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おかえり

 家の中に入ると、両親が待っていた。


「ただいま」


 杏花の声は若干震え気味だったが、母親はにこやかに言った。


「おかえり杏花。お友達も遠くから来てくれてありがとうね」


 口数が少ない父親は無言だったが、表情は穏やかだ。髪の毛を明るく染めていることには触れる素振りもない。叱られることを覚悟していたのに、その様子がない。しかし悠里がいる手前怒れないだけかもしれない、と気を張ったままだった。


「太田悠里ですー。二日間お世話になりますー」


 悠里が挨拶した後、杏花は悠里も長野の生まれであることと、悠里の故郷の場所を両親に伝えた。すると二人とも驚きの声をあげた。


「長野から進学してる子が他にもいたんだねえ。まあ上がってちょうだい」

「それじゃ、お邪魔しますねー」

「部屋に案内したら仏間に来て」


 やはり、何か言われるらしい。覚悟はしていたはずなのに、じんわりと手に脂汗が浮き出てくる。


「わかった。あとこれ、お土産。学校近くの有名店で買ってきた」

「あらー、和菓子? 何か高そうだけど無理してない?」

「いや、意外と安かったわ」

「そう。じゃあ後で頂こうかねえ」


 ひとまず、悠里を二階の自室に案内した。綺麗に掃除されており、実家を去ってからそのままの状態を保ち続けている。


「あんまり面白いものは置いてないけど」

「いえいえ、じゅうぶんですよ。それより佐瀬さん、無理してないです?」


 母親と同じことを聞いてきた。


「少しはね」


 大丈夫、と強がっても悠里のことだから余計に心配するかもしれない。だからこそ正直に不安を伝えた上で、「でも一人で行けるから」と言った。


「ダメだったら大声で助けを呼んでくださいよ。飛んでいきますから」

「しないわよ」


 杏花は苦笑いした。


「おねーちゃーん、ゲームしよー」


 部屋のドアは開けっ放しだったが、外から希望が覗き込んでいる。


「おねーちゃんはちょっとお話があるから後でね。それまでこの子に遊んでもらいなさい」

「あたし!?」

「何よ、不満?」

「いやー、小学生とはいえ男女二人が同じ部屋にいるのはちとまずくないです?」

「希望はいい子よ。あんたが変なことしなきゃ何も無いわ。じゃ、そういうことで」

「悠里ちゃんよろしくー」

「お、おう……初対面で年上の異性にちゃんづけたあなかなかいい度胸してんねえ」

「希望。大切なお客さんだから失礼のないようにね」

「はーい」


 杏花は自室を出ていった。


 仏間に入ると、両親が座っていた。母親に「まずおじいちゃんたちに挨拶してあげて」と言われ、仏壇に手を合わせた。先ほど母親に渡した「永木庵」の和菓子が供えられていた。


 今の佐瀬家住宅は祖父が建てたもので、幼少期は祖父や祖母も家に住んでいたが、どちらも杏花が中学に上がる前に他界している。二人からはよくしてもらっていたから、亡くなった際はわんわん泣いていたことを思い出した。


 両親が敷いた座布団に座ると、口数が少ない父親が切り出した。


「今の学校はどうだ? 寮暮らしで不自由してないか?」

「学校はいい人ばかりだし、周りに何でも揃ってるから不便なことはないよ」

「それは良かった。しかし星花女子って、結構凄い学校なんだな。この前テレビで取り上げられてたぞ」

「芸能人もいるしね」

「そういう子たちと関わって大丈夫か? その、何と言っていいかわからんが……」

「大丈夫だよ。もう未練は断ち切れたし」

「それなら良かった」


 盆も秋の彼岸も正月も帰らなかったことには一切触れようとしない。


「あのさ、何かあたしに言いたいことあるんじゃないの?」


 しびれを切らした杏花は自分から聞くと、母親が答えた。


「実はね、星花女子を運営してるところ……天寿だったかな? この前、そこの人が家まで来たのよ」

「えっ?」

「あんたがいた事務所で嫌な思いをしていたことを全部知っててね。周りの生徒に知られないよう対処しているからご安心くださいと。もし里帰りしてきたら暖かく迎えてあげてくださいってね」

「……」

「あんたが受けた仕打ちを考えたら、帰りづらいのはお母さんたちもよくわかってたし、いずれ自分の気持ちの整理がつくだろうからそれまで待とうってお父さんとも話してたのよ。でも、早く帰ってこれて嬉しいわ。お友だちも連れてきて……」


