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セカンドコンタクト

 衝撃的な情報を耳にしたばかりだが、呼び出しを受けて悠里はすぐ気を取り直した。


「ごめん、ちょっと抜けるわ」

「今聞いた話は絶対誰にも言わないでくださいよ」

「こう見えてもあたしの口は固いんだ、安心しな」


 そう言い残して早足で一階の職員室に向かうと、


「ああ、太田さん!」


 悠里より先に生徒指導部の教師が見つけて声をかけてきた。悠里は先日、拾ったハンカチをこの教師に届けていた。


「ハンカチの持ち主が見つかったんですね」

「ええ、ちょっとこちらにいらっしゃい」


 職員室の中にはパーテーションで区切られたスペースがある。元々は喫煙スペースだったが、校舎内が完全禁煙になってからはミーティングスペースとして活用されていた。


「佐瀬さん、落とし物を届けてくれたのはこの子だよ」


 中にいた生徒は制服に高等部一年生を示す黄緑色の学年章をつけていた。癖っ毛のショートヘアーは明るめの茶髪で、前髪は金色に近い。地毛でないことは確かだが、校則の緩い星花女子では髪の色ごときでとやかくうるさく言われはしない。事実、悠里のクラスメートには全部金髪に染めた子がいる。


 目は吊り気味の切れ長で、派手な髪色と合わさって威圧的に映る。それでも悠里は怖いといった印象は抱かなかった。ニコッと笑みを浮かべて、


「はじめましてー。中等部3-2の太田悠里です。ハンカチが無事届いて良かったですよー」


 と挨拶したが、佐瀬と呼ばれた子はムスッとした表情で、


「……どーも」


 とだけ言い残して立ち去ろうとした。だが教師が押し止める。


「まだ話すことあるでしょ? お手紙貰ったはずだけど」

「えへへ。佐瀬さんでしたっけ? ハンカチから長野県民と推察しますが実はあたしも――」

「手紙は一応読んだわ。特に話すことないから。じゃ」

「佐瀬さん!」


 教師を押し退けて、そのまま退室してしまった。


「ごめんなさいね。お友達になりたいから一緒に渡してくださいって手紙書いてくれたのにねえ」

「佐瀬さんって長野の人ですよね?」

「ええ」


 思った通りだった。つっけんどんな態度を取られたにも関わらず、同郷の生徒と出会えたことに悠里は心底嬉しがっていた。


「太田さんも長野生まれなのよね?」

「はい。北アルプスの方です」

「まー、だったら仲良くしてあげてもいいのにあの子ったら……」

「いえ、まずハンカチが無事佐瀬さんとこに戻って良かったです。あれが無かったらずくだせませんからねえ。にゃははは」

「ずく?」


 教師は方言を理解していないようで、キョトンとしていた。


 *


 生徒会室に戻ったら役員一同が勢揃いしていた。別の仕事が片付いてしおり作成に取り掛かる余裕ができたため、ひとまず今日のところは帰っていいと言われたが、悠里自身は下校時刻まで仕事する覚悟を決めていたので拍子抜けしてしまった。


「時間できたし、とりあえず久しぶりに茶道部へ茶葉をせびりに行こうかねえっと」


 悠里は茶道部員ではないにも関わらず、よく茶道部に遊びに行っている。星花女子の中でも随一の個性派集団として名高い茶道部の面々と一緒にワチャワチャ騒ぎながら茶を頂いては、いつも先輩から茶葉を貰って帰る。要は茶道部員から気に入られていたのだが、おかげで悠里は茶道部員と勘違いされることがよくあった。


 離れに向かう途中、弓道着姿の生徒と出くわした。離れと弓道場は近くにあるので弓道部員と顔を合わせるのはよくあることだが、目の前にいる弓道部員は今しがた職員室で顔を合わせたばかりの人物だった。


