親愛なる君へ
今日は王国の収穫祭。
城の周りには微笑みを浮かべ、今年も豊作で歓喜に沸く国民が集まり、ベランダから手を振る王族に頭を下げた。
「「「国王様、ありがとうございます!」」」
「「「今年も豊かに暮らせます!」」」
「「「王国様、万歳!」」」
「「「この国に産まれて、幸せです!」」」
ワイワイガヤガヤ……………………
喜びの声が仕切りなく発せられ、国旗を振り国王を讃える。
そんなお祝いムードの中、王族の1人が声を発した。
「ニセ聖女、ミヤよ。 貴様よくも我々に対して、聖女であると謀り続けたな、恥を知るが良い!」
そう叫び、彼の傍らに佇む女性に指を差すのは、この国の第一王子ソマー。
日の光に煌めくレッドゴールドの髪に漆黒の瞳は、一目見ればドキリとする程目映く美しい。 細マッチョな体躯は、長身なこともあり物語の主人公のようだ。
しかし顔を歪めて、断罪台詞を言うのはいただけない。
そして、人に指を差すのもね。
『躾がなってないわね、もう』
ニセ聖女と呼ばれるミヤは、表情を変えることもなくソマーを見つめた。
代々、聖女は王妃となり、国王と共に国を支えていく。
豊穣の恵みをもたらすとされ、神殿より選ばれた聖女がその任に着いていた。
当然ニセモノと呼ばれる謂れはない。
「私がニセモノ? どういうことでしょうか?」
首を傾け、返答を待つ。
ミヤの余裕な態度に苛つきながら、
「ええい、鬱陶しい。 この国はもともと豊穣で、貴様の力など作用していないはず。 王妃にしたい神殿の戯れ言であろう。 そう、貴様などもういらぬ。 婚約など無効だ。 即刻城から、いやこの国から出ていくと言い!」
一息にそう言い放つソマー。
その隣には、いつの間にかピンクゴールドの髪の華奢な少女が佇んでいた。 たしかに華奢なんだけど、出ること出てるし不釣り合いな色気も介在。 ソマーの左腕はピンクゴールドの腰をがっしりと掴み、若干鼻の下も伸びて密着している。
『距離が近いわ。 ずいぶん親密なようね』
そう思うと、我慢できずくすっと吹き出してしまったミヤ。
ソマーはなおも続ける。
「貴様などより、愛らしいタビーを私の妻にする。 タビーよ、国民へ挨拶をすると良い。 さあ」
そう言ってソマーは、 タビーを伴い前に歩みでる。
タビーは頭を下げてから、可愛らしい仕草で話し出す。
「ええと。 紹介いただきました、タビーです。 ソマー様と一緒にもっと良い国にしたいと思っています。 よろしくお願いします」
舌足らずな口調だが、一生懸命で可愛らしいその姿に、人々は好感を抱く。
比較されるようにミヤを見るが、特に憔悴することもなく気丈に背筋を伸ばしている。 そしてもう自分の出番はないと、ベランダから中に入ろうとした。 まさにその時、後ろから声が掛かる。
「まあ待て、ニセ聖女ミヤよ。 今まで聖女とはいかずとも、神殿の教えの下、民に尽くしていたことは認めよう。 よって側妃としてならば置いてやるぞ、優しいだろ俺は!」
ニヤニヤと締まりない顔は、いくら美形と言っても悪寒が走る。
そしてその提案を受けるものとして、決めつけているソマー。
見えない角度から、タビーも醜悪な嘲笑をミヤに向けている。
『終わってるわね、第一王子がこれなんて。 やはり王妃が産後すぐ亡くなったから。 それにしても下品だわ』
そう思いながらも、ミヤは張りつけた微笑みで答えた。
「寛大なお心、痛み入ります。 ですがもう、私は十分でございます。 どうぞお幸せに」
最後に淑女の礼をとり、その場を後にするミヤ。
「後から泣きついたって遅いぞ。 今行けば、側妃になんてしてやらないからな! 許してやるから戻ってこい!」
ソマーは、断られたことが悔しいのか、怒りながら叫んでいる。
タビーも呆れ顔で、お情けにすがって私に媚びなさいよと素が出ていた。
ものともせず歩みを進めると、第二王子のジュウシーが追いかけてきた。
「あの、あの。 すみませんでした。 兄達が失礼なことを申しました。 これまで尽くしてくださったのに。 本当にすみません」
後ろ1本で縛った、煌めくイエローゴールドの後れ毛が頬に掛かる。 深海の碧の瞳が、泣きそうにミヤを見つめてから頭を下げた。
「あらあらあら。 息が切れてますわ、大丈夫ですか? 態々ありがとうございます。 ジュウシー殿下」
ミヤは、今日初めて心から微笑んだ。
思えば、王妃教育の為の窮屈な暮らしの中、いつも微笑むのはこの子の前だけだ。
