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snowfall

 悠里が部屋に戻るなり、莉子に「何ニヤついてんのきもっ」とひどい言葉を浴びせられたが、


「もう一人いたぞー、長野っ子が」

「え?」


 拾い上げたハンカチを見せながら、悠里は今までの経緯を説明した。


 ハンカチに書かれている"ZUKUDASE(ずくだせ)"という文字の正体は長野県で使われている方言で、標準語に直すと「やる気出せ」という意味になる。ただし「ずく」という単語は厳密には「面倒なことをやろうとする気力」とか「根気」といった意味合いがあり、標準語のやる気とは微妙にニュアンスが違う。要は「ずく」は「ずく」ということである。


 ともかく「ずくだせ」は長野県民にしか伝わらない方言の一つなのだ。


「いやー、だからと言ってその人が長野県民とは限らんでしょ。旅行のお土産で買ってきたとか、通販で買ったとか考えられるじゃん?」

「と思うじゃん。実はこのハンカチ、非売品なんだよ」

「非売品?」

「そう。だってこれ、実家が作らせたんだもん。昔スキー場でやったイベントの景品としてね。あたしも同じモン持ってるよ」


 悠里は自分のクローゼットからハンカチを出した。広げると"ZUKUDASE"の文字が現れ、紛れもなく拾ってきたものと全く同じものだった。


「あ、確かに。だけどスキー場のイベントに行って景品貰ってきたってことも……」

「おぐっさん疑り深いなあ!」

「いやそもそもさ、『ほっといて!』って突っぱねられてんだよ? 私なら距離置くけどね」

「まあいろいろあったんだろう。頭冷えたらちゃんと向き合ってくれるかもよ」

「やめといた方が良いと思うけどねえ。太田ちゃんコミュ力お化けだからいろんな人に興味持って話しかけるけど、それで痛い目に何度かあってきたでしょ」

「ははっ、その10倍ぐらい良い目にもあったぞ。人間、根っから悪いヤツなんかいねえ。痛い目つってもたまたま相性合わなかっただけのことだって」

「太田ちゃん、あんた本当にお人好しだわ」


 悠里の笑顔と対照的に、莉子は梅干しを頬張ったときのような渋い顔をした。


「まあそこが良いとこでもあるんだけどね。まあいいや、アイスちょうだい。糖分補給しよう」

「おー、糖分取って明日に備えよう」


 *


 翌日。S県全域で積雪が観測されたニュースは全国にも広がり、寒波がいかに強烈であったかを日本国中に知らしめることとなった。


 朝になっても空の宮市にはまだ雪が降り注いでいた。学園敷地内は一面真っ白に染まり、登校してきた生徒たちは見慣れぬ光景に浮ついて、テストのことなど忘れて雪合戦をしたり、雪だるまを作って遊んだりしていた。教師も大目に見てきつく咎めることはしなかったが、一方で滑って転んでケガをした生徒や、通勤途中で車がスリップしてガードレールにぶつけてしまった教師もいた。


「たかが雪ひとつでこんなに大騒ぎになるとはねえ」


 悠里は生徒通用口玄関で雪を払ってから校舎内に入った。


「太田ちゃんも海見に行ったときめっちゃ騒いでたでしょ」


 と莉子が言った。


「北アルプスに育てられた人間にとっちゃ海は幻想的な世界だったんでな。そりゃ感動するよ。おぐっさんもそうだろ?」

「いや、私ちっちゃい頃から何度か海に遊びに行ってるから別に」

「あっそう……」


 悠里は上履きに履き替えた。


「先に行っといて。あたし職員室に寄るから」


 昨晩拾ったハンカチを生徒指導部の教師に届けるためである。それだけでなく、テスト勉強そっちのけで書いた手紙も一緒に添えて出すつもりでいた。持ち主を長野県の子と決めてかかっている悠里は、どうしても彼女と接点を作りたかった。莉子は全く良い顔をしていないが、やはり直接会って話をしないことにはわからないのだ。