「ああっ! 佐瀬さんじゃないスか! 弓道部員だったんスねえ!」

「……」


 露骨にプイとそっぽを向いて、元来た道を戻ろうとしたが、悠里はその行く手を遮った。


「まあまあちょっとだけお話しましょうよー。佐瀬杏花(させきょうか)さん!」

「何で下の名前知ってんの……?」

「先生が教えてくれたんスよー」

「チッ、余計なことを……」


 杏花は目線を反らして、悠里を避けて通ろうとした。


「あのハンカチ、信州リゾートスキー場のイベントで貰ったやつでしょ?」


 悠里が実家のスキー場の名前を出した途端、杏花は露骨に嫌悪感を顔に出した。


「だから何?」

「あたしも同じの持ってんですよ。もしかしたら一緒にあの場にいたかもしんないですよね」

「邪魔、どいて」

「スキーできるんでしよ? 今度のスキー学習のときに」

「行かない! しつこいんだよ! 消えろ!」


 雷鳴のような怒声とともに稲光のような鋭い目つきで睨みつけてきて、悠里もさすがに足を止めた。その様子を他の弓道部員たちが震えながら遠巻きに見ている。


「はあ……二度とあたしに構わないで」


 杏花はズカズカと大股で歩いて、弓道場の中に入っていってしまった。


 一連の様子を見ていたのは弓道部員たちだけではなかった。


「太田ちゃーん、あれはダメだわ」


 小口莉子が悠里の肩にぽんと手を乗せた。


「おお、おぐっさん」

「相手をよく知らずにぐいぐい距離詰めたらそうなるって。だけど相手も相手だよ。太田ちゃんの態度差し引いてもかなり感じ悪いし、完全に地雷じゃん。ここはさっぱり諦めよう」

「いや、ますますあの人のことを知りたくなってきた」

「はあ?」

「あの鋭い目つきと声、ゾクゾクってきちまった。ツンツンしてるのって何か良くねえ?」

「あんたもしかして……マゾ?」

「かもな。胸がドキドキしてるし、あれ? これって恋じゃねえ?」

「うわあ……また痛い目あっても知らねえから」


 莉子にため息をつかれた。


 悠里がなおも杏花に親近感を懐くのか、自身もよくわかってはいなかった。実は一度経験したことがある感情なのだが、今はまだ記憶の底の中の底に眠ったままである。


 *


 無言で自室の扉を開けると、ルームメイトはベッドの上で音楽を聞きながら本を読んでいた。高等部三年生の先輩だが商業科で、就職内定を貰っていて進路は定まっていたから、受験組よりも余裕を持って残りの学生生活を過ごしていた。


 挨拶もせずそのまま机に向かったが、仲が悪いからというわけではない。むしろ無関心でいてくれた方が佐瀬杏花にとって都合が良かった。入学以来必要最低限の会話しかしていないが、むしろ快適とさえ思えた。


 杏花もワイヤレスイヤホンをつけて、スマートフォンで音楽を聞き始めた。アメリカの、日本では知名度がそれ程高くないアーティストの曲だが、世の中の不条理を嘆く歌詞と怒りに満ちた激しい曲調が杏花の琴線に触れるものがあった。


 このような曲でも聞いているうちに一日の憂さが晴れるのだが、今日に限っては腹立たしさが収まりきらずにいた。


 忌々しい雪の夜に落としてしまった、ただひとつの故郷との繋がり。どうしても捨てられなかったものをなくしてしまい、いっそのことこれで全て切れるから良いのだと諦めかけていたら、同じ故郷の子だと言い張る後輩が拾っていた。


 後輩からの手紙も一緒についていた。丁寧な字で同郷どうし仲良くしたい旨が書かれていたが、それが杏花の心の傷の痛みをぶり返させた。もしも受け取った教師が杏花の担任で無かったら、その場からさっさと逃げ出していたかもしれない。


 早いところ忘れたかったが、あの無邪気な笑顔がずっと頭の中から離れてくれない。


「なんで……」


 過去から逃げ切ったと思ったのにまだ追いかけようとしてくる。これはもしかすると、大きな不義理をした自分への罰なのだろうか。そう考えたら涙がにじみ出てきた。

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