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情報は意外なところから漏れるもの

「あー、ごしてえ……」


 故郷の方言で疲れた、とつぶやく悠里。脳が茹だったような感覚に囚われながらもどうにか寮にたどり着いて、自室のドアを開けた。


「ひゃあっ!!」

「あわわっ!!」

「……」


 悠里が見たのは、ベッドの上で莉子と、もう一人見知らぬ生徒が肩を寄せ合っていちゃついているところであった。普通なら咎めるところだが、心身ともに疲れ果てていて驚く気力も無かったのか、異様なぐらい冷静に目の前の出来事を見つめることができていた。


「あー、お楽しみ中悪かったねえ。ごゆっくりどうぞ」


 悠里はドアを閉めようとしたが、生徒は慌てて制服のタイを締め直すと、


「ごっ、ごめんなさい今すぐ出ていくから……じゃあね莉子!」


 悠里の傍らをすり抜けてそのまま走って逃げてしまった。姿が見えなくなるまで見送ると、改めて入室した。


「あの人がおぐっさんの恋人?」

「う、うん。ごめんね勝手に連れ込んじゃって……」


 莉子は合唱部に入っており、今年の文化祭をきっかけに同じ部の高等部一年の先輩と恋人どうしになっていた。よく恋人のことについて話をしていたが、顔を見たのは今が初めてだ。


「ははっ、あたしの帰りが遅かったんで魔が差すのも無理ねえって」

「そうだ。今日の太田ちゃん部活無かったはずだよね。何でこんな遅くまで学校にいたの?」

「生徒会の連中に呼ばれてスキー学習のしおり作りを手伝わされてたんだよ。自分とこの家のスキー場だから詳しいだろうって。でもまあ~こんな長丁場になるとは思わなかったなー」


 悠里のクラスには前生徒会のメンバーが二人いるが、彼女たちに「生徒会の後輩たちや企画委員と協力してしおり作りを進めて欲しい」と頼まれて軽い気持ちで引き受けた。最初はスキー場についてアドバイスが欲しいという話だったのがスキー初心者の心構えも要るだろうという話になって、さらに地元の名所や土産といった情報もしおりに盛り込みたいという声が出てきた。果たして当初予定していたページ数が倍以上に膨れ上がるぐらいに、内容が盛りだくさんになったのである。


「んで、あれこれお話しているうちに気づいたら下校時刻間近になってた、っと」

「そりゃ大変だったね……」

「ちなみに全然終わってねえ。終業式までには配れるようにするつってるけど間に合うかなあ」


 はーあ、と大きくため息をついて、悠里は自分のベッドに倒れ込んだ。


「んで、おヤりになったん? 恋人さんと」

「何を?」

「とぼけちゃってえ。アルファベットの8文字目をよ」

「ABCDEFGえ……そ、そこまでしてないよ。ていうかキスもまだだし」

「何でえ?」

「何でって言われても……」

「あたしのリサーチによると星花女子学園ではカップル成立からだいたい平均2ヶ月ぐらいでおヤりになるんだけどな」

「どうやって調べたの」

「ごめん、テキトーにしゃべった」


 莉子はガクッとうなだれた。


「あのー、正直な話ね、まだ恋人ができてない太田ちゃんにそんなこと言われる筋合いはないかなって私は思うんだ」

「怒ってる?」

「いや別に怒ってはないけど……太田ちゃんもその気になりゃ簡単に恋人作れるはずなんだけどねえ」

「いやね、いい感じになりかけたことは何度かあったんですよー? 知ってんでしょ?」

「うん。去年の文化祭の折に他校の女の子と仲良くなって何度か遊びに行ってたよね」

「そしたら3回目のデートで何かこう、要塞みたいな建物の中に連れてかれて変な銅像を拝んでる人たちに出くわしてなあ。金粉塗りたくったドラム缶っぽいのを出してきて『宇宙のエネルギーが詰まってるからどんな病気もたちまち治るから是非買ってほしい』って死んだ魚のような目で言われてなあ。あん時は必死で逃げたっけ」

「まあ災難だったよねえ。で、今年は料理コンクールでまた他校の女の子と仲良くなったんだよね」

「そうそう。ちょいキツめの目がかっこよくてさ、向こうもあたしに気があるのモロわかりだったからこりゃいけるぞと思ったんだけど……」

「彼氏さんがいたんだよねえ」

「そうそう。彼氏さんあたしが寝取ったって思いこんでブチ切れてさー。『同性愛は構わんが略奪愛は許さん』っておいおい泣くんだもん。あれは彼氏さん可哀想すぎて参ったわ」