ハンカチで額の汗を拭ってあげると、ジュウシーは慌てて止めようとする。
「わーわー。 汚れちゃう、じゃなくて恥ずかしい。 あわわっ」
良いんですよ、ハンカチだって使ってもらえた方が喜びますから。 そう言いながら、動作を続けたのだ。
真っ赤な顔になって、俯くジュウシー。
「ああ、でも。 私のお役目もここまでですわ。 ジュウシーだけには、幸せでいて欲しかったのに。 でも、ごめんなさい」
踵を返そうとすれば、呼び止められた。
「あの。 貴女はもう違う星へ行ってしまうの? もう会えないの?」
切なげに尋ねるジュウシーに、寂しい以上の感情は見られない。
逆にミヤは焦る。
「え!?」
「一昨日見たんだ。 神殿が浮いているところを。 だって貴女が1人で外に出ようとしてたから、心配で着いて行ったんだ。 そうしたら、神殿が浮いているのを見たんだ。 ああ、貴女は他の星から来た天女なんだなぁって」
「天女って………」
恍惚な様子を見てずっこけるミヤだが、科学技術の進んでいないこの星だと、その考えが限界よねって。
「浮上訓練が見られていた。 どうしようか?」
ミヤはしばし思考する。
『うーん、この子良い子なんだよね。 本当なら秘密を知られたら殺さないといけないんだけど……… うん、そうしよう』
左の掌に右拳をポンと当てて、覚悟を決める。
「ねえジュウシー。 私はもうこの国というか、国1つしかないから星から出て行かなきゃいけないの。 もし良かったら一緒に行かない?」
ミヤは張りつけた笑みではなく、心からの微笑みで問うた。
故郷を捨てて、一緒に行かない?なんて、まるでプロポーズだ。
「ええっ、良いの? 一緒に。 ヤッター!!!」
目茶苦茶喜んでくれてる、私も嬉しいな。
「でもでもね、私と一緒に星を出たらもう帰って来れないよ。 良いの?」
「うん!」
速攻で答えるジュウシー。
「だってね、貴女と会えないことの方が辛いと思うんだ。 だから、連れていってください」
「うん。 一緒に行こう!」
私は嬉しかった。
だって好きなんて言われたの、産まれて初めてだったから。
ジュウシーには宇宙船のことは秘密なので、出発の時は秘密でこっそり来てと言ってある。 「わかったよ」と言って、寂しく笑って約束してくれた。
ジュウシーは10日後の出発までに、家族や国民1人1人に会い心の中でお別れを告げた。
「みんな元気で。 さようなら」
この国は海の幸も山の幸も豊かで、大地も肥沃だった。 今は一面の麦が畑を埋めつくし、夕陽を浴びて黄金色だ。 水平線に大きく夕焼けが沈み海が赤く染まる。
国民は飢えることもなく、幸せに過ごしていた。
そして出発の日、ジュウシーは神殿に訪れた。
「おはよう、よろしくお願いします」
「おはよう、出発するからね」
「うん」
別れは済ませたと、さっぱりした表情のジュウシー。
寂しさをちゃんと隠す、良い男だ。
宇宙船の地面に埋まっている地下部分があらわになり、全体が空に浮く。
宇宙船には15人の乗組員がいて、ちょっと驚いたジュウシーだったが明るく挨拶をした。 皆微笑んで、ようこそと迎えてくれた。
宇宙船が浮き上がり、住んでいたお城が見えた。
すると、収穫祭の時のように城のベランダに王族がいて、宇宙船に手を振っている。 城の下には国民が集まり、やはり手を振っていた。
「どうして? 僕内緒で来たのに」
皆、口々に叫んでいる。
「元気でねー」
「風邪引くなよー」
「忘れないでねー」
「応援してるからなー」
「幸せになってねー」
「大好きだよー」
ワイワイガヤガヤ……………
まるで収穫祭の時のように、賑わっている。
第一王子のソマーも微笑んでいる。
「お前はこの国の代表だぞ! 長生きしろよ、元気でなー」
目茶苦茶手を振って、元気でと叫んでいる。
その横でも、ピンクゴールドの髪のタビーも叫んでいる。
「ミヤさん、嫌なこと言ってごめんなさいねー。 ああでもしないとジュウシーが動かないと思って。 ジュウシーをよろしくね。 私の義理の、ううん弟なの。 頼むわねー」
「え、えなんで? どういうこと?」
この小さな星は、寿命を迎えようとしていた。
宇宙船はなるべく地殻変動を抑える為、星のコアに凝縮した冷却玉を打ち込んだり、震動なども逆の振動波をぶつけて打ち消していた。 星が豊かなのは国民の頑張りのおかげで、勿論聖女の力ではなかった。 様々な科学技術で、上がりすぎる気温を下げたりサポートをした。
何の為に?
