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遭遇

 二日目のスキー学習も無事終わり、夕食前の入浴の時間となった。3グループに分かれて決められた時間に入浴するが、今日は悠里たちのグループが一番風呂である。


 ホテルソレイユ・ルヴァンは大人数のスキー客、観光客を収容する目的で建てられたものだから、大浴場もそれなりに大きく造られている。ど真ん中にはちょっとした大きさのプールぐらい程ある浴槽があり、張られている湯はもちろん天然の温泉である。泉質は美肌効果があるとされるアルカリ性であり、生徒たちはこぞって温泉に浸かった。


「ああ~」


 湯に入った途端に間の抜けた声を出す悠里。隣の莉子も釣られて「ああ~」と声を出した。


「スキーした後に風呂入んのたまらねえなあ。今日はあんまり滑ってねえけど」

「私は滑り倒したよ。途中で百合葉先輩がうちの班に来てびっくりしたけど、あの人いつの間にか直滑降できるようになってるし。本当に素人?」

「あの人運動神経めっちゃ良いんだよなあ。ダンス上手いし。スキーの才能も凄いよ。あんまり無茶して怪我されるとまずいけど。特に今日は……」


 悠里は体が温まって気が緩んだせいか、うっかりお楽しみ企画のことをバラしそうになったので会話を無理やり切り替えた。


「そういや今日の飯はなんだろう?」

「夕食会場も昨日とは別のとこだよね。それと食事中にお楽しみ企画があるし。何をするのか太田ちゃん、実は知ってんでしょ? しおり作りに関わってんだからさ」

「コメントは差し控えさせていただきまーす」


 ヘラヘラ笑ってごまかそうとする。


「絶対知ってる顔だ。何すんの?」

「黙秘しまーす」

「教えろー」


 と、莉子がいきなり脇腹をくすぐってきた。


「ぎゃははは! や、やめれ!」

「どうだ。吐く気になったか?」

「ぎゃははは!」


 悠里がジタバタするとしぶきが飛び散る。すると頭に何か硬いものをぶつけられた。


「いてっ、誰だあ?」

「ふふふ、お風呂場で騒ぐのはマナー違反だよ」

「片寄かよ」


 沙樹がぶつけたのは、頭痛薬の広告が載っているあの黄色い風呂桶であった。浴槽に入ってくるなり莉子に言った。


「太田ちゃんはお楽しみ企画のことは何にも知らないよ」

「じゃあ片寄さんに聞こうっと。片寄さんなら絶対知ってるよね」

「知ってどうするの? もう少し我慢すればわかることじゃない」

「そりゃそうだけど……」

「ネタバレ聞いちゃったら面白さ半減だよ? みんなびっくりする企画なのにもったいないことだ。あと少し待てば正常価格の正規品が入荷するのに、我慢できずに超高額な転売品を買ってしまうようなものだよ?」

「う、言われてみれば、そうかも」

「我慢した分に見合うだけの面白い企画だ、ということだけは言っておこう」

「じゃあ聞かないことにしておくね」


 莉子はあっさりと納得してしまった。仮に悠里が同じことを言っていたらしつこく聞き続けていたかもしれないが。


「うん、その方がいい。じゃあね」


 沙樹はそう言い残して、さっと上がってしまった。


「早っ!」

「うーん、片寄さんはやっぱり謎な子だ……」


 二人は時間ギリギリまで湯を楽しんだ。大浴場から出たのは一番最後で、二番風呂のグループがすでに入ってきていたので慌てて着替えを済ませ、エレベーターまで向かった。二人の部屋は15階にあるから移動にエレベーターは必須だ。


 悠里は「↑」ボタンを押したが、複数台あるエレベーターは各階で止まって中々降りてこない。するとそこへ、複数の女性たちがやって来た。彼女たちを横目で見た悠里はギョッとした。


 長野県のローカルアイドルグループ、flip-flopのメンバー四人が勢ぞろいしていたからだ。


 当然ながら、一緒にゲレンデを滑ったまふゆの姿もそこにあった。眼鏡をかけていたがまふゆはいつも裸眼なので、変装用の伊達眼鏡であろう。他のメンバーも周りの目があるためか、まふゆと同じく目立たない服装をしている。


 莉子がいる手前、声をかけることはできない。まふゆの方も恐らく悠里に気づいていないかもしれない。昨日出会ったときの悠里はニット帽とゴーグルをつけており、素顔を見ていないからである。


 エレベーターの一台がようやく着いて、中から星花の生徒が出てきた。中に御神本美香の姿があり、悠里を見て「ごきげんよう」と挨拶してきたから「ごきげんよう」とお上品に返した。flip-flopには誰も反応しなかったが長野県民以外の知名度は皆無に等しいから当然だろう。


 しかし長野県民の莉子も全くリアクションが無かった。莉子はそもそもアイドルへの興味は薄いものの、flip-flopのことは知っているしメンバーの顔もわかっているはずである。たぶん悠里ほど意識していないから、目立たない服装をした彼女たちを認識できていないのだろう。


「お先にどうぞ」


 と、まふゆは赤の他人に対するような感じで言った。


「すんません」


 悠里は少し声が震えていた。


 まふゆが「3」のボタンを押すと、「何階ですか?」と聞いてきた。


「15階お願いします」


 まふゆが「15」のボタンを押して、「閉」ボタンも押した。


 3階は食事会場や宴会場があるフロアである。もちろんイベント出演者の控室もあるはず。恐らくこれからリハーサルとか、百合葉との打ち合わせをやるのだろう。


 3階にはすぐについた。まふゆは他のメンバーを先に降ろしてから自分も降りたのだが、その際、悠里に向かって微笑んできた。伊達眼鏡越しの視線と眼鏡越しの視線がしっかりと合わさった状態で。


 自分のことに気がついていなければ、あんな表情を見せるはずがなかった。


「太田ちゃん、太田ちゃん! 降りないの?」


 いつの間にかエレベーターのドアが開いている。階数表示に15の数字が映っていた。莉子はついにまふゆ達に気づくことはなかった。エレベーターの壁に貼られていた、ゲレンデのコース案内図ばかり見ていたから当然だろう。


「おおっ、ぼーっとしてた」

「んもー」


 それぞれ自分たちの部屋に戻る。悠里の1515号室には誰もいなかった。ルームメイトたちは先に上がっていたはずだが。


 ベッドの上に書き置きがあった。「お楽しみ企画の準備があるのでお先に」と沙樹の字で書かれている。


「そういや、flip-flopの生ライブ見るのこれが初めてだよな」


 スキー学習でflip-flopのライブを、美滝百合葉とのコラボという形で無料で見られるのはこの上ない贅沢に思えた。

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