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よみがえる悪夢と作り出される夢

 杏花は高等部桜花寮食堂前の掲示板に貼られた注意書きを読んでいた。明日の土曜日に中等部入試があるので中等部校舎は立ち入り禁止になるとあり、さらにマスメディアの取材が来るがインタビューには絶対に応じないこと、とまで書かれている。


「今年の入試の倍率もめちゃヤバいらしい」

「まじで~?」

「人気アイドルの宣伝効果って凄いよね。私たち、もう少し生まれるの遅かったら星花に入学できてなかったかもよ」

「ゆうてあたしらが中等部に入ったの四年前でしょ。たった四年でこんなにね……運が良かったよねえ」


 などと側にいた寮生たちが言っているが、会話内容からして恐らく中等部上がりの高二の先輩だろう。


 星花女子学園は昔から良家、著名人の子女が通っていたが美滝百合葉の入学をきっかけに知名度が全国に広がり、志願者は急激な右肩上がり状態になっていた。


 杏花は高等部からの入学だが、百合葉効果で極端に倍率が跳ね上がった中での入試は問題が例年より著しく難化していたものの、基礎学力が高かったために難なく合格できたのである。


 だが別に百合葉目当てで星花女子を受けたわけではない。故郷を離れられるならどこでも良く、他に二校別県の高校を受験して全て合格している。その中には星花より偏差値が高い進学校もあったが、星花女子を選択した。雪が降らない場所にあること。弓道部があること。そして服装規定が緩くイメージチェンジをして過去の痕跡を消しやすかったことが決め手となった。


 だが時折、他の学校に進んだ方が良かったと思うときがある。百合葉以外にも芸能人が複数在籍しているが、彼女たちの話題を耳にするだけでもひどく憂鬱になるからである。


 かつて自分が憧れ、今では思い出したくもない姿。


「佐瀬さん?」


 目の前に寮母さんがいた。考え事をしていたらいつの間にか食堂のカウンターまで進んでいた。


「すみません」

「もうすぐ冬休みが開けるから、しっかりと食べて元気だしてね」


 どうやら疲れていると見られているらしかった。


 今晩のメニューはカレーライスである。辛いものが苦手な子も食べられるよう甘口で作られており、辛さはカウンター上のスパイスソースで調節できる。甘口カレーに一滴垂らすだけで中辛、二滴垂らせばに辛口に変わる劇物に等しいものを、杏花は十滴も垂らした。


「そんなに入れて大丈夫なの?」

「辛いものは好きなので」


 杏花はサラダ入りの小鉢も取って、隅の席に座った。


 食堂にあるテレビは平日の午後六時半頃だと地元のニュース番組が流されていて、普段の杏花なら見向きもせず一人で黙々と食べるのだが、今映っているのはニュース番組ではなかった。


『ええと、中継は繋がってるかな? 高等部桜花寮応答願いまーす』


 アナウンサーとは違うしゃべり方に違和感を覚えた杏花はテレビの方を向いた。画面の中では星花女子学園指定のジャージを着た、杏花と同じぐらいくせっ毛の生徒がスマホで通話しながら手を振っていた。


「はーい、高等部桜花寮、映像音声ともにクリアでーす」


 食堂のテレビの下にいた生徒がスマホに向かって返事した。杏花にはいったい何が起きているのかさっぱりわからなかったが、他人に聞くつもりもなかった。


「ネット中継で見せてくれるなんて太っ腹だよね」


 情報が耳に入ってきたので、意識をさらに耳に集中する。どうもこの日はスキー学習の夕食の場でお楽しみ企画が開かれるらしく、その様子を長野のホテルから星花の寮に向けて配信するという試みが行われようとしていた。


 くせっ毛の生徒の後ろでは食事中の様子が映し出されている。ビュッフェスタイルのようで、ジャージ姿の子たちが食器を手に右に左にせわしなく動いている。


 高等部菊花寮、中等部桜花寮と菊花寮からの応答が確認できたところで、くせっ毛の生徒の顔がテレビに大写しになった。


「こんばんは、中等部生徒会副会長の鏑木です! スキー学習宿泊地、長野県の『ソレイユ・ルヴァン』からの中継です。今夜はスキー学習お楽しみ企画を寮のみなさまにも堪能して頂きたいと思います! 今ここにいる生徒たちにはまだ内緒にしているのですが、寮のみなさまには一足早く教えちゃいます! お楽しみ企画の内容は……」


――美滝百合葉先輩が長野のローカルアイドルflip-flopとコラボライブをします!


