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余話その1 高等部桜花寮入寮日

 別れを終え、新たな出会いが始まる前の春休み。


「今日からお世話になりまーす!」


 高等部桜花寮、佐瀬杏花の部屋を訪れた太田悠里はドアを開けるなり大声で挨拶した。


「そんなに大きな声出さなくても聞こえてるわ」

「えへへー、だって、ねえ?」


 中等部を卒業した悠里は、今日が高等部桜花寮の入寮指定日になっていた。ルームメイトの小口莉子も同じで、「お世話になります」と普通の声で挨拶した。


「杏花さんのルームメイトはまだ来てないんです?」

「もう少し後よ。新入生の子だけど結構遠くから来るらしいから時間かかるみたい」

「今や星花も全国区の学校ですからねー」

「あたしが入学する前にはイギリス人留学生と福岡から来た先輩がルームメイトどうしだった例もあるらしいから、誰が来ても特に驚かないけどね」

「あ、その人たち知ってます。学内じゃ有名人だったし」

「立ち話も何だし、入って」


 杏花は二人を招き入れ、「楽にしてよ」と座らせたが、


「何か座り位置がおかしくない?」


 莉子がツッコんだ。悠里が杏花の隣にべったりとくっついていたからだ。


「つきあってる者どうしで並んで何がおかしいんだよ」

「そうだけど、何かバランス悪いなと思っただけ」

「じゃあおぐっさんもカノジョ連れてくりゃいいじゃねえか」

「帰ってくるの明日だし。ああ、私もりんちゃんといちゃつきてえ~……」

「りん"ちゃん"って先輩相手にちゃんづけかよ。あたしにゃできねえ」


 "りんちゃん"は杏花と同じく新二年生の先輩で、学年は違うが莉子とはタメ口を効きあうほど仲が良いと聞いている。できたてカップルの悠里と杏花よりと違って交際歴はすでに半年を超え、しかも同じ合唱部なので一緒にいる時間が長かった分深い仲になっていた。


「あたしの弟には気軽に『のぞむっち』って呼んでくれたのに?」

「え? 呼んで欲しいんです?」

「いや、いい。ガラじゃないし」

「遠慮しなくていいんですよー」


 悠里が頬を突っつくと、杏花は手を掴んで「こら、調子に乗らない」と叱った。


「いやー、幸せそうで何よりだ」


 莉子は皮肉で言っているわけではなかった。かつて莉子は、過去の出来事で精神が参っていた頃の杏花の「人薬」になってあげるよう悠里にアドバイスをしたことがある。しかしそこから恋人どうしになるとは露ほども思っていなかった。杏花が悠里に暴言を吐いていたのを聞いており、印象が非常に悪かっただけになおさらである。


 雑談を交わしているうちに、昼食時間を知らせるチャイムが鳴った。三人とも部屋を出て食堂に向かう。


「よーし、飯だ飯! 高等部寮の飯はどんなかな~」

「そこまで豪華じゃないわよ」

「でも高等部ってだけでより美味しそうな気がしません?」

「あたし、中等部経験してないからわかんない」


 食堂に入ると、悠里は「でけーな!」と声を上げた。


「高等部から入学する生徒もいるから、その分大きくなるよねえ」


 と莉子。大きいだけでなく清潔感があるが、これは中等部寮でも同じことだ。


 本日の昼食は麺メニューが醤油豚骨ラーメンになっていて、三人ともそれを選んだ。休日の寮生の昼食は外食か、ニアマートで軽食を買って部屋で取る生徒が多く、食堂に生徒はそれほどいない。テレビがつけられており、よく見える場所の席を選んで座った。


「いただきまーす!」


 悠里が箸をつけると、「美味しい!」と唸った。社員食堂や学食向けの業務用ラーメンでも、新しい環境の中で食べるのは格別だ。


 テレビでは情報バラエティ番組が流れている。地域振興の特集をやっているようである。


「……続いて紹介するのは長野県!」


 ナレーターの言葉に、三人は一斉に箸を止めてテレビに注目した。建物をバックにレポーターがテンション高めでテレビカメラに語りかけるが、


「わ、あたしの故郷じゃん」


 と、悠里は故郷の名前のテロップが出る前に断言した。この建物は文化会館だった。


「あんた、よくわかったわね」

「ここ、よく小学校の行事で行ってましたからね。うわー懐かしー」


 悠里は少し興奮気味で話した。


 文化会館のアリーナで観光物産展が開かれている様子が流れる。これだけだと何の変哲もないイベントだが、ナレーターの「このイベントの見どころはというと……?」ともったいぶった口調に続いて切り替わった場面。女性たちがスポットライトを浴びてステージ上で歌っている様子が映し出された。


