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謝罪

「杏花……ごめんなさい!」


 スーパーで再会した宮入万智と店外に出て二人きりになった直後に謝罪を受けた。


「いや、どうしたの? 謝らないといけないのはこっちの方なのに。星花に行ってからずーっと万智からの連絡を無視してたんだから」

「その……まふゆさんに杏花の居場所を教えちゃったの私なんだ……」


 杏花は思い出した。そもそも自分が星花女子学園に進学したことをまふゆに知られた原因は、彼女が杏花のいた中学の元弓道部員から情報を聞き出したことにある。万智はその弓道部の一員であった。


「あたしの身の回りに起きたこと、全部知ってるのね」


 謝ってきたということは、そういうことに違いなかった。 


「うん。この前、杏花の学校を運営してる会社の人がやってきて事情を話してくれた」


 自分のために動いてくれたのだろう。さすがだなと感心する他なかった。


「最後に杏花と話しした日。杏花、アイドル活動を一旦休止して県外の学校に行くって言ってたじゃん。どこに行くのか頑なに教えてくれなかったけど……それで私、見ちゃったんだよね。杏花の生徒手帳を」


 杏花は今でもマメに、生徒手帳のカレンダーに予定を書き込んでいる。しかしいつもは制服のポケットではなく、通学カバンの中にしまっている。万智はそのことを知っていて、杏花がいない隙に通学カバンを開けて生徒手帳を盗み見たのである。そこには星花女子学園を含む、県外の高校の受験日が記載されていた。


「事務所とは話がついているんだと思ってた。だけどまふゆさんの事務所から連絡が来て、杏花がいなくなったから何か知らないかと聞かれて。本当は杏花に話さなきゃいけなかったんだけど、音信不通になってたから仕方なく……でもそこで察しなきゃいけなかったよね」


 全ては杏花が撒いた種だ。それなのに万智は自分が悪いように言う。杏花は首を横に振った。


「万智は何も悪くない。全てはあたしとあいつらのせいよ。あたしの方こそ本当にごめんなさい」

「ううん、こっちも辛い思いをしてたの知らなかったのが悪いの」


 杏花の涙腺がじわり、と緩みだす。しかし今は泣き顔を見せるわけにはいかなかった。過去と向き合うきっかけを作ってくれた人が中で待っている。


「あたしはもう大丈夫だから。ごめん、買い物が途中だし、続きは後で電話でね」

「うん! 私の方もいろいろ報告することあるから。一年分溜まってたんだもん、一日じゃ終わらないからね?」


 また一つ精算が済んだが、たまたま再会できたからに過ぎない。帰省前には親に連絡できたのであれば、友人にもしておかなければならなかった。まだ故郷へのトラウマが完全に拭いきれていないという証拠であり、ちゃんと立ち向かわなければいけないと改めて決意した。


 他の友人にも後で一人ひとり謝罪しなければならない。みんな万智のように優しく接してくれるとは思わないし、怒られることもあるだろう。それでも佐瀬杏花は生きている、と知ってくれればそれで良い。


「ところで、何の買い出し?」

「今日は弓道部で卒業間近の先輩たちの追い出しバーベキュー大会すんの。私、高校でも弓道続けてるから」

「そっか。万智の方は相変わらずってところかしら」

「ううん、変わったよ。一緒についてきてくれたりょーちんって呼んでる子。あれ、同級生で私のカレシ」

「えっ」


 杏花の顔がほころんだ。


「おめでとう。万智は可愛いから中学時代にカレシができなきゃおかしかったんだけどね」

「杏花もでしょ。杏花の方こそいい人見つかった?」

「あたしは……」


 言い淀んだが、友人は察してくれた。


「りょーちんは顔が飛び抜けていいわけじゃないけど、そばにいてくれたら何か安心するんだよね。杏花もそういう人見つけなよ」


 中学まではそれなりに異性と接する機会はあったが、万智の言う「そういう人」はいなかったし、接するといっても他愛もない話をする程度でしかなかった。


 星花では同性間の恋愛が盛んだが、「そういう人」と出会う機会は全く無かった。そもそも他人と意図的に距離を置いていたし、一番長く一緒に過ごしているルームメイトの衛藤譲葉には悪い印象は無いものの、安心と言われればまた違う気がする。


 だが、杏花はここで気づいてしまった。


「でなきゃ、家に招いたりしないわよね……」


 ボソッと口に出す。


「なんか言った?」

「ううん、ごめん。ありがとうね」

「こっちこそ、帰ってきてくれてありがとう」


 万智が手を差し出すと、杏花は強く握り返した。


 *


「そしたら掛け算してみ?」

「……わかった! 解けた! 悠里ちゃんってやっぱ賢いね!」

「あたりめーだ、四年前に習ったとこだからな!」


 希望の宿題が解けたところで、部屋のドアがノックされた。


「終わった? 母さんが昼ご飯できたからって呼んでるわ」

「うん終わった!」


 希望は勢いよくドアを開けて飛び出し、姉の脇をすり抜けて階段を降りていった。


「もう……」

「お腹減ってんでしょ。あたしも腹が減ってしょーがなくて。お昼は何です?」

「おそばだって」


 長野県といえば信州そばである。ニアマートでも信州そばの乾麺は売ってあるがやはり生麺の方がコシがある上、つゆの出汁は家の手作りだというから味の深みが全然違った。


「ん~やっぱ冬は温かいおそばよなあ」


 悠里は食卓を挟んで杏花と向かい合っているが、その杏花はさっきからじーっと悠里を見つめている。


「どうしたんです?」

「いや、美味しそうに食べるなと思って」

「そりゃ美味しいですもん」


 そう答えてまたそばをすすりだしたが、杏花は箸を動かそうとしない。


「具合悪いの?」


 母親が聞くと「いや」と返事して、ようやく箸をつけた。悠里は特に気にすることなく、つゆまで飲み干した。


「よーし、昨日の続きやろ!」


 希望がゲームに誘ってきたが、杏花は「その前に外歩かない?」と逆に誘い返した。


「ちょっと食後の運動したいから。ゲームはその後で」

「わかった!」


 希望はすんなり了承すると、ドドドッとけたたましい足音を立てて二階まで上がったかと思いきや上着を羽織ってすぐに下りてきた。


「早く行こーよ!」

「すぐ行くから待ちなさいよ」


 杏花は呆れ笑って悠里と一緒に部屋に戻る。


「早くゲームしたくてたまらないんでしょうねー」


 と言いながら悠里はブルゾンを羽織ったが、杏花はまたじっと悠里を見つめていた。


「杏花さん、あたしの顔に何かついてます?」


 食事のときから明らかに杏花の態度がおかしいが、直接的にに問いただしはしなかった。


 一拍置いて杏花は答える。


「あんたの顔、前まではいかにも温室育ちっぽいから見るだけでイラついてたけど、今は全然違って見える」

「へ?」


 杏花の手が伸びて、頬に触れる。その上、顔が急に近づいてきた。


「きょ、杏花さん?」


 唐突な行為にドギマギしてしまうが、杏花は意に介さない。


「今から少しだけ、あたしに勇気をちょうだい」

「はい?」


 杏花が囁くと、下から「何してんの早くー!」と希望の大きな声がかぶさった。だが悠里の耳には、杏花の言葉の方がはっきりと聞こえていた。

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