオがお昼寝している間に勉学に励み、父とヴィオレラに説得されてロッサーチェリ家の騎士団に入団したジェドに、リーンと一緒に体術を教えてもらったりした。
そんな日々を過ごし、ヴィオレラが八歳、ジオラルドが三歳になった頃。
流石に父から、性別を理由にジオラルドと一緒にお風呂に入るのも眠るのも禁止されてしまった。しかしながらリズがいつも傍にいるので、匂いは移っていて誰にも不審に思われることはないだろうが、やんちゃ盛りの子供に年がら年中帽子を被らせているのも可哀想だし、いつ外してしまうか不安でもある。そう思いつつも何の案も浮かばないと頭を悩ませていたある日、父に王宮のお茶会に参加するように言われた。
「でもお父様、わたくしはまだ成人を迎えていませんし、そういった茶会や夜会は参加出来ないのでは?」
「ヴィーはすっかり才女になってしまったね。可愛い上に賢いなんて、非の打ち所がないじゃないか、困ったな……」
「もう! お父様! お話が進みませんわ」
ぷく、と頬を膨らますと父の顔は更にだらしなく緩められる。"冷然たる黒曜石"の異名が溶けて跡形もなく風に浚われてしまいそうだ。
「怒ってるヴィーも可愛いなぁ……おっと、ごめんごめん。
デビュタントの十六歳、その半分を祝うプレデビュタントってことで、昼間にお茶会が開催されるんだ」
「そうなのですね」
「城で開かれるから第一王子と第二王子も参加されるけれど、まあ気負わずお友達をつくるくらいの気持ちで行っておいで」
(王子様、かぁ)
王子様への憧れは普通の令嬢らしく多分にあったが、あの記憶を見てからは胸がモヤモヤとして落ち着かない。
(理由がわかるかも知れないわ)
そういう経緯でお茶会用のドレスを仕立てることになって、母と何故か父と色やデザインをどうするか考えていた最中。
「ドレスの色、紫にするのかい?」
「はい。この紫、とっても綺麗ではないですか?」
「ヴィーの瞳に合わせて赤みがかった紫では駄目なのか? この青も綺麗だぞ? いや、青も駄目だ、この緑とかどうだ?」
「いいえお父様。この青みがかった紫がいいんです!」
いつもドレスを仕立てる時は"どんな色でも似合うから"とヴィオレラが決めた色に文句などつけたことのない父が、やけに何度もこの色でいいのかと聞いてきて彼女の頭は疑問符でいっぱいになった。
「……ヴィーは王子様方を実際に見たことは無いのだよな。伝聞で聞いたこともない?」
「はい。お名前はもちろん存じておりますが、姿絵は弟君のフランシス殿下のものしか見たことはありませんわ。アレクシス殿下は絵に描かれるのはお嫌いだと聞いておりますし……実際姿絵も出回っておりませんよね?」
「そうなんだよなぁ……」
まだ何かぶつぶつ言っていたが、ドレスの色はそのまま決定したのだった。
インフルの注射めっちゃ痛かった……
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