 ナレーターが言う。


「彼女たちは『APPLE JAM』。長野県の特産品をアピールするために結成されたローカルアイドルグループです」


 悠里は杏花の方を見た。ただ無言でテレビをじっと見つめている。


 レポーターがAPPLE JAMのメンバーに取材する。アイドルグループといってもその実態はボランティアであり、有志が集って緩く活動しているらしい。最年少は地元の中学生で、最年長のリーダーは長野市内で会社員をしているのだとか。


「長野の魅力をもっともっと知ってもらおうと、いろんな地域振興イベントに協力させて頂いてます」


 とリーダーは誇らしげに語る。


「最初のflip-flopもこういった純粋な目的があったのにね……」


 杏花はため息をついた。もしも道を違えなければ、テレビに映っていたのは杏花かもしれなかったのにと悠里は一瞬考えたが、また場面が切り替わって、映った人物を見て「あっ!」と声を出した。


「百瀬さんだ!」


 悠里の兄、稔の大学のサークル仲間であり、杏花が故郷に帰る際に車の運転役を買って出た人物。「百瀬未来さん」という名前と、所属している地域振興NPO団体の名前がテロップ表示されていた。


「明るく楽しく、歌って踊るボランティア活動があってもいいんじゃないかと思って、アイドルグループを企画させて頂きました」


 百瀬はにこやかにインタビューに答えると、レポーターが「いや~あなたもアイドルみたいな顔立ちしてますけどねえ」と茶化す。百瀬は間を置いて「んふっ」と照れ笑いを浮かべた。テレビ画面下に「んふっ」という大げさなテロップが出て、笑い声のSEがかかった。「かわいい~」という出演者の誰かの声もする。


 百瀬にもかつて杏花のようにアイドルを目指し、理不尽な目に遭って諦めた過去がある。しかし形は違えど、百瀬は再びアイドルと関わることを選んでいる。その理由は知らないが、


「百瀬さんがついてるなら安心して活動できるわね」


 杏花の言葉に、悠里と莉子は大きくうなずいたのだった。


 最後にAPPLE JAMの握手会の様子が映ったが、


「うわ、兄ちゃんもいる?」


 列整理をしているスタッフの中に稔がいた。しかし二秒ほど映っただけで終わってしまい、悠里の笑いを誘った。


「へえー、稔さんも関わってんだ。確か百瀬さんと同じサークルでしょ? その繋がりかな」

「兄ちゃんは単なる飲みサーだって言ってたけどなあ。そういやサークルのことは全く話してくれたことねえな」

「百瀬さんが飲みサーなわけないでしょ」


 杏花は何の根拠もなくそう言った。悠里も飲みサーという言葉にあまり良いイメージを持っておらず、誠実そうな百瀬が所属しているわけがないという偏見があったが、やはり飲みサーではなかったことがわかった。


 昼食後にまだ整理しきれていなかった荷物を整理してから、一人ロビーに出て稔に電話をかけた。するとたったワンコールで出た。


「おう兄ちゃん、さっきテレビにちょこっとだけ映ってたなー」

『見たのか?』

「うん。百瀬さんと一緒に面白いことやってんじゃん。飲みサーってアイドルグループの運営もすんの?」

『するわけねーだろ。まあ実は俺、ボランティアサークルに入ってんだ』

「ええっ? ウソだろー」

『ほらー、絶対そういう反応するから言いたくなかったんだよ』


 チャラチャラしてる感じの兄がボランティアというのは全く想像できないので疑うのは無理はなかった。


 稔によると、百瀬はNPO団体の学生メンバーでもあり、大学のボランティアサークルと連携して様々な地域振興活動に取り組んでいるという。忙しいが地域の事情がよくわかるので、今後実家で仕事をする際にも活かせるはずだと言った。


『やってみると結構楽しいぜ?』

「あー、もう声からして楽しそうてのがよくわかるわー。でも勉強もちゃんとしなよ? 留年すんなよ?」

『そりゃおめーもだろ。高校は留年あるんだからよ、良い成績取れとまで言わねえから人に迷惑かけずにちゃんと卒業しろよ』

「わかってるって。じゃあ切るけど、姉貴と親とじいじによろしく言っといて」

『おう、体に気をつけてなー』


 切ろうとしたところ、もう一人声が聞こえてきた。


『稔ー、クッキー焼けたよー』

『おいっ、ちょっと待て……』

「ん、もしかして……」

『じゃあな!』


 稔から切られてしまった。


 あの声は姉ではない。そもそも料理が全くできない姉がクッキーを作れるはずがない。女性っぽくも男性っぽくも聞こえたが、


「やっぱり百瀬さんだよな……?」


 いくら仲の良いサークル仲間とはいえ、手作りクッキーまで食べさせてもらうのだろうか。


「こりゃあ今度帰省したら根掘り葉掘り聞かなきゃいけねえなあ」


 悠里はイヒヒ、と意地の悪そうな笑みを浮かべた。

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