りんご
「……」
「気がついた?」
自室のベッドに寝かされていると自覚するまでは時間はかからなかった。側にいるのがルームメイトの衛藤譲葉であることも。
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
「あなた、酷くうなされてたわよ」
「何か変なことを言ってませんでしたか?」
「安心して、誰にも言わないわ」
どうやら忌まわしい過去を知られてしまったらしかった。だが相手が杏花と同じく、無口の譲葉であったことがまだ不幸中の幸いだった。
「寮母さんがりんご持ってきてくれたんだけど」
「りんごダメなんです!」
杏花は大声で怒鳴ってしまった。捨てた故郷を思い出させる食べ物への激しい拒絶反応を先輩に見せてしまった。
「本当にすみません……」
「そういえば佐瀬さん甘いものダメだったわね」
甘いものは全般的にあまり食べないために、そのように受け取られているようである。
「スポーツドリンクぐらいなら大丈夫?」
「それだったら……」
譲葉は一旦部屋を出て、しばらくするとスポーツドリンクを携えて戻ってきた。自販機で売っている天寿製の商品で、甘さ控えめなのをウリにしている銘柄だった。
「どうぞ。お金はいいから」
「ありがとうございます……」
譲葉は机に向かって本を読み始めた。杏花は一口だけ飲むと、譲葉から背を向けるように横向きになった。
消したくても消せない過去が心を蝕んでいる。やはり天罰が下ったのだろうか。だがいくら自分にも非があるとはいえ、神様はここまで残酷な仕打ちをするものだろうか。煩悶しているうちに涙がとめどなく溢れ出てくる。
「もう許してよ……」
泣き言はルームメイトにも聞こえていたはずだが、何の反応も返ってこない。下手に慰めてくれるより遥かにありがたかった。
*
「それじゃあ始めましょう、長野県クイズー!」
まふゆが拳を掲げると、悠里も両手を掲げてステージ下の生徒たちにアピールした。
「太田ちゃん頑張りなよ!」
莉子が声援を送ってくる。百合葉が長野県出身の生徒を回答者に指名しようとして悠里と莉子が候補に上がったが、じゃんけんで勝った悠里が回答者に選ばれたのだった。
回答者は百合葉の他、クイズ研究会の多賀島紗幸がいる。中等部二年生で『クイズ姫』の異名を持つ頭脳王だがなかなかエキセントリックな性格の持ち主で、名前を紹介されると「ふぇははは!」と奇妙な笑い声をあげてflip-flopのメンバーを少々ドン引きさせた。
「続いての回答者は太田悠里さんです!」
百合葉からマイクを渡されると、「どうも中等部のゆりりんこと太田悠里です!」と言って笑いを誘った。さらに、
「ここはあたしのホームなんでねえ、高等部のゆりりんには悪いけど全問正解させていただくのでよろしくお願いします!」
flip-flopと同じステージに立ちテンションが上がったせいなのかビッグマウスをかましたが、百合葉は笑って受け流した。
「はい、それでは早速問題に入ります。まずは……しずくからお願い!」
「は、はい……えーと、じゃあ私の地元にまつわる問題を出します」
問.上田城を築城した人物は?
「ふぇひひひひ!! こんなのサービス問題じゃないか!」
紗幸はフリップにスラスラと書き込んでいく。
「あー、これは私も知ってる。大河ドラマ見てたもん」
百合葉もマーカーを走らせる。
「えー……」
悠里はフリーズしてしまった。社会のテストで平均点以上を取ったことがない身にとっては酷な問題である。
「あれあれー、太田さん大丈夫かな?」
まふゆが後ろにやってきて、煽るように聞いてきたからこんなに笑われた。ただでさえパンク寸前の思考回路がますますおかしくなっていく。
「だだだ大丈夫ですよ!」
とにかく何か書かなければいけない。悠里は開き直って、渾身の力を振り絞って回答を書きなぐる。
「それでは時間となりましたので、回答をお願いします!」
ジャン! というSEとともに一斉にフリップを表に向ける。
「多賀島さんは『真田昌幸』ゆりりんも『真田昌幸』太田さんは……『大工の銀次』って誰やねーん!」
まふゆもついつい関西弁になる程の珍回答に一同爆笑。正解は当然真田昌幸である。
「太田さん、いきなりつまずいちゃったんだけど」
「は、ははは! これからですよ!」
「いい返事だね、リベンジ期待してるよ。それじゃあ次の問題は……みら、お願い!」
「では、私からも故郷の問題を出そう」
問.松本市に本拠地を置くJリーグチームの名前は?
