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2.少年ルトと孤児院の子供たち

 

 気付けば季節は流れるように過ぎ、召喚されてから四ヶ月経っていた。

 すみれがアレクシスの番だと知る者は魔術師長と召喚に携わった数名の魔術師に、身の回りの世話係兼護衛の三人の侍女だけらしい。

 広く知られるとフランシス王子派の人間に狙われるからと聞かされた。怖いなと思いつつすみれは心配していない。

 と言うのも、護衛の侍女は猫獣人のミアと狐獣人のココ、鼠獣人のマオといって、それぞれがかなりの腕利きだったからである。

 一度城下町で絡まれた時も、相手をあっという間に無力化してしまった。

 そんな彼女らとは今ではすっかり仲良しで、故郷から一人呼び出されたすみれに酷く同情してくれているようだ。

 初めはサクラ様、だったがすみれがお願いして、今や全員がスミレと呼んでくれている。


 猫獣人のミアはすみれと同い年なこともあり、砕けた口調でお喋りする一番の友人だ。三毛猫を連想させるオレンジと黒が入り交じった肩までのボブと、右耳が黒、左耳がオレンジの獣耳をしている。そこもいいが、髪と同じ色をした尻尾がまたキュートなのだ。

 狐獣人のココはぼんきゅっぼんの妖艶なお姉さん。すみれよりいくつか年上だろうとは思うが、詳しい年齢なんて聞けやしない雰囲気をまとっている。

 黄金色のサラサラの髪を、少しだけ顔の横で緩く巻いていて、残りは編み込んでアップにしている。お仕着せの上からでもわかる膨らみについ目がいってしまい、よくからかわれる。中々いい性格をしてるなとすみれは思っているが、きょうだいが弟しかいないこともあり、勝手に姉のように思っていたりする。

 鼠獣人のマオは灰色の髪をショートカットにしていて、同色の丸い耳が可愛らしい少女だ。すみれより年下で背も低い。妹が欲しかった彼女はマオを可愛がったが、本人はいつも渋い顔だ。

 初めはオドオドしていたがそれは演技で、実は口が悪くてツンツンしていた。数ヶ月共に過ごして、やっと仲良くなれてきたかな、とすみれは思っている。が、実はマオは凄まじくツンデレなだけで、実際にはすみれが大大大好きであることを彼女(すみれ)だけが気付いていないのだった。


 こちらに来て一ヵ月は城にある図書室で知識を仕入れ、二ヵ月目には厨房の端を使わせて貰って料理やお菓子を作らせてもらった。色々と勝手が違い、最初は失敗作をしこたま作成してしまったが。

 三ヵ月目にはそれらに加えてグレイールによるこの国の歴史や魔術について教えてもらったりした。

 四ヵ月目には流石に城内にも飽きてしまい、グレイールに相談すると城下におりてもいいとのお許しが出た。

 ウィンドウショッピングと買い食いを楽しみ、味をしめたすみれは度々町へと繰り出した。大衆食堂でミア達とご飯を食べたり、カフェでお菓子をチェックしたりしていたある日のこと。

 どこからか泣き声が聞こえて、その方向へ走ると途中でココに引き留められた。


「この先は裏路地ですわスミレ様。あまりお見せしたくありません」

「ココ。でも……子供の声だよ、放っておけないよ」

「厄介ごとの匂いがするです」


 マオは最後尾、屋根の上にミア、すみれの隣にココという隊列で細い路地裏を行くと、酔っぱらいに女の子が絡まれ、今まさに服を裂かれているところに遭遇した。それを止めようと、蹴られながらも暴漢の足に泣きながらすがり付く男の子を見て、あまりにもな場面にすみれは一瞬硬直したが──直ぐに全身が怒りに染め上げられた。


「ミアッお願い!!」

「は~いっ仰せのままにぃ!」


 屋根から男の頭上目掛けて飛び降り、声に反応して顔を上げた男の顔面に膝を入れ──ぐしゃりと後方に倒れていくソイツの首に足を掛け俯せに引き倒し意識を奪った。そう言えばあの男にとりすがっていた少年は──と焦って見回せば、ココがいつの間にか保護していた。


(相変わらず凄い早業……)