 母親の目から涙がこぼれだした。その気持ちは杏花にも伝わり、涙となって溢れてきた。


「いままで、ごめんなさい……」

「何で謝るの。無事帰ってきてくれて嬉しいのに」


 父親は泣かず苦笑いしている。


「せっかく娘が帰ってきてくれたのに泣くなよ。まあ話はそんだけだ。あとはゆっくりしなさい。戻る前にちゃんと顔は洗ってな」

「うん」


 顔を洗い、目薬をさして充血を鎮めて気持ちをリセットし、希望の部屋に向かう。ドアをノックしようとしたら、何やらあやしげな声がした。


「こんなにでかくなったら無理だろ」

「どうにかしてここに入れらんない?」

「無理じゃね? 溢れちまうって」

「いや、入れる。ぶちこむ。俺はやってやる。おらっ!」

「あーやばいって!」

「うわー、出ちまったー……」

「ほらー言わんこっちゃない」


 まさか……とゾッとした杏花はノックせずドアを勢いよく開けた。


「おおー、おかえりなさーい」


 悠里が笑顔で片手を挙げて軽く挨拶する。傍らでは希望が頭を抱えている。


 杏花が想像していた事態ではなく、二人はゲーミングモニターの前で行儀よく座っていた。


「何のゲームしてるの?」


 杏花は平静を装って聞いた。


「フルーツゲーム。今流行ってんだよ」


 希望が答えた。フルーツゲームとは、フルーツを箱の中に落として同じフルーツどうしをぶつけて大きなフルーツに育てていき、最終的に一番大きいスイカを作るのを目指す落ち物パズルゲームだ。


 ゲーム画面を見ると、箱の中が積み上がったフルーツでギチギチになってりんごが箱から溢れ出ている。箱から溢れた時点でゲームオーバーである。


「これ結構おもしろいですよ。やってみません?」

「やろーよ!」


 二人が勧めてくる。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 コントローラーを受け取った杏花は、早とちりをした恥ずかしさをかき消そうとしてかフルーツゲームにのめりこんだ。


「ここでりんごを作って……」


 カキ二つが合体してりんごができる。今までは見るのも嫌だったりんごが今では可愛らしく見える。


 りんごはもう一個作られており、フルーツの土台の上に乗っかっていたが先ほどの合体の衝撃で崩れて、りんごどうしが合体してナシに。土台にナシがあったため、さらに合体してパイナップルに変わった。


「おー、一気にパイナップルまでいった!」

「初めてなのに上手いっすねー」

「コツさえ掴めばそれなりにはね。あとこの次はメロンで最後はスイカだっけ?」

「ですです。その調子でスイカ作っちゃいましょー」


その後メロンまで作ることはできたが積み上がったフルーツでスペースがなくなっていき、落とせる場所がなくなってスイカができることなく終わってしまった。


「うーん、単純そうに見えて結構難しいな……」

「でもねーちゃんやっぱり上手いよね、昔からどんなゲームやらしても上手かったけど」

「ま、センスがあるってことね」


 杏花は得意げに軽口を叩いた。あの悲劇から軽口を叩けるほどの心の余裕はなくなっていたが、ようやく取り戻せたようである。


「よし、次こそスイカ作るわよ」

「おっと、次はあたしの番ですよ。あたしのセンスもなかなかのもんだということを見せてやります」

「悠里ちゃんもすげーよ。りんごから先絶対作らねーもん。そういうゲームじゃないつってんのに聞かねーもん」

「何言ってんだ、りんごは果物の王様だぞ?」

「それはドリアンでしょ」

「悠里ちゃんテキトーなこと言ってんなあ」

「だまらっしゃい!」


 部屋の中が一気ににぎやかになる。桜花寮の自室で自分に干渉してこないルームメイトと過ごしてきたのもそれなりに良い心地だったが、今このときの方がより心地良かった。


 *


 夕食は佐瀬家の近所にある焼肉店で取ることになった。杏花が生まれるずっと前から経営している老舗店である。


「ほら希望、これもう焼けてるわよ」


 じゅうぶんに焼けたカルビが希望の取皿に乗る。


「こっちはあんたの分」


 上ミノは悠里の取皿に。杏花は手際よくトングを動かして焼けた肉を取り分けていった。


「さっきから全然食べてないじゃん」

「あんたはお客さんだから余計なこと心配しない。ほら上ミノもう一個焼けた。はいお父さんもお母さんもどうぞ」


 杏花の焼肉奉行ぶりは悠里の目から見ても気持ちのいいものだが、せっかくの里帰りなのに頑張って世話を焼いてくれなくても、と思う。


 とうとう父親も見かねたのか「いい、俺が焼いてやるから」と、トングを半ば強引に娘の手からひっぺがした。


「そうそう、親に甘えられるときは甘えちゃえばいいんですよー。あ、ご飯おかわりしていいですか?」

「ええ、どんどん食べちゃって」


 母親が店員を呼ぶと、悠里のご飯に加えてロースとレバーとハツを注文した。


「お母さん、そんなに食べて大丈夫?」

「違う、杏花が食べるの。太田さんも言ってたけど、あんたほとんど食べてないじゃない」

「食べすぎると太るし……」


 恥ずかしいのか、口ごもる杏花。


「ちょっとぐらいいいでしょー。あたしなんか制服着れなくなるの覚悟してますし」

「あんたは良くてもこっちは困るの」


 希望がそーだよねー、と相づちを打った。


「アイドルなら見た目も気にしなきゃいけないもんね!」


 悠里は、一気に場の空気が冷えたのを感じ取った。

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