「世間体気にして偽装交際してたんだよね。彼氏さんの方は本気だったのに」

「世の中がもっと女の子どうしの恋愛を理解してくれるようになりゃあね……って若造が愚痴ったところでどうしようもねえな」


 ぐうう、と悠里の腹が鳴った。


「とりあえず、夕飯にすっか」

「しようしよう」


 この日はそれ以降、恋愛の話は全くしなかった。


 *


 大雪の翌日は季節外れの陽気が訪れて、雪はみるみるうちに溶けてしまった。つかの間の雪景色だったがところどころアイスバーンができており、滑って転倒してケガをした生徒が何人かいた。


 雪道に慣れている悠里は当然ながら平気で、いつも通り一日の授業を終えたが、放課後は部活ではなく生徒会室に足を運んだ。スキー学習のしおり制作の仕事がまだ残っていたのである。


「このコースは相当経験積んでねえと無理だから立入禁止にした方がいいな」


 悠里はしおりの草稿に赤ペンを書き込んでいく。


「あと持ち物リストに日焼け止めが入ってねえ。こいつは絶対要るんで」

「え、冬なのに日焼けですか?」


 企画委員の子がキョトンとしていると、悠里は制服の紫色の学年章を見て、


「君一年か、てことはスキー行くの初めて?」

「はい。全く経験無しです」

「雪で反射された陽射しが肌を焼くんだ。その紫外線量は夏よりもきついって言われててな、日焼け止めがねえとたちまち肌が焼けちまう」

「わかりました、ありがとうございます。やはり雪国の方は雪にお詳しいのですね」


 君が雪のことを知らなさすぎなだけだろうと言いかけたが、イヤミに聞こえるので飲み込んだ。


「そうそう、みやび先輩と百合葉先輩もスキー学習に参加するじゃないですか。現地で『あるぷす』の新CM撮影が行われるんですよね。私たちももしかしたらエキストラで出られるかもしれませんね」

「はい? 何それ? 初耳なんだけど」

「え? ご実家から何も聞いていらっしゃらないのですか?」

「全然」

「ということは、『お楽しみ企画』の内容も全然ご存じない?」

「あー、ちょうどそれ聞こうと思ってたんだわ。下書き見たら『一日目の夜はお楽しみ』なんて書かれてるけど、まさか臨海林間(りんりん)学校の肝試しみたいなことするんじゃねえよな?」

「片寄先輩、太田先輩から情報を仕入れていたものだと思ってたけど違うんだ……」


 片寄先輩というのは生徒会副会長を務めていた悠里のクラスメートで、しおおり作りを手伝うよう頼んできた人物でもある。かなりの情報通であり中等部生徒会を裏で牛耳っていたらしく、悠里は勝手に闇将軍とあだ名をつけていた。


 かの闇将軍は謎の人脈があり、そこから得られた情報を活用しているらしい。もしかすると天寿の社員とも知り合いで、いろんな情報をリークして貰っているのかもしれない。


「どうしよう、お楽しみ企画の内容は他言無用って片寄先輩から言われてるんですけど……」

「いや、そいつもあたしの家が関わってんなら教えて欲しいなー。お手伝いのお礼と思ってさ、頼むわ」

「うーん……わかりました。じゃあこちらで」


 企画委員の生徒は、隣の資料室へ悠里を招いた。


flip-flop(フリップフロップ)ってご存知ですよね?」

「あー! 知ってる知ってる! 長野のローカルアイドルグループだろ?」

「そうです。実は『お楽しみ企画』の内容はflip-flopと百合葉先輩とのコラボライブになっていまして」

「おおっ!?」

「ちょっ、声が大きいです!」


 悠里はずり落ちた眼鏡を直した。


「いやだって、flip-flopは長野じゃ人気だけど全国区アイドルの百合葉先輩とはさすがに釣り合わねえじゃん……どうやってコラボできんの?」

「ですから、そこに太田先輩のご実家の会社が関わってるんです。flip-flopはご実家とご縁が深いんですよね?」

「ああ。うちが経営してるレジャー施設のCMに出てたり、イベントの後援もやったりしてる」

「で、ご実家は『あるぷす』の製造販売で天寿と繋がりができたじゃないですか。お互いやり取りしているうちに天寿側がflip-flopを知って興味を持ったみたいで、一度百合葉先輩とコラボさせてみたいと。その出来次第では天寿の芸能事務所からメジャーデビューするらしいです」

「いいいいいっ!?」

「太田先輩!」

「悪ぃ悪ぃ。いやでも声出ちまうって。週刊誌に乗るレベルの極秘情報じゃん……何で片寄が知ってんのかわからんけど」

「ですよねー」


 片寄前副会長の情報が間違っていた試しはないので、メジャーデビューの話も本物だろう。悠里の動揺が収まらない中、校内放送が流れた。


『中等部3年2組、太田悠里さん。至急職員室まで来てください』

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