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MIB 2nd contact  作者: 光輝
■3話:次世代ゲーム夢幻
8/37

3-2:思考転写型伝送機


高速を走ること2時間。一行はようやくビル街に到着した。

天まで届きそうなビル群が空を覆う。切り立った光が、ビルの影を色濃くおとした。

ビル群は大都会の権化のように、あちこちに飲み屋やクラブが密集している。アミューズメントやホテルも数多い、巨大な歓楽街だ。


「久々にきたけど相変わらずね」と、エレナが窓の外に呟く。

ビル街はチャイナタウン近郊のため観光客も多いものの、治安的には危険な街だ。

メインストリートをちょっと外れると、危ない店の客引きや、違法カジノや風俗店の看板も堂々と輝いている。

喧騒溢れる歓楽街といえば聞こえはいいが、実際に事件の発生数・遭遇率は高く、特に暴行や強盗、傷害などの割合はかなり多い。

故にギャングやチンピラもうろついていて、セリオンのはずれとはいえスラムに次いで危険なスポットといっても過言ではなかった。


ミシェルはスマホのナビを片手に、うんと先のビルを指す。

「あの綺麗なビルが〔夢幻ビル〕だよ」


やっと駐車スペースを確保したロレンツォは、その時間料金の高さに愕然とした。

賑やかな繁華街に、ロレンツォとミシェルの溜息が重なる。ロレンツォはちらとミシェルを横目見た。

「お前ら、どうしてまたこんなややこしい所に用があるんだよ。まさかテレマ研究施設みたいに、ここでも暴れる気じゃないだろうな?」


それにミシェルがひと睨み。ロレンツォに警告のようにツンと言い添えた。

「今回の顧問は口が過ぎるね。あんたがテレマ研究施設でエレナにやったこと、学園長にバラしてもいいんだよ。いいからとっとと行く」

ロレンツォはぐぅのねも出ず、犬のように2人に続くしかできなかった。


先の通りで、エレナは高々とそびえる〔夢幻ビル〕を見上げた。

なんともこじゃれたというか場違いというか、結婚式開場だといわれても違和感がないほど女性ウケしそうなデザインのビルだ。

海のように綺麗な青い窓ガラスは、空へとグラデーションに輝いている。


(ここに、ナディアに怖い思いをさせた元凶があるのね)

エレナは胸ポケットから、ナディアの〔次世代ゲームの体験チケットパス〕を取り出した。

「じゃ、潜入開始よ!」


……・……


夢幻ビルの中は、まるで高級ホテルのロビーのようだった。


エレナは思わず地図を二度見する。誰がここをゲーム会社と思うだろう? 高そうなシャンデリアが一行を見降ろしている。

床以外は真珠のように淡白く、星のようにシャンデリアを映していた。


エレナ達が受付を捜す前に、ホテルマンのようなポーター(案内係)が、「どうぞこちらへ」と乙にすまして先を案内する。

表階段の絨毯は猫の背のようにふかふかで、滑らかな手摺は芸術品のようだった。

「おい……」

ロレンツォが声