 そう聞いた杏花の手からスプーンが落ちた。


「ふーん、ロコドルかー。あ、君。スプーン落としたよ」


 その言葉は杏花の耳に一切届いていない。


「おーい? どうしたのー? おーい……」


 副会長がflip-flopについて説明しはじめた途端、杏花は耳を塞いで体をわなわなと震わせた。


「やめて……なんで……どうして……?」

「えっ、なっ、何!?」

「うっ、うあああああああっ!!!!」


 そして、杏花の意識はブツッと途切れた。


 *


「それではみなさん、楽しいひとときを過ごしている最中ではございますが! 今からもっと楽しいひとときをご用意いたします!」


 現中等部生徒会副会長の鏑木杏咲(かぶらぎあずさ)の声がマイクを通して宴会場に響き渡ると、歓声があちこちで起きた。


「ウェーイ!!」

「こら」


 フォークで食器を叩くというマナー違反を犯してまで盛り上げようとする悠里の頭を莉子が小突く。


「題して、美滝百合葉ディナーショー with flip-flop!」

「おおおー!?」


 全て知っているが驚いたふりをする悠里。莉子ははじめて知って本気で驚いている様子だった。だが周りは盛り上がるどころか、困惑の色が見える。


「何? ふりっぷふろっぷって」

「聞いたことない」


 杏咲が説明に入る。


「flip-flopは立成13年に結成された長野県のローカルアイドルです。しかしローカルアイドルといってもその実力は全国区アイドルにひけをとりません! 早速その目で見て頂きましょう、お願いします!」


 杏咲は右手を上げて合図する。途端、大音量のディストーションを効かせたギターサウンドが鳴り響き出した。


「『恋はスラローム』だ!」


 悠里と莉子がグッ、と拳を握る。


 やがてflip-flopがステージに現れた。衣装はブラウスにタータンチェックスカートという学校の制服をモチーフにしたもので、スカートの色が緑色ではなく水色であったなら星花女子のものとほとんど区別がつかないデザインになっている。タイの色はメンバーカラーで、まふゆは真っ赤なタイを着けていた。


 激しいイントロが終わりAメロに入ると、まふゆの鈴の音のような歌声に、どよめきはたちまち大歓声へと変わった。


『恋はスラローム』という歌は、激しく動く恋心をスキーのスラロームになぞらえた歌詞と、まるで滑降しているかのような疾走感のあるメロディで人気を博している。


 ワンフレーズ歌い上げると次は黒のタイをつけたメンバーが歌い出した。みらというショートヘアのボーイッシュな雰囲気を漂わせる子で、張りのある低音ボイスが黄色い悲鳴じみた歓声を上げさせた。


 Bメロに入り、続いて歌うは青色のタイをつけたしずくというメンバー。ボブというよりおかっぱに近い髪型で色白ということもあり日本人形を思わせるが、見た目に反して声量が大きく観客を圧倒する。もはや誰も食事に手をつけていない。


 サビに入る前のタメではピアノが流れだす。その部分を歌うのは紫色のタイをつけたはづき。少し気の強そうな顔つきのポニーテールの子だが、落ち着いた声で場の空気を凝縮させていく。


 そしてサビで爆発させる。四人の歌声はたちまち星花女子学園の生徒たちの心を支配してしまった。プログラムの都合上歌ったのは一番だけだったが、それでつかみは十分だった。


「星花女子学園のみなさん、こんばんは! そしてはじめまして! 私たちは長野県のローカルアイドルグループ、flip-flopです!」


 まふゆが挨拶すると、宴会場に地鳴りが起きた。


「みなさん隣の県から来られたということでアウェー感がハンパないんですけど、思っていた以上に盛り上がってくれて嬉しいです! それじゃ一人ずつメンバーを紹介していきますねー」

「みらです。今宵は私たちと楽しいひとときを過ごしましょう」


 王子様めいた所作を見た数人が失神寸前になった。


「しずくです。あ、あの……食べながらでいいので目一杯楽しんでください……」


 さっきと打って変わっておどおどしているが、かえって可愛らしく映る。


「はづきです。みんな結構ノリが良いわねー。これからもっと盛り上がっていくわよ!」


 ノリの良い生徒が「はづきー!」とコールすると「ありがとう!」と手を振った。


「そして私がリーダーのまふゆです。学園祭でライブしたことはあるけどこういった形でのライブは初めてで何だか新鮮な気分ですし、何よりあのゆりりんとコラボライブできるということでずっと楽しみにしてました。ということで、早速ゆりりんを呼びましょう! 私がせーのと言ったら『ゆりりん』とお願いします。いきますよー、せーのっ!」

「「「ゆーりりーん!!」」」


 舞台裏からのそっと出てきた美滝百合葉を見た一同は爆笑した。アイドル衣装ではなく体操服で、ゼッケンにはやたらと力強い文字で「ふつう科 みたきゆりは!」となぜかひらがな多めで書かれてあった。さらに百均で買ってきたような「私が主役です」のたすきも着けていた。


「最初にこんな格好でごめんなさい! ちょっと手違いがあって衣装が届かなくなっちゃった!」


 それでもアイドルオーラは全身から溢れ出ており、体操服でもきらびやかなアイドル衣装に見えてしまう。


「さっきのflip-flopさんの歌、本当に凄かったよね。もうキラキラしてて私もメラメラ燃え上がってきちゃった。それじゃあ気合入れて『(インフィニティ)×(インフィニティ)』いくよー!」


 百合葉の18番『∞×∞』は大ヒット曲。flip-flopは歌は当然のこと、ダンスの振り付けも完全にコピーしていた。百合葉の力強いシャウトとflip-flopの四重奏が合わさった歌声が会場を熱狂の渦に叩き込む。


 悠里に至っては、実は寝ていて夢の中にいるんじゃないかと錯覚さえしていた。念のため自分の頬をビンタしたが、かなり痛かった。


 フルコーラスで歌い上げた頃には、会場の中は暖房がきつすぎると感じるぐらいに暖まっていた。


「みんなありがとー! いやー盛り上がりすぎて暑くなってきちゃった。flip-flopのみなさんいかがでしたか?」

「ゆりりんと一緒に歌えるだなんて最高です。感動しちゃいました」


 まふゆが答えた。


「そう言ってもらえると嬉しいです! ところでみなさん長野のどこ出身なんですか?」

「私は長野市です」


 みら、しずく、はづきもそれぞれ松本市、上田市、飯田市と答えた。


「ゆりりんは長野松本上田飯田がどこにあるかわかりますか?」

「もちろん! えーと、長野がここだとしたら松本はここら辺……かな?」


 百合葉は空中に地図を描いて説明しようとするが合っているのかどうか怪しいところで、笑ってごまかした。


「まー、他県民だと答えられない人がほとんどじゃないかなと思います。そういうわけで、長野県について知ってもらいたいと思って、実はクイズを用意してきました」

「おお! 私が答えるんですね?」

「そうです。だけど私たちだけで盛り上がるのももったいないんで、あと二人ほどステージに上がってきてもらっていいかな?」


 まふゆがステージ下を見回すと、会場がざわめきだした。


「わかりました! じゃあ我こそはといいう人! と言いたいところだけどこれだけの大人数なんでこっちから一方的に指名させてもらうね。一人目は星花が誇る『クイズ姫』ことクイズ研究会の多賀島紗幸(たがしまさゆき)さん。あと一人は……そうだ! 実は星花には長野県から来た子がいるんですよね。その子でもいいですか?」

「いいですよ!」


 周囲の視線が一斉に悠里と莉子に向けられる。


「おぐっさん」

「わかってるよ太田ちゃん。争いたくなかったけど……」


 二人は自然と、じゃんけんの体勢に入った。

鏑木杏咲は早見春流様考案のキャラクターです

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