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再会

「ふああああ……」


 杏花の父親の運転で買い出しに同行している最中、悠里の口からはずっとあくびが出っぱなしだった。


「太田さん、大丈夫? えらかったら無理しないで寝てていいわよ」


 母親が気遣うが、悠里は「平気です!」と頬をバシバシと叩いた。


「いやー、心配かけちゃって本当にすみません。ふああ……」

「悠里ちゃん、やっぱり寝たら?」


 希望にも気遣われたものの、悠里はまた「平気平気!」と頬をバシバシと叩いた。


「全然平気そうに見えない。あたしがよくやる眠気覚ましを試してあげようか」

「おなしゃす」

「ちょっと痛いけど辛抱しなさいね」


 杏花は握りこぶしを作ると、骨の出っ張った部分をこめかみに思い切り押し当ててグリグリとかき回した。


「うおっ、おっ、おほおんっ」


 悠里は口をすぼめて白目を剥きながら、何とも言えない変な声を漏らす。それを見た希望に「おもしろーい!」と大笑いされた。


「なんて声出すのよ」

「いや、すげー痛気持ちくて」

「あんた、もしかしてM……?」

「そのケあるかもですね……もっとしてください」

「……あとは自分でやって」


 杏花は突き放すように言うと、悠里は「えー」と残念がった。仕方なく自分でグリグリしたが、実際に少しずつだが眠気が取れてきた。


「おー、効いてきた効いてきた。今度授業中に試してみようかな。特に英語の授業が眠くて眠くて……」

「一番良いのはちゃんと寝ることね」

「はーい」


 昨晩眠れなかった原因は杏花に名前で呼ばれたからだが、あなたのせいですよとは口には出さなかった。


 スーパーに着き、杏花と両親は二手に分かれて買い物することになった。悠里と希望は杏花についていき、肉コーナーで一緒に新鮮な肉を見て回った。


「信州牛の……あったわ」


 杏花は不要レシートの裏に書き込まれた買い物リストを確認しつつ、買い物かごに信州牛肉の角切りを入れた。


「お、今日はカレーですね?」

「カレー!」


 悠里と希望は喜んだが、杏花は「さあね」とはぐらかした。


 そこへ学ランとブレザーの男女二人組とすれ違ったが、


「きょっ、杏花!? ええっ!?」


 ブレザーの女子が杏花を見るなり仰天したが、杏花も目を剥いた。


「万智!」

「そう! 宮入万智(みやいりまち)! わー、久しぶりー!」

「どしたん? 知り合い?」


 学ランの男子が尋ねると、「うん、中学の友達!」と返した、


「ねえ杏花、外でお話しようよ」

「え、買い物の途中なんだけど……」

「いいっすよ。メモ渡してくれたらのぞむっちと買い物しとくんで」

「そう? じゃあ悪いけど、お願いするわね」


 杏花が悠里に不要レシートを渡した瞬間、万智は杏花の手を取り「りょーちん、買い物しといて!」と言い残して外に連れ出していった。りょーちんと呼ばれた男子が咎める声も聞かず。


「ったく、買い出しについて来いって言われたからついて来たのに……」

「まあまあこれも何かの縁、カートの下空いてるんで良かったら使ってください」

「いいの? ごめんな」


 図らずも見ず知らずの学生の買い物にもつきあうことになったが、話を聞いたところ、りょーちんは地元の高校生だという。見た目は華奢だが、彼が肉を手当り次第どんどんカート下部の買い物かごに詰め込んでいくのに驚いた。


「えれえ買い込んでますけど、まさか一人で」

「ハハッ、食べねえよ。卒業していく先輩たちの追い出しバーベキュー大会をするんだ。悪いけど次は野菜コーナーに行ってくれる?」

「あいよー。のぞむっち、押してって」

「はーい」


 杏花の両親は野菜コーナーから見て回っていたが、すでに別のコーナーに移ったらしく姿が見えない。りょーちんはここでも、野菜の見た目をよく確認せずどんどん買い物かごに詰め込もうとしたので、悠里はつい口を出した。


