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後始末

 中等部3年2組の教室では、片寄沙樹の席の周りに人だかりができていた。


 彼女の机の上にはローカル紙の「東海道新聞」が広げられている。一面トップの『空の宮市長選挙立候補者 現職新人二名の争い』の見出しには誰も目もくれず、サイド記事の方に視線が集まっていた。


『長野県の芸能事務所社長 薬物所持で現行犯逮捕』


 記事には「社長の銭永龍容疑者」という文字がはっきりと書かれており、さらには「ローカルアイドルグループのメンバー、平林真冬容疑者」の文字もあった。二人は長野県内のホテルで宿泊中、薬物を使用しているところを現行犯で取り押さえられてそのまま逮捕されたという。


「ああ、なんてことしてくれたんだ……」


 紗樹が頭を抱える。


「flip-flopとの合同ライブ、実は新学期の新入生歓迎会で映像を流す予定だったんだよ。まさかまふゆがこんなことをするなんて……もうお蔵入りにするしかないじゃないか。いや、完全に破棄しないとダメだ。あれが表に出たら百合葉先輩が、星花女子学園がスキャンダルに巻き込まれてしまう……」

「おいおい何うろたえてんだ、片寄らしくねーぞ」


 うろたえているのは周りも同じだが、悠里だけはまったく平然としていた。


「君も危ういんだぞ。ステージ上でまふゆと会話しているシーンが映ってるんだからな」

「ゆうてテレビで流されたとしてもあたしの顔はモザイクかかるだろうから大丈夫大丈夫」

「よくそこまで楽観視できるね」


 紗樹はお手上げのポーズをした。


「はーい、みんな席に着いてー」


 担任の一色蒼が入室すると、人の輪がパッと解けた。朝のSHRの時間だ。連絡事項では直接まふゆの件に触れなかったが、紗樹と神乃羚衣優に対して昼休み中に生徒会室に集まるようにと言った。元生徒会メンバーまで収集がかかるあたり、事態の深刻さを伝えているようなものである。


 それでも悠里は、担任が話している最中にも関わらずあくびをしていた。


 *


 放課後、悠里は弓道場近くで杏花が部活に来るのを待っていたが、彼女はすぐに姿を見せた。


「こんちゃっすー」

「あいつのこと?」


 杏花は挨拶を省いて要件を聞いてきた。


「そうですそうです。いやー人間悪いことしたらどこかで報いが来るもんすねー」

「あなたのおじいさん、意味深なこと言ってたけど何したの?」

「何したんでしょうねー。でもひとつ言えることは、あいつらじいじに何もかも知られて丸裸にされてんのによくクスリやるよなあと。やめられなかったんでしょうねー。薬物ダメゼッタイ、ですよ」


 悠里のスマホが振動する。兄の稔からのメッセージで、長野の地方新聞「信州民報」のWeb記事のURLが「こいつらまじおわってる」という短文とともに送られていた。それを読んだ悠里は「うわあー」とわざとらしい悲鳴をあげた。


「佐瀬さん、やべーことになってる。みら、しずく、はづきも薬物で逮捕されたって。flip-flop全滅だ」


 スマホを杏花にも見せると、彼女は顔面蒼白になって大きなため息をついた。


「一歩遅かったらあたしもこうなってたのかもね」

「その前にここに来て正解でしたね」


 事務所の消滅はもはや避けられない。flip-flopとともに、ローカルアイドル界隈に一つの汚点を残して消えていくのである。


 杏花は天を仰いだ。


「これでみれいも少しは浮かばれるかな」


 杏花を苦しめてきた元凶はいなくなっても、表情は憂いに満ちている。


「とにかく、一つ区切りがつきましたね」

「ええ、だけど……」

「だけど?」

「何でもないわ。それじゃあね」


 杏花は弓道場に入っていった。いくら銭永やまふゆたちが破滅しようと嬉しそうにすることはないだろうとは思っていたが、何かもう一つ枷が残っていて暗い影を落としたままという、そんな印象を悠里に与えた。


 とりあえずはその足で離れに赴いて茶道部の茶をせびりに行こうとしたが、茶室の前に「本日貸切」という張り紙がされていた。


「貸切? 珍しいな」


 と、ひとりごちた途端に戸が開いた。そこに乙七海がいた。


「あら、太田さんじゃないですか」

「乙さん?」

「すみませんが、いったん外に出てもらえますか」


 悠里は言われた通りにした。七海も続いて出てきたが、後ろにぞろぞろと見慣れぬ人たちがついてきていた。いずれも年配の男女だが、着ているスーツは高級品である。


 複数のハイヤーが敷地内に乗り入れられていて、彼らが乗り込むとゆっくりと正門から出ていき、七海は姿が見えなくなるまで見送っていった。一連の様子を見ていた悠里が尋ねる。


「誰ですかあの人たち?」

「メディアのお偉い方ですよ。百合葉さんや学園のみなさんが銭永らの火の粉を被らないよう防火措置をしておきました」

「茶室で何してたんです? はっ、まさか脅迫……」


 七海はフフン、と鼻で笑った。


「そんなことしたら逆に叩かれますよ。お茶を振る舞って何卒良いように取り計らってください、とお願いしたのです。私、一応は茶道の心得もありますので」

「お茶ぐらいで言うこと聞くんですか?」

「茶菓子もお出ししましたよ。ちょっとお高いものをね。さて、今からまだまだ残っている仕事を片付けないと。太田さんも自分の用事を済ませてくださいな」


 七海は早足で校舎に戻っていった。それ以上聞くなと言わんばかりの態度だったが、そのせいでどんな茶菓子を出したのかはだいたい想像がてきた。


 用事といっても茶道部員の姿は見当たらなかったため、そのまま帰寮することにした。今日は部活の無い日である。


 部屋に戻ると、まだ莉子は帰ってきていなかった。


「何だか疲れたなー」


 実は昨夜、莉子とともに夜ふかしをしてしまっていた。銭永とまふゆが逮捕されたのは昨日の午後七時前後のことで、長野県内で放映されたスポットニュースが第一報を伝えた。それを稔が慌ててスマホで録画したのを悠里に送りつけた。さらに、あまり住民の民度がよろしくないことで知られている某地域密着型の匿名掲示板も見せてきたが、杏花が暴露したflip-flopの暗部がそのまま書かれていたのである。


 以前から真偽不明の噂として流れていたようだが、今回の事件発覚によって噂が事実とみなされ、スレッドは罵詈雑言の嵐に見舞われていた。毒気にまみれた書き込みに通常の人間ならば目を背けたくなるものだが、悠里と莉子はつい読み耽ってしまった。その代償として、快適に睡眠できる精神状態と睡眠時間を奪われたのであった。


 その反動が今になってやってきた。悠里は半ば無意識的に眼鏡を外しサイドボードに置くと、制服のままベッドに倒れ込んだ。

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