「殺さないでね、ソイツを警察……えーっと、牢に入れられる?」

「オッケー。街の騎士団の屯所に連れてってくる。ココ、マオ、こっち頼むねっ」

「スミレ様、男の子も直ぐに医者に診せないといけませんので、治療院に連れて行きます。マオ、大丈夫ですね?」

「マオ平気」


 マオが声を発したのと同時に二人とも消えるようにいなくなった。獣人が凄いのか、二人が凄いのか……暫く呆けていたが、女の子がヨロヨロと立ち上がったのが目の端に入り、慌てて駆け寄った。


「あなた、大丈夫!?」

「……は……い、服を、破られただけなので……」


 確かに外傷はさっき必死にとりすがっていた少年の方が酷かったが、女の子は質素な服を真っ二つに裂かれていて、その身体は可哀想なくらいに震えていた。

 すみれは荷物から、寒くなった時用にと持たされていたショールを取り出して彼女に掛けてあげる。


「怖かったね……私はレミィ。あなたのお名前は? お家はどこ?」


 少女は白髪で同じ色の兎の耳、赤い瞳をした愛くるしい外見をしていた。これは確かに襲いたくなるくらい可愛いけれど、どう見ても十三・四歳の子供を……とすみれは安堵からか泣きやめず震える少女の背中を優しく、暖めるように何度も撫でた。


 そこへ、バタバタとした足音が響いてくる。

 新手の破落戸か? と女の子をギュッと抱き込んだすみれの前に現れたのは、息を弾ませた二人の少年だった。

 十歳くらいの少年と、それより幼い男の子は、すみれと少女の姿を認めて慌てて駆け寄って来た。


「ミファ! 大丈夫!?」

「……う、うん、このひとたちが、助けて……くれて……」


 ミファと呼ばれた少女は見知った顔を見て安心したのか、フ……と気を失った。それを大きい方の少年が支え、横抱きにしてからすみれに向き直る。

 流石獣人族だ、女の子とはいえ明らかに自分より上背のある子を涼しい顔で軽々と持ち上げてる。


「ありがとう、この子達は近くの孤児院の子で……ごめん、歩きながら話してもいいかな。この辺は見ての通り、治安がよくないんだ」


 すみれは無言で首を縦にふった。いつの間にかマオもいなくなっているので、隠れて守ってくれているのだろう。

 それよりも彼女は目の前の少年に釘付けになっていた。

 銀色の髪に同色の耳とフサフサの尻尾。着ている物は質素に見せているがきっといい物だ、とこの数ヵ月で目が肥えたすみれには分かった。

 アメジストもかくやな瞳も、整った顔立ちにも目を奪われるが、そんなことより特筆すべきはその"声"だった。


(似ているだけ、よね。他人の空似ならぬ空声? だってアレクシス王子は隣国に留学中のはずだもの)


 そう──この世界に召喚された日に聞いたアレクシス王子の声にソックリだったのだ。

 更にジッと見つめてみるが、彼と目が合っている現状でも特に胸がざわついたり浮わついた気持ちになったりしなかったので、番ではない……ということはアレクシス王子ではないのだろうとすみれは結論付けた。

 あの日からもう四ヵ月。一度聞いただけの声を、しっかり覚えているとは言い難かったのもある。


「何か?」

「あ、不躾に見てごめんなさい、私はレミィ。あなた達は?」

「いや、こっちこそ名乗りもせずごめん。僕はルト。女の子はミファで男の子はシドだ」

「あっ! ……ソラは!? もう一人男の子がいたでしょ!?」

「その子なら、怪我が酷かったから私の友達が治療院に運んだわ。治療が終われば孤児院に送ってもらうわね」

「良かった……ソラ頑張ったんだね。助けを呼びに行っても、手遅れなんじゃって怖かったんだ……」


 ぐすっと鼻をすする少年の前にすみれは屈んで視線を合わせた。頭を何度もくしゃくしゃ撫でてやる。


「シドもよく頑張ったわ。あなたも怖かったでしょうに、ちゃんと助けを呼んで戻ってきたんだもの。偉かったよ!」

「うっ、うわぁぁん」


 遂に泣き出してしまった幼子を抱き上げ、ルトの後に続く。

 背中を撫でてやりながら、優しく宥めたらシドはいつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていた。幼い頃の弟を思い出して、なんだかすみれも泣きそうになる。


(あと八ヵ月の、辛抱だ)


 痛みを堪えるような表情を、ルトだけが見ていた。

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