「うぇひひひ!! これも簡単すぎる!!」
「これもわかる! Jリーガーと仕事したことがあるし!」
「さすがにあたしでもこれぐらいは……」
三人の回答。
「多賀島さん『松本山雅』ゆりりん『松本山雅』太田さん『松本山牙』……?」
「え゛!? やまがのがって牙じゃなかったっけ!?」
慌てる悠里。しかし正解は言わずもがな。
「太田さん、ウソでしょ……」
まふゆは半ば呆れているような口調になっていた。まずい、失望させてしまったかもしれない。
「つっ、次こそは正解しますから!」
「じゃあ、はづき! お願いね!」
「はーい! でも今度はちょっと難しいかもよ?」
はづきはフリップを出した。そこには飯田線の路線図が描かれており、下山村駅から伊那上郷駅にかけて矢印が引かれている。
問.飯田線下山村駅から伊那上郷駅にかけてはΩ状の区間になっているため、下山村駅で降りて伊那上郷駅まで走ると降りた列車に追いついて乗ることができる。この行為を地元では俗に何と呼ばれているか。
「ふぇーははは!! このぐらいわたしが知らないと思ったか!!」
「えーと……」
「いや飯田線乗ったことねえし……」
悠里は故郷に住んでいた頃は松本市より南に行くことがほとんど無かったため、いくら長野県民とはいえ南信地方の事情には疎かった。
そして正解発表。
「多賀島さん『下山ダッシュ』ゆりりん『飯田スペシャル』太田さん『飯田線ダービー』綺麗に分かれましたがはづき、正解は?」
「正解は……下山ダッシュです!」
「ふぇーははははは!!」
どうだと言わんばかりに哄笑する紗幸。全問不正解の悠里は「ぬわああ!」と喚いて頭を抱えた。
「だ、ダッシュのダだけ合ってたから部分点は……」
「ありませーん」
まふゆはにっこり笑って否定した。笑ってはいるが全問正解すると啖呵を切った以上、失望させてしまっているかもしれない。ここに来てステージから本気で降りたくなった。
「それじゃあ最後の問題は私から。長野といえばあの赤い果物が有名ですよね。何だかわかります?」
誰かがりんご! と叫ぶ。
「そう、りんごです! 私からの最終問題はズバリ、りんごにまつわるものです。どうぞ!」
まふゆの出したフリップには、4つのりんごの写真が貼ってあった。それぞれ上部に①から④の番号が振られたシールが貼ってある。
問.①から④それぞれのりんごの品種名を下から選んでください。
A.シナノプッチ
B.シナノゴールド
C.シナノスイート
D.シナノドルチェ
「こっ、これは……一個だけ黄色いのがあるが他は見分けがつかん! シナノだらけでどれがどれなのかわからん! ううう……」
クイズ姫の紗幸が初めてうろたえだした。
「えー……もうこれ当てずっぽうでいくしかないんじゃ……」
百合葉はフリップに書き出したが、本当に適当に書いているようである。
悠里はというと、ニヤリと笑って眼鏡のブリッジを指で押し上げてぶち上げた。
「これは全部わかる! 一個でも間違えたら脱ぎますよ!」
「すごい自信だけど脱ぐのはだめだよ!」
「ふぇーひひひ!!」
紗幸の笑い方を真似ると本人にキッと睨み返されたが、意に介さず筆圧をこめてフリップに回答を書きつけた。
「それでは正解を発表します!」
まふゆは写真に貼付されていたシールを一枚ずつ剥がした。
「①はDのシナノドルチェ!」
「ぐわあああ!!」
「だめかー」
「よっしゃ!」
紗幸と百合葉はすでにこの時点で不正解確定。しかし悠里は的中させてガッツポーズを見せた。
「続いて②はBのシナノゴールド!」
またもや悠里の回答が的中。今度は両手でガッツポーズ。
「最後に③と④は……」
まふゆは③と④のシールを連続で剥がした。
「③はAのシナノプッチで④はCのシナノスイートです! 太田さん正解!」
「うおおおお!!」
全身で喜びを表す悠里。汚名返上劇に会場は大盛りあがりを見せる。
「太田さんさすが! りんご好きなの?」
「めっちゃ好きです!」
愛する故郷の果物のことを知らないわけがなかった。最後の最後で汚名返上を果たした悠里はステージ上で飛び回って喜びを全身で表現したのであった。
お借りしたキャラ
多賀島紗幸(頼久様考案)
登場作品;『先生。恋のQuizが解けません!』(百合宮伯爵様作)
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