竜と愛の力
ーー最後の空間は滝壺だった。
二人は剥き出しになった岩肌の上に立ち、上を仰ぎ見る。
地下に降り注ぐ滝は水自体が淡く光を放っていて、その滝壺に浮かび上がるようにして、翼を広げた白竜がこちらを見下ろしていた。
銀の鱗にてらてらと水の光が反射し、美しくも恐ろしい光景だった。
シャテンカーリは居住まいを正し、堂々と竜に問う。
「私はシャテンカーリ。現国王の第二王子だ。貴殿が王国の守護竜であらせられるか」
「懐かしいな。初代国王そのままではないか」
しわがれた老人の声をして、竜が金の目を細めてシャテンカーリを見下ろす。
「ここに騎士を連れて来たということは、力試しをしたいのだろう」
次に竜はグレイシアを見つめる。ゾクッと体に震えが走る。グレイシアは剣をすらりと抜き、結い上げた銀髪と同じように輝く刃を正眼に構えた。
竜が笑う。見えない圧が、二人に暴風のように襲い掛かる。
「ッ……!!」
「良いだろう。相手をしてやる。……あの男の子孫としての覚悟と矜持、儂に見せるが良い!!」
体重の軽さゆえに吹き飛ばされそうになるグレイシアに、シャテンカーリが踏ん張って手を貸す。杖を突き立て、シャテンカーリは魔力を発動する。
グレイシアの体が軽くなる。圧に負けず、竜に向かって剣を再び構え直す。
「僕が肉体強化で君を援護する! 君は思いっきり剣を奮ってくれ! 攻撃魔法の時は、いつものように頼む!」
「承知いたしました!」
グレイシアは跳躍し、竜に向けて剣を振り下ろす。尾で弾き飛ばされるのを、壁で受け身をとって再び攻撃する。狙うのは竜の両手と目。魔法を構築されないように隙を作りながら、シャテンカーリの魔法詠唱の時間稼ぎをする。
「グリー! 行くぞ!」
一面に輝く魔法陣を背に、シャテンカーリが叫んで頭の覆いを外す。七色の光が滝壺と、グレイシアの白銀の鎧を染める。
爆音が響く。しかし当然その程度の魔力、竜は微風を受け流すかのような態度で受け止めた。そして竜の咆哮一つで、シャテンカーリは防壁を破られて体勢を崩す。
「ッ……!!」
「シャーティー様!」
吹き飛んで宙を浮いたシャテンカーリを、グレイシアが横抱きに確保。
岩場に下ろし、再び体勢を立て直す。
「お怪我は」
「はは、君の力が強くてよかった。……竜はこちらの魔術を分解できるらしい」
シャテンカーリは真剣な声音で、ぶつぶつとグレイシアに理解できない難しい言葉を呟く。彼のとっておきの攻撃魔法を受け流されても、彼は次の策を次々に考える。グレイシアも竜に再び向き直った。
「いざ勝負です! 私も挑み続けます!」
「頼もしい戦姫だ」
竜はどこか嬉しそうな声音で言う。
「さあ、余興はこれまでだーー二人とも、覚悟は良いな」
◇◇◇
戦いは激しいものだった。何度岩壁に叩きつけられ、渾身の魔法を受け流され、回復魔法をかけたそばから弾き飛ばされただろうか。
それでもシャテンカーリとグレイシアは立ち向かった。
シャテンカーリの七色の光は地下空間を染め、彼が身動きするたびに、竜を、グレイシアを美しく染める。
時間の感覚はすでに失われていた。
「う…………ッ……」
ぼろぼろになった剣で渾身の一撃を叩き込んだグレイシアは、そのまま気を失って滝壺へと落ちる。鎧はひび割れて半壊している。
そして滝壺の岸にはすでに倒れたシャテンカーリが沈んでいる。魔術師装束もボロボロで、もはや気を失っているのかいないのか、見た目にはわからない。
滝の音だけが大きく響く、湿度の高い空間で。
竜は二人を静かに見下ろす。
「これで終わりか…………」
もうすでに決着はついた。回復させて二人を地上に転送してやろう。
竜が術をかけようと、片手を前に出したーーその時。
はらりと、竜の鱗が剥がれて滝壺に落ちる。
「……何だ、……と?」
竜が目を見開く。
一枚、また一枚と、竜の鱗が剥がれていく。
それはささやかだったけれど、確実に、二人の攻撃が竜へと届いた証で。
「……なるほど。派手な魔法は囮。彼女の剣と髪に常に己の魔術光を当て、そこに本命の魔法をかけていた……儂の鱗を落とせるほどの、力を」
気を失った二人に、竜は回復魔法をかけてやる。
「……私は……ッ……シャテンカーリ様!」
「……グレイシア……よかった、無事だ」
二人は滝壺から浮かび上がると、すぐにお互いの無事を確認し合う。
その様子を、竜は目を細めて見守っていた。
「力試しは合格だ。……お前たちを、儂は初代国王以来の勇者として認める」