「その白菜、シワシワなんでこっちの方がいいっすよ」

「おっ、ありがとう」


 急に希望がクスッと笑う。何だか気に障る笑い方である。


「なにわろとんねん」

「先週も買い物に来たけどさ、母ちゃんがさっきの悠里ちゃんと全く同じこと父ちゃんに言ってた」

「じゃああたしゃ母ちゃんでこの人は父ちゃんに見えたってこと?」

「うん」

「うんじゃねーよ、おまえ」


 悠里は苦笑いした。自分と見ず知らずの相手を夫婦に見立てて笑うという感覚がよくわからない。


「ハハッ、悪いけど俺には他の人がいるからさ」

「おっ?」


 悠里と希望が食いつく。


「他の人って、まさか?」

「万智だよ」

「ほおお~」


 二人同時に感動詞を発した。


「それはそれは……でもせっかく二人きりでの買い出しなのに杏花さんがすみませんね。万智さんを奪うみたいになっちゃって」

「いいよいいよ、デートで来たわけじゃねえし。でも、万智があんだけはしゃぐの見たことねえんだよな。そんだけ杏花さんって人は大切な友達なんだな」


 杏花は故郷にトラウマを抱えていた身である。実家とも一年ぶりに連絡を取った程だから、大切な友達相手でも疎遠になっていたはず。それでも万智は杏花のことを待っていた。杏花の方も今ではいろいろと話せることがあるかもしれない。


 だが杏花と万智は早くも戻ってきた。


「りょーちんごめーん!」

「もういいのか?」

「うん、続きは後で電話でするから。あ、君たちりょーちんを手伝ってくれたんだね、ありがとー! これでジュースでも買ってよ」


 万智は悠里と希望に100円玉を二枚ずつ握らせると、肉と野菜が積まれた買い物かごをひょいと持って「じゃあねー」と手を振って、りょーちんと連れたってレジに向かっていった。


 杏花の顔は、一段と穏やかになっているように見える。ごく短い間にどんな会話を交わしたのだろうか。


 買い出しを終えて帰宅すると、杏花は希望からゲームしようとせがまれたがまず宿題をするようにと言いつけ、ついでに悠里にも勉強を教えるよう言いつけた。


「あたしが? 小学校の勉強内容覚えてるかな……」

「もうすぐ高校生なのに何言ってんの。さ、希望も賢そうな悠里ちゃんにいろいろ教えてもらいなさい」

「そこは賢い、って言ってくださいよー。もー」

「おねーちゃんももしかして今から勉強するの?」

「そうよ。高校にもなると宿題も大変なのよ」


 杏花は律儀にも教科書と問題集を持ち帰っていた。三連休中、悠里にも宿題は出ているが当然持ち込んでいるはずがなく、恐らく明日学園に戻ってから寝る直前に慌ててやることになるだろう。


「それじゃ、よろしく。お昼ごはんまでには終わらせるから」

「いいんですか? のぞむっちに教科書では教えてくれないあーんなことやこーんなことも教えちゃって」

「……変なことしたら千曲川に放り込むわよ」


 氷のような冷たい目で睨まれて、悠里は「すんません」と小さい声で謝った。


「じゃあね」


 自室のドアを閉められ、悠里は半ば追い出されるような格好になってしまった。


「じゃ、しゃーないけどお勉強すっか。のぞむっちは勉強好き?」

「きらい!」

「レバーとどっちが嫌いだ?」

「んんと、レバー!」

「レバーはうめえのに。まあいいや、太田先生の授業始めんぞー」


 この頃には悠里の眠気はすっかり収まっていたが、杏花が故郷の友人とどんな話をしたのか、勉強を教えつつも気になって仕方がなかった。

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