それはその星から1名を選び出し、星の歴史や遺伝子を保存(データを採取)する為。
宇宙船の乗組員は、滅んだ星の生き残りだ。
遠い銀河に、人がたくさん住む星々も多数存在する。
このクルーは、自ら望んだ者達が乗っている。
(勿論、様々な試験を突破した優秀な者だけが乗船する)
勿論、人の住む星で暮らすことも可能だ。
そうする者の方が遥かに多い。
だいたいが最後の1名を選ぶ時、死闘と呼ぶほどの争奪戦になる。 その為宇宙船から優秀そうな人物を選出し、連れ出すことになったのだ。 1名の縛りがあるので、非該当な者にばれれば殺すこともある。
今回ジュウシーを選んだのは、善良そうな人であったことと、ミヤが好意を持った為。 どう選んでも正解なんてないので、多少の好みは許されたのだ。
本来なら選ばれたのは、゛第一王子のソマー〝だった。
いつも品行方正で、人一倍優しい人格者である。
だがソマーは、愛するタビーの為に残ることを選択したのだ。
しかし、ミヤには宇宙船の乗組員から何も聞かされていなかった。 理由は今なら解る気がするけど…………
何故選ばれたことを知っているかと言えば、打診されたから。
そしてソマーは、断ったのだ。
収穫祭の時の茶番劇は、宇宙船のことを内緒にしながらタビーに頼んだのだった。 収穫祭の演技は、まさに主演男優賞ものであった。
でもタビーも王も、仲の良い国民達も、ソマーの様子から何となく気づいていた(嘘がへたなのだ)。
そしてジュウシーが宇宙船に乗り込んだ時、全てを話した。
宇宙船出発まで確認作業などがある為、その間に城に集まってもらっていたのだ。
かつてこの国でも宇宙船の開発をしようと、人工衛星も打ち上げて移動可能な星の探査も行った。 でも、周辺に人が住める星はなく諦めたのだ。 そこで1人でも生き残れるなら御の字だ。
代々の聖女と言うも、宇宙船が来たのはせいぜい10年前だ。
軽い洗脳をかけて、神殿はずっとあったと思い込ませていただけ。
気づいていて、知らない振りをしている人もいただろう。
そして聖女が妃(この時は側妃)になったと言うのも、宇宙船の席を開ける為。
白い結婚と言うかただこじつけで洗脳し、城で保護してもらったようなものだ。 余命が僅かな女性を静かに暮らさせてもらったのだ、地面のあるところで。
女性は幸せに旅立つことができたよ。
ただ思うに、この星では洗脳の類いは効いていなかったと思う。
全てを知っていて、受け入れていたような気がするのだ。
宇宙船が宙に浮き大気圏を出た後、星は爆発して消滅した。
辛うじて宇宙船の効果で抑えていた制御がなくなり、限界を迎えたから。
先程まで元気な声で、励ましてくれた人達が………………………
「ああっ……………………」
ジュウシーには星の消滅のことを伝えていたが、受け止められるものではない。
乗組員も通った道。
今はそっとしておこう。
そして、これからも星の最後の人を迎えに行くのだ。
自分の星が、いかに素敵だったかを教えてもらうために。
ああ、消滅した星からまだ赤暗い光が激しく迸っている。
宇宙風で機体が揺れた。
ワープで数秒後に別軌道に入る。
ジュウシーの代わりに、最後まで貴方の星を見ておくよ。
私の星を見守ってくれた乗組員のように。
辛くても見るべきなのだ。
それが生き残った私達の使命なのだから。
6/7 23時 日間ヒューマンドラマ(短編) 73位でした。
ありがとうございます(*^^*)