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雪溶けの地に花が咲く

 唇はすぐに離れたが、何をされたのか理解するまで時間がかかった。


「杏花さん……」

「あんたに助けてもらったことに感謝している。でもそのお礼でこんなことしてんじゃない。あんたに抱いてる感情に気がついてしまったの。急にごめんなさい、こういうのは気軽にやっちゃいけないのに……」


 杏花は顔を紅潮させ、消え入りそうな声で言った。


 悠里の中にも秘められていた感情が、自覚してなかったものが殻を突き破って表に出ようとしている。


「杏花さん。今こんなんなっちゃってるんですけど……」


 杏花の手をとり、パジャマ越しに自分の胸に当てて恐ろしく早く強い鼓動を伝える。


「どうしてくれるんですかこれ、ねえ?」


 つい責めるような口調になってしまったのは、頭の中が混乱しているせいである。


「やっぱり、嫌……?」

「そ、そんなことない!」


 悠里は必死に首を横に振る。


「全然嫌じゃないです……きっとあたしも杏花さんのことが……」

「そう……」


 杏花は強く抱きしめてきた。人間の体温とは思えない熱さを感じたが、きっと悠里の感覚がおかしくなっているのだろう。


「あたしの側にいて。お願い」

「……わかりました、杏花さん」

「悠里……」


 再び唇を合わせてきたが、今度は悠里からも抱き寄せる。


 とても甘いりんごの味がした。


 *


 スマートフォンの目覚ましの音で叩き起こされた悠里は、寝ぼけ眼のまま布団から這いずり出て眼鏡をかけた。


 杏花が同じ布団の中で、まだ寝息を立てている。


「杏花さーん、起きてくださーい」


 布団をめくる。杏花の姿がむき出しになって、モゾモゾと動き出した。


「んん……もうちょっと……」

「だめですー。起きなきゃチューしますよー」

「……」


 仰向けになって、また動かなくなった。


「あ、そういうこと? じゃあ昨日の続きしていいってことですねー」


 ニヒヒとニヤケ面を浮かべて杏花にまたがり、顔を近づけようとしたとき、


「おねーちゃんたち、ごはんだよー!」


 ドアが開いた。悠里は固まり、杏花も目を見開いて弟の方を睨む。


「……おじゃましました」


 そーっとドアが閉められる。


 二人はしばらく見つめ合った後、あははと乾いた笑い声を上げたのだった。


 朝食の後、すぐにお別れのときが訪れた。これから特急を乗り継ぎ、長い時間をかけて空の宮市に戻らなければならない。


 最寄り駅まで送ってくれた佐瀬家の人たちに、悠里は頭を下げた。


「本当にありがとうございました。次は夏休みにお邪魔します」

「おねーちゃんと末永く幸せにね!」


 希望が無邪気な笑顔で言うと、何も知らない両親はふざけているのかと思ってか苦笑いを浮かべた。


「……じゃあ、お父さんお母さん、希望。またね」

「体には気をつけてね」

「何かあったらすぐに電話してこい」

「悠里ちゃんをよろしくねー」


 この子は本当に……と杏花はボソッとつぶやいたが、目元は笑っていた。


 電車に乗り込んでからの二人は会話は少なめだったが、お互いに心の中をさらけ出しあって共有する時間は愛おしく感じられるものだった。


「あ、衛藤さんへのお土産買って帰らなきゃ。次の乗り換えまで時間があったわよね?」

「じゅうぶん時間ありますよ」

「衛藤さん、今月末で退寮しちゃうから良いのを選んであげないと」

「そういやそうでしたよね。ん? てことはしばらく杏花さんが一人で部屋を使うのか」

「いつでも遊びに来ていいわよ」

「じゃあ遠慮なくそうさせてもらいますねー」


 車窓から強い陽射しが入り込んでくる。これからますます暖かくなっていく季節だが、二人の間ではすでに雪が溶けて、一足先に花を咲かせていた。


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