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暴露

 立成13年結成当時のflip-flopのメンバーは、あいな、かれん、りなの三人だった。「ロゼ」という長野市にある小さな芸能事務所が立ち上げたローカルアイドルグループは長野県の中でもごく限りのファンしか知らなかった。翌14年にはまふゆが加入したのだが、このときのまふゆは高校一年生であり、当時のメンバーの中でも最年少であった。


「あいなさん、かれんさん、りなさんは長野を盛り上げようと頑張っていた。まふゆだって最初はあの人たちの背中を見て憧れてアイドルの世界に飛び込んできたはずだった。それなのに……」

「何があったんですか?」

「ロゼの社長が病気で急死したの。息子が跡を継いだんだけど、そこからflip-flopはおかしくなっていった」


 二代目の社長は当時まだ20代の若さだったが、flip-flopを積極的に売り出し知名度を飛躍的に向上させることに成功した。だがこの二代目はモラルを著しく欠いた色情狂であり、立場を利用していわゆる枕営業をメンバーに要求したのである。それ以降メンバーの入れ替わりがあったものの、杏花を除く全員が二代目と関係を持ってしまった。


「そして、ついにはまだ研修生だったみれいまでもが餌食になったの」

「どうしてこんなことになってしまったんですか。誰もおかしいと思わなかったんですか」

「洗脳されてたのかもね」

「洗脳……」

「社長、顔は良いし口は上手いし、人を惹き付ける力はあったのよ。だけどその力を悪用してメンバーたちを巧みに洗脳していった。あたしだって一歩間違ったらどうなっていたことか……」


 悠里はまふゆから杏花にあてた手紙の中で、みれいが枕営業を嫌がっていたといった趣旨の記述があったことを思い出した。


「だけどみれいさんだけは違っていたんですよね」

「あの子は自分をしっかりと持っていたから。だけどかえってそのせいで……」


 杏花の体が小刻みに震えだした。


「あの子は命を絶った」


 絞り出した声が悠里の胸に突き刺さる。みれいの悲劇については手紙で一切触れられていなかった。


「遺書は残してなかったから表向きは事故死ってことにされて。それだけでも悔しかったのに、社長とまふゆたち、葬式に出てこなかったのよ? イベントがあるからって」


 怒りに満ちた震え声を、悠里は神妙な面持ちでただ聞いている。


「そしてあたしは逃げ出した。アイドルになりたい娘の夢を叶えるためにお金を出してくれた両親を裏切ってまでね。あのときから長野はあたしにとって呪われた土地になったの。雪を見るのも嫌になるぐらいにね」


 あの大雪の日、うずくまって泣いていたのはそういうことだった。


「どう? これがflip-flopよ。体も心も汚してみんなに愛想を振りまいてるの。だけどみれいは汚されるだけ汚されて何も得られなかった!」


 杏花は後ろの壁を拳で叩いた。


「みれいに教えてもらった裏の部分以外でも、あたしですらおかしいと思うことはたくさんあった。メンバーどうし仲が悪すぎて、あたしやみれいに代わる代わる『あいつとは付き合うな』とか『自分と仲良くした方が身のため』だとか要らない忠告をしてくるの。唯一、りなさんだけは良くしてくれたけど……」

「あの人、去年卒業しましたよね」

「やっぱり……実はあたしが星花に入る直前、こっそりとりなさんと会ったの。そのときに言われた。『まふゆが社長に自分のあることないこと吹き込むせいで追い出されそう』って」

「……」

「あいなさんやかれんさんといった卒業メンバーも、実はまふゆに同じ手口で蹴落とされたって暴露してくれた。自分だって散々メンバーの悪口を吹き込んでおいて、みれいの葬式に顔も出さず何を今更って感じだったけど。さっき洗脳って言ったけどね、まふゆだけは自分から積極的に社長にすり寄ってた。だからリーダーになれた」


 思い出をメモリーカードの画像データを消す要領で思い出を消せるなら、まふゆと二人きりで会話して、一緒にゲレンデを滑った思い出を消し去りたかった。まだまふゆがメンバーになった頃に、彼女の手からハンカチをもらった思い出も。


「狂ってるよ……」


 という言葉が悠里の口からついて出た。


「そう、狂ってる。でもね、酷い思い出だけじゃない。非公式のライブだけどステージに立たせてもらったし、お父さんもお母さんも弟も立派なアイドルになれるって褒めてくれた。いくらあいつらのせいとはいえ、期待を裏切ってしまった自分が情けないと思うときがある。体や心を汚してでもアイドルを続けるべきだったかもって思うときがある。だけどそう考える自分にも嫌気が……」


 それ以上、言葉がまともに出てこなくなり、杏花の目からは大粒の涙がこぼれだした。


「ああ、ええと……」


 悠里は机の上にティッシュが置いてあるのを見つけ、箱ごと持ちだした。杏花とルームメイト、どちらの持ち物かわからないが。


「使ってください」


 杏花が受け取ろうとしなかったので、一旦引っ込めた。


「それでも一からやり直す覚悟で星花に来たんですよね? 故郷を捨ててまで。それは単に『逃げだす』で片付けるにしちゃ、相当勇気がいることだとあたしは思いますけどね」

「あ、あんたに何が――」


 杏花はまた声を荒らげようとしたものの、悠里に遮られた。


「あんたに何がわかるって言われたらそれまでですけど……過去を完全に忘れるだなんてできやしませんよ。でも乗り越えることはできんじゃねえかなとは思うんです。未来を見ながら今を生き続けてたらね」


 悠里は笑みを浮かべてそう言った。


「あんたも逃げだしたことがあるの?」

「逃げたとは違いますけど、まあとりあえず使ってください」


 もう一度差し出し直すと、今度は無言でティッシュを三枚抜き取って、目元を拭った。


「杏花さん、たくさん吐き出してくれたけど、あたしが聞いているだけじゃあ不公平ですよね。だから、こっちも誰にも話したことがない秘密を杏花さんに教えてあげます」

「へえ、何?」


 自分に比べたら大したことでもないだろうと言いたげな杏花に、悠里は告げた。


「あたし、三年前に大切な身内を亡くしてるんです」


 杏花は涙を拭くのを止めた。

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