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執念

 理事長室前では担任が待っていたが、会うなり「何があったの?」とうろたえた様子で聞かれた。担任には何も知らされていないようである。


 わかりませんとは返事したが、呼び出された理由は薄々感づいていた。


「し、失礼します。佐瀬さんを連れてきました」


 恐る恐る入室する担任の後についていくと、応接用兼会議用のデスクに伊ヶ崎波奈理事長、美滝百合葉ともう一人、パンツスーツスタイルの女性が座っていた。入試広報室長の乙七海。芸能事務所から天寿に転職し、星花女子学園に出向してきたという異色の経歴を持つ、近年の学園の躍進を裏から支えてきた人物だ。


「お二人ともどうぞ、そちらに座ってください」


 杏花と担任が席につく。


「先生も急に呼び出して申し訳ありません。しかし佐瀬さんについて共有しなければならない情報がありますので。生徒指導部長として知っていただかなければいけないことですからしっかり聞いてください」

「この子が何かしたのでしょうか?」

「いいえ、されているのです」

「えっ」

「佐瀬さん。あなたを呼び出した理由はもうおわかりかと思います。全部話してしまって構いませんね?」

「はい」


 杏花ははっきりと返事した。


 七海は担任がいる手前、一から杏花が置かれた状況と、先日目安箱に投函した手紙についてわかりやすくまとめて説明した。担任は何度も驚いた目で杏花を見ていたが、意に介さず七海の説明を聞いていた。


「以上、ここまでの経緯を簡単ですが説明させていただきました。先生、何かご質問は?」

「いえ。佐瀬さんのことについて全く知りませんでした。担任として恥ずかしい限りです」

「それはあたしが隠してたから……」

「確かに隠したくもなるでしょう。しかしながらよく打ち明けてくれましたね。辛かったでしょうに。この後は理事長と百合葉さんから話してもらいましょう」


 七海が席に戻ると、まず百合葉から口を開いた。


「佐瀬さんごめんなさい、まふゆさんのことで不安な気持ちにさせてしまって。でも、佐瀬さんのことを教えたのは私じゃないの」

「どういうことですか?」

「まず、マネージャーさんと七海さんに相談したの。生徒の個人情報に関わることだから。だからまふゆさんの言っていることが正しいのか調べてもらって、そしたらその、佐瀬さんの投書通りだったことが判明して……」

「前から知っていたのですか?」


 全てね、と伊ヶ崎波奈が言った。


「まふゆって子はとんでもないわね。あの子、百合葉に頼んでおきながら裏でコソコソ動いていたのよ。佐瀬さん、中学から弓道やっていたでしょう? あなたが通っていた中学の元弓道部員たちに接触して情報を引き出していたわ」


 中学時代の杏花には弓道部の仲間や、他にも友人は少なからずいた。故郷を捨てることにした後、世話になった彼女たちにはある程度ぼかした上ではあるが事情を説明していた。星花の名前を出した記憶がないものの、知らず知らずのうちに身元を特定できるような情報を与えてしまっていたかもしれない。


 まふゆの執念深さに戦慄を覚えるしかなかった。


「あなたの投書がなくても私がもっとよく調べておくべきことだったんだけど……ごめんなさい、私にも責任があるわ」

「そんな……」


 理事長に頭を下げられて、杏花もさすがに恐縮した。


「それで投書に書かれていたあなたの要望なんだけど……本当にいいの? 天寿としては二度とまふゆをあなたに近づけないようにしてあげられるのに」

「それも結局は逃げ、ですから。あたしの口からはっきりと言わないとダメなんです」


 まふゆとの話し合いの場を設けてほしい。それが杏花の要望である。


「わかったわ。私も向こうの社長といろいろ()()するつもりではいたし。その場にまふゆも連れて来させます」

「一対一で話をさせてください」


 杏花は強く言ったが、波奈は「それは……」と渋い顔をした。


「お願いします!」


 波奈がなおも反対しかけたとき、コンコンコンコンと激しくドアをノックする音がした。七海がドアの前に立つ。


「すみません、ただ今取り込み中ですので」

「佐瀬さーん! あたしも連れて行ってください!」


 向こう側から聞き慣れた声がして、杏花は立ち上がった。


「乙室長、開けてあげなさい」


 七海がドアを開けると、太田悠里の姿がそこにあった。

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