甘口の夜
夕食までの時間はあっという間だった。
「うおー、やっぱカレーだ!」
「カレーだー!」
悠里は希望と一緒に歓声を上げた。テーブルの上には大盛りのカレーライスが並んでいる。
「大げさねえ」
杏花に鼻で笑われてもまったく気にしない。席について家族みんなと一緒に「いただきます」と合掌した。
「ありゃ?」
何か見たことがない具が入っているのに気づいたが、単体で口に入れて調べることにした。
「ん、これってドライフルーツ……?」
甘みがあるが酸味も強い。
「そうそう、干しあんず入れてみたのよ。なかなか美味しいでしょ」
杏花の母親が教えた。
「ここはあんずの産地だし、地元の人はよく食べてるわ」
「あたしの名前の由来もあんずの花だしね。ちなみに弟はトルコキキョウの花言葉の一つから取ったの。トルコキキョウも地元の名産品だし」
「へー、どっちも名産品由来なんですね」
両親は千曲を相当愛していることがうかがえる。
今度はカレーごとあんずを食べてみた。
「おー、甘口の味付けとめっちゃ合いますね」
さらに一口二口食べてみて、悠里はまた奇妙なことに気づいた。
「これ、昔どこかで食べたことがあるような……?」
不思議そうな顔をしている悠里に、杏花が言った。
「どう? 星花女子学園料理部秘伝本のレシピで作ったカレーの感想は」
「あ、そっかあ。これ何度か部活で作ってたやつだからそりゃ……って、ええっ!? な、何で?」
「家でも簡単に作れそうなものをお母さんに作ってもらっただけよ」
「いや、確かに杏花さんあの本読んでたけど、ほんのちょっと流し読みしてただけでしょ……」
「あたし、暗記科目は得意だから」
おねーちゃんさすが! と希望が褒める。すりおろしりんごを使った甘口カレーの味は、干しあんずが乗っかっていることを除けば完全に再現されており、驚愕する他なかった。
「いやーびっくりしたな……しかし何で料理部のカレーを?」
「あんたの反応が見たかったから」
サラッと言ってのけて、杏花は淡々とスプーンを動かす。
「うん、りんごの甘味が効いてる。あんたこの味好きでしょ」
「そうですけど、いやー、あたしなんかのためにありがとうございます」
「おかわり!」
希望はもう平らげてしまっていた。母親は「もうちょっとゆっくり食べなさい」と言いつつもおかわりをよそう。
「だってめちゃくちゃ美味しいもん。悠里ちゃん良いもん食ってんだなー」
「おいおい、いつもは良いもん食ってねーみたいなこと言っちゃだめだろ。かーちゃんに怒られるぞ?」
少し注意したが、父親も食べきってしまっておりおかわりをせがんで、さらに「これ金取れるんじゃねえか?」と太鼓判を押した。
「お母様の腕前が良いんですよー」
悠里は謙遜したが、褒められてとてもいい気分に浸っていた。結局、三杯もおかわりした。こんなに食べたのは初めてかもしれない。
さらにデザートで四つ切りの青りんごが出てきた。旬は過ぎているが、2月半ばでもよく出回っている品種である。りんご好きの悠里はデザートは別腹とばかりに手を出した。
「ん~やっぱりりんごはフルーツの王様よ」
強い甘味をしっかりと堪能する。
杏花はというとりんごをじっと眺めていたが、
「うん、なんともない」
呟きを聞いた希望が「ちゃんと洗ってるから大丈夫だよ!」と言った。
「うん、じゃあ食べるわね」
一切れつまんで、半分程度かじる。シャリッシャリッという音がした。
「りんごの味、すっかり忘れてたわ。最後にいつ食べたかわからなかったから」
「懐かしい味でしょー」
「うん、本当に懐かしいわ」
一つずつ丁寧に食べる杏花。これだけ甘いとゆっくりと楽しみたくもなろう。悠里は食べるスピードを杏花に合わせた。
「三連休、あっという間でしたね」
「でも、帰れて良かったわ。次は多分夏休みになるけど、よかったらまた家に泊まりなさいよ」
「うん、寄って寄ってー」
希望にもせがまれる。
「よし、じゃあ夏休みにまた来ますよ。希望もいい子にして、ちゃんと勉強するんだぞー。特に夏休みの宿題は早めにな」
「わかった!」
「でもお盆はダメよ。夏休み終わる前だから」
「あ、そうか。長野はお盆過ぎまでしか夏休みがないんだった」
「お姉ちゃんとこの学校は8月ギリギリまで夏休みでしょ? いいなー」
「羨ましいだろー」
夏休みに再び佐瀬家に行くという約束を取り付けて、夕食はお開きとなった。
風呂に入った後、杏花は朝出会った万智に電話して話しきれなかったことを話し、その間悠里は希望とレースゲームで盛り上がって、電話を終えた杏花と三人でワイワイやって、希望が疲れ切って眠たくなった頃に杏花の部屋に戻った。
「ふぁ~」
悠里は布団の上で大きなあくびをすると、眼鏡を外してケースにしまった。
「あんた、眼鏡無かったら視力いくつぐらい?」
「ん~、杏花さんの顔がギリギリわかるぐらいですかねー」
二人で寝るとなると狭い部屋だから、杏花と悠里の距離とはそれほど離れていない。
「そう。じゃあこのぐらいだとさすがにわかるか」
杏花はベッドから降りて、杏花の隣に座った。
「ああー、それはさすがに……?」
悠里の頭の後ろに、杏花の手が回されていることに気がついた。
「あんた、とっても綺麗な眼してるわね。みれいもこんな眼してた」
「きょ、杏花さん?」
昨晩よりも強く早い胸の鼓動。さらにシャンプーの甘い香りがふんわりと悠里を包んでいく。
「自分から口に出すの恥ずかしいから……あんたが嫌なら嫌って言って」
「え」
悠里の頭がクイ、と引き寄せられると、唇に柔らかい感触が走った。
「!!??」
体中から力が抜けていくのを感じた。




