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プロローグ

 

「どうして、今さら番など……っ俺は結婚しないと言っただろう! 王位なぞ弟にくれてやる、と!!」


 漏れ聞こえてきた怒声は、ヴィオレラの心臓を抉り、進む足をすくませるのに充分だった。

 声の主は分かっている。この国の第一王子アレクシスだ。婚約の儀式の為に来たヴィオレラは、御挨拶をと彼の私室へ向かう所で、件の声を聞いてしまった。

 兎獣人であるヴィオレラは酷く耳が良いせいで、百メートルは先の部屋の中の声も拾ってしまったのだ。現に足を止めた彼女を、案内役の侍女が訝しげに振り返った。自領から連れてきた側付きの侍女兼護衛の、リス獣人のリーンには聴こえたようで、うつむき加減でギリギリと歯軋りしている。


 ──アレクシス王子は獣人でありながら、本能で選ぶという"番"を否定し、憎んでさえいるのだ。


 知っているし──知っていた。

 おかしな言い回しだが、前者は周知の事実であったが為に。周りの人達も善意の仮面を被ってヴィオレラに教えてくれたことから。

 後者は──彼女には前世の記憶があった。その時に殿下自身から聞かされていたから、だった。


 そう、前世。


 ロッサーチェリ伯爵令嬢、ヴィオレラには前世の記憶がある。

 その時の名前は佐倉(さくら)すみれ。

 友人には"名前は花まみれなのに。名は体を表さないね"などとからかわれたりもしたのだが、すみれ自身もたいして華々しくない地味な自分には分不相応な名だな、と思っていたので別段気にしていなかった。

 いや、その名前が嫌だと思った時もあるにはあったし、もっと可愛ければ似合いの名前だったろうになと思った事も一度や二度ではないけれど。



 すみれが高校三年の夏休みに入った日だった。

 自分の部屋でダラダラとクーラーを浴びながら漫画を読んでいたら、怒り心頭な母親にお使いを理由に家を追い出され──太陽に焼かれながら「暑い」「溶ける」と文句を言いつつも、なんとか買い物(もくてき)を終えて帰る途中のことだった。

 近道に選んだ細道を歩いていると、足元がいきなり発光したのだ。


「な、なに!?」


 驚いて光った場所から飛び退いても、また足をつけた場所に光が現れる。直径一メートル程の円形はまるで──さっき読んでいた漫画に出てきた──魔方陣のよう。


(──逃げられない)


 そう思った瞬間、魔方陣が更に眩しく瞬き、目を開けていられなくなってギュッと閉じた。──うだる暑さだった筈が、なんなら少し涼しい風が吹き抜けていったのを感じて、最後の抵抗とばかりに閉じていたままだった目蓋を、観念してゆっくり開いて見ればそこは──。


 やはりと言うべきか、さっきまでいた場所ではなくなっていた。

 足元には直前に見た物に似た、けれども比べ物にならない大きな円形の絵のような、文字のようなそれ。

 地面はコンクリートではなくツルツルしていて、自分の顔すら映りそうな、ピカピカに磨かれた大理石の床。

 丸い絵の外側にいる人達は誰も彼もが日本人ではなく、着ている物もまるでコスプレみたいで、すみれの脳内はフリーズした。

 その中の一人、少し歳かさの男性がすみれに近付き、恭しく頭を垂れる。


「ああ……アレクシス殿下の番様、ようこそおいでくださいました──わたくしはこの獣人国の魔術師長、グレイールと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」


 "獣人国(じゅうじんこく)"と聞いて、すみれは頭を下げたままのグレイールを穴が開きそうなくらい凝視した。

 その頭には隠しようもなく鹿の様な立派な角と、ピクピクと動く獣耳(ケモミミ)がついていたのをみとめて、目玉が飛び出るかと思うくらい驚いた。

 その角には布や綺麗な石飾りが巻かれたりぶら下がっていたりして、きっと身分の高い人なのだろうなと何となく察した。

 よくよく見てみれば、周りを囲むように控えている人達の頭にも様々な動物の耳があるし、お尻には尻尾らしきものが見え隠れしていたのである。


(駄目だ、もうキャパオーバー……)


 すみれはその場に昏倒し意識を失った。


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