 用事を終えた悠里が中等部3-2の教室に入ると、生徒のほとんどが窓の外の雪景色を眺めていたものだから笑ってしまった。


「おいっす。どうよ20年ぶりの雪は?」

「あ、太田ちゃん。太田ちゃんところの実家って毎年こんな感じで雪降るの?」


 クラスメートの一人が聞いてきた。


「この程度じゃまだまだ序の口よ。故郷じゃ家の屋根の高さまで積もるなんかザラだからな」

「えー、これで序の口なんだ」

「次空の宮に降るの立成39年だからよく拝んどけよー」


 みんな大笑いした。テスト前の緊張感もどこへやら、である。


「うわー、一気に降ってきた!」

「ありゃりゃ、自宅組は帰れるかなあ。また春の大嵐のときみたいに寮が避難所になんなきゃいいが」


 寮を出たときはそうでもなかったが、強風も吹いてきて一気に吹雪めいてきた。ちょうどこの頃には交通機関が遅延しだしたが、教員たちの注意喚起のおかげで誰も遅刻せず、どうにか定刻通りテストを実施することができたのであった。


 *


「太田さんお疲れ様。大丈夫かい?」


 一色先生に声をかけられた悠里は某ボクシング漫画の燃え尽きた主人公のようにうなだれていた。


「いっちゃん……英単語が頭ン中で暴れまわってるのどうにかして……」

「今日一日ゆっくりしたら治るよ。あと今はちゃんと一色先生って呼ぼうな。はい号令お願い」


 SHRの時間ではまず帰宅時の諸注意から始まって、今後の天気についても知らされた。明日は打って変わって気温が3月下旬なみの温度にまで上がるらしく、雪遊びするなら今日しかないよと一色先生は言った。


「寒暖差が激しいから夜ふかしせず早めに寝てしっかりと体調を整えること。いいね?」

「「「はーい」」」

「それと、スキー学習参加希望者は予定通りこの後午後1時から体育館で説明会を行うので参加すること。ちょっと寒いけど我慢してね」


 例年、スキー学習の説明会は講堂で行われていたが、今年は想定の倍以上の人数が参加希望を出したため講堂に入り切らなくなり体育館で行われることになった次第である。


 吹雪は納まって小雪に変わっていたが、体育館の屋根はすっかり真っ白けになっている。中に入ると、複数の電気ストーブが入れられていてそれなりに暖かかった。


 説明会が始まる頃には悠里の頭からすっかり英単語が消え去って立ち直っていたが、昼食後なのと暖房の効きが相まって強い眠気が襲ってきて、体育座りのままうつらうつらと居眠りを始めた。教師が話をしている最中にも関わらずである。


「太田ちゃん太田ちゃん」


 クラスメートが揺さぶって起こしにかかると、悠里は「ほえ?」と間の抜けた声を出した。


「今年はスキー以外にもお楽しみ企画を用意していますので……」


 と教師が話しているが、悠里の寝ぼけ頭には中身が一切入ってこず再び睡魔のささやきに耳を傾けだした。


「ごめん、後で何しゃべってたか聞くわ。おやすみー」

「じゃあ、()()()


 悠里はクラスメートの含みのある笑みを気にすることになく、膝に頭を預けた。




 お姉ちゃんへ


 


 今日は何と空の宮に雪が積もりました。20年ぶりだそうです。

 

 雪不毛の地でこれだから故郷も大変なことになってんじゃないかな。


 星花での生活は順調です。もうすぐ高等部進学で後半戦。外部進学の子も来るから新しい友だちができるのが楽しみで仕方がない。


 そうそう。昨日、おぐっさんの他にも同郷っぽい子が星花にいることがわかりました。名前すら知らないけど。でもこれから――




「太田ちゃん、終わったよー」

「ほえ?」


 顔を上げたらクラスメートの子がいたが、その他複数人の生徒に囲まれていた。見知った顔以外にもタイの色の違う子もいる。

 

「おはよう」

「あー、おはようさーん」

「あはは、良く眠れたみたいだね。じゃあ早速で悪いけど生徒会室に来てくれる?」

「うん、いいよー」

「先生のお話の内容以外にも、手伝って欲しいことがあるから」

「あいよー」


 悠里はヨダレを拭おうとせず、問いかけに対して全く深く考えずに返事した。

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