墓参り
高速道路を降りてからは国道を通るが、いかにも山を切り開いて作ったという感じの道で、左右に林立した樹木が否応無しに圧迫感を与えてくる。その上カーブが多く、乗り物酔いしやすい人にとってはいささか酷な道である。それでもところどころで道路改良の跡や、新しく作られたであろう道幅の広いトンネルもあることから、これでもマシになっている方だと思わせる。
道路脇のあちこちに雪が降った形跡があるが、例年に比べると明らかに量が少ない。
「12月は結構寒かったのに。あれは何だったんだろうね」
「全然雪が降らねえS県でも雪が積もったぐらいだったしな。そういやS県民って雪がちょっと積もっただけで大はしゃぎするんだってな。悠里の学校でもそうだったのか?」
「もうそこら中で雪合戦が勃発してて見てて面白かったよ」
悠里はゲラゲラ笑いつつも、杏花のことを気にかけていた。雪に対するトラウマが残ってはいないか心配だった。
「大丈夫ですか?」
小声で杏花に聞いたところ、小さくうなずいた。
「あのときは本当に怖くて悲しくて、あんたにも酷いこと言っちゃったけど……今は平気」
「気分が悪くなったら遠慮なく言ってくださいよ」
「ありがと」
県境を示すカントリーサインが見えた。
「長野に入るよ」
百瀬の運転技術は優れており、急カーブを曲がる際も適切にスピードを落として遠心力を極力与えないようにしている。これが姉の恋のハンドルだったらちょっとした絶叫マシーンの感覚を味わっていたかもしれない、と悠里は思った。
天龍村のカントリーサインも見えたが、この辺からさらに道が険しくなっていく。途中で一車線になっているところがいくつもあり、ところどころで路面がガタガタになっている。しかしこれでも一応は国道の位置づけらしい。
「佐瀬さん、本当にこの先にあるんです?」
「あたしも実は車で行くの初めてだからわかんない。でも地図が合ってるなら大丈夫でしょ」
杏花が自分のスマートフォンで地図アプリの位置情報を確認する。カーナビも確かめたところ、両方とも現在地は全く同じ場所、国道の上を示している。
「なかなか走り甲斐がある道でいいねえ」
百瀬は無邪気に言ったが、確かにある意味玄人受けしそうな道ではある。
さらに先を進むと、橋に差し掛かった。道幅は狭いが、眼下を流れる川は広く大きい。百瀬は同乗者にじっくりと川を見せるように、スピードを緩めて渡河した。
「天竜川を渡ったよ。村の中心部まであと少しだけど、佐瀬さん、お墓はどこにあるの?」
「北部にある霊園です。そのまま道なりに行ってください」
やがて大きめの集落が見えた。杏花が言うには、天龍村の人口は千人少ししかおらず、星花女子学園の全生徒数とほぼ変わらないという。それを裏付けるかのように、村の中心部にいるにも関わらず人が歩いている姿をほとんど見かけない。
「ここの分岐路を右に」
杏花が指示を出す。小高い山の斜面を登っていく形だが、やはり道は狭い。そこを登りきったところに車を二、三台は停められそうなスペースがあり、霊園を示す看板が立てられていた。
一同は車を降りて、徒歩でさらに斜面を登っていった。その先に霊園があった。そこは村一面を見渡すことができ、日当たりも良い絶好な場所であった。その中でもみれいの墓はほぼ真ん中に近い位置にあった。墓誌にはみれいの家の故人の名前が刻まれているが、一番左に刻まれている「美麗」という俗名とともに「十五才」という没年齢を見て、悠里は心を痛めた。
墓に供えられている花はまだ新しく、墓石も美しい光沢を放っている。杏花は事前に遺族に墓参りに行くことを伝えていたが、そのために準備をしてくれたのだろう。
「みれい、久しぶりだね」
杏花が笑顔で墓に語りかける。
「今、ちょっと遠いところにある学校に通ってるんだけど、長野の子の友達ができたの。今日は一緒にお参りしに来てくれたからね」
悠里は「こんにちは、太田悠里です」と自己紹介して頭を下げた。ふざけているわけではなかったが、杏花に「そんなにかしこまらなくても」と苦笑いされた。流れとして莉子も「小口莉子です」と自己紹介し、稔も「じゃあ、悠里の兄貴の稔です」と言い、最後は「運転手の百瀬です」と締めて、笑いを取った。
「墓参りの場なのに、何か罰当たりそうだなあ」
悠里が頭を掻いた。
「みれいはしんみりしたのが嫌いだったもの。これでいいの」
杏花は、あらかじめ買ってきていた線香をあげ、お供え物に「永木庵」の大福餅を供えた。星花の生徒の間で人気の和菓子店であり、寮生が帰省する際のお土産としてここの和菓子を買っていくことが多い。杏花が一年ぶりに帰省するために買ってきたお土産を、みれいにもおすそ分けしてあげた。
杏花に続いて、悠里も手を合わせた。杏花さんのことを見守ってあげてください、もしも天国で愛里お姉ちゃんに会ったら仲良くしてあげてくださいと
、強くお願いした。
一同の墓参りが終わり、今度は稔が車を運転する。北上して再び高速道路に乗り、諏訪市で莉子を降ろしてから杏花の故郷、千曲市に向かう。休憩時間を含めても順調であれば夕方には千曲に着く計算だ。
「兄ちゃん、車壊すなよ」
「うるせえ。姉貴よりマシだっての」
そう毒づくが、今のところは運転は比較的丁寧である。
杏花は車窓の外、天竜川のきらめく水面を眺めている。捨ててきた過去の一つと向き合えられて良かった、と悠里は心から思った。




