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見舞い

「ただいまー」


 莉子は机に向かい宿題を片付けている最中だった。


「おかえり。何だったの?」

「あー、スキー学習からの帰寮が一日延びた分の届け出が出てないぞって怒られてさー」

「それ書くだけで半時間もかかるの? しかも日にち経ってるのに今更?」

「まあ、いろいろあって」

「ウソつき」

「あ?」


 莉子は回転椅子を回して体を悠里に向けた。


「太田ちゃんさー、平然としてるようでも空気がどんよりしてるの丸わかりなんだよ。寮母さんに叱られたっぽい感じじゃないし、もっと深刻なことがあったでしょ」

「おぐっさんにゃ敵わねえな……」


 悠里は早々と降参した。大きくため息をついて、決断した。


「もう全部正直に話すわ。だけど絶対人に言うなよ。言ったら絶交するからな」

「わかった」


 悠里は杏花が受け取った手紙の内容を話した。莉子は黙って聞いていたが、動揺は大きかったようでしきりに頭をかいたり、手に持っていたシャープペンシルを弄んだりしていた。


「芸能界には後ろ暗いことなんかいっぱいあるってわかりきってるけど、これはきついよ、うん」

「ホント、信じられねえよ」


 悠里は自分の机に置きっぱなしになっていた、真冬からの手紙を見た。部屋を出る前までは宝物だったのが、今では厄介な放射性廃棄物のようにしか見えない。


「佐瀬さん、いくらクソみてえな環境に置かれてたとはいえさ、アイドルを諦めて星花に来たのは相当な覚悟だったと思うんだ」


 莉子はうなずいた。


「だけどそのせいで病んじゃってるというか、病んだ原因が近づいてきてるしこのままだと潰れちまうよ」

「学校に相談した方がいいんじゃない?」

「そんなことしたら元アイドルだってことが学校に知られちまうって。あああ、どうにかしねえと……」

「ねえ太田ちゃん、何でそこまで佐瀬さんにこだわるの? やっぱり同じ故郷の人だから?」

「うーん、まあ……」


 莉子が根本的なことを聞いてきたが、悠里は即答できなかった。本当に同郷で親近感を覚えたからだけだろうか。まだ何か別の感情があるのではないか。友人に言われて初めて疑問を抱きだしたが、感情をどう言葉で表現していいのかはわからない。


「じゃあその話は一旦置いといて、まずできることからやろうか」

「できること?」

「後で佐瀬さんのお見舞いに行くの。私はあの人好かないけど、今の置かれた状況は可愛そうだとは思ってる。太田ちゃんがどうしても助けてあげたいって言うなら止めないから。不謹慎だけど、佐瀬さんと仲良くなりたいのなら今がチャンスじゃない? あんなツンツンしてても心が弱ってる今なら太田ちゃんに助けてを求めてくるかもしれない。そのときに太田ちゃんが、えーと何だっけほら、スクールカウンセラーの中条先生がこの前のメンタルヘルス勉強会で言ってたじゃん。何だっけ……」

人薬(ひとぐすり)?」

「そう、人薬! 太田ちゃんは佐瀬さんの人薬になってあげるの」


 以前、学年集会の場で行われたメンタルヘルス講習会で、人との関わりが人を癒やす「人薬」という考えがあることを悠里たちは学んでいた。


 杏花のルームメイトの譲葉は一応は気にかける素振りを見せていはいたが、お互いに不干渉という理由で杏花のことを深く知っていない。これでは助けになってあげることは難しい。


「よし、あたしが何とかしないとな」

「頑張ってね。太田ちゃんはコミュ力お化けなところあるからやれると信じてるからね」


 莉子はグッ、と握りこぶしを作ってみせた。


 *


 夕食が終わり自由時間になった頃である。高等部桜花寮のロビーで待っていると、譲葉がやってきた。


「こんばんは太田さん。どうぞ上がって」

「どうも」


 杏花を助けたときはエレベーターを使ったが、今回は階段を上っていく。エレベーターは重たい荷物を運搬するときや、体調不良など以外は使わないのが暗黙の寮則である。


「佐瀬さんにはちゃんとお礼するように言ってるから。でも手短にね」

「わかりました」


 譲葉はドアを開けた。


「佐瀬さん、太田さんが来たよ」


 返事がないが、譲葉は「入って」と促した。


「お邪魔しますよー」

「広間にいるから終わったら声かけて」

「え、あのちょっと」


 ドアを閉められた。まさか二人きりにさせられるとは思っていなかったが、譲葉なりに気を使ってのことだろうか。


 杏花はベッドの上で半身を起こして、悠里の方を見ている。


「ど、どうも。具合はどうすか?」

「だいぶマシになったわ」


 杏花の声は穏やかだった。


「それは良かったです」

「あんた、そんなところであたしと話をするつもり?」

「はい?」

「ドアのところで突っ立ってたら話しにくいでしょ。こっち来て」

「あ、ああ。すんません」


 悠里は「じゃあちょっとお借りします」と椅子を拝借して、杏花の側に座った。


 杏花は伏し目がちに言った。


「……さっきは悪かった。あんたが衛藤さんと一緒に部屋まで運んでくれたみたいね」

「その、大きなケガはなさそうで良かったです」


 悠里は「無事で良かったです」と言いかけて訂正した。精神的に無事であるはずがなかったからだ。


「あんた、flip-flopのファンよね」

「まあ……」


 今でははい、と自信を持って答えられない。


「あいつらの本性を知ってショック受けてるっぽいけど、もう少しあいつらについて知ってもらうから」


 ここから逃げだすことは許さない、と杏花の鋭い目は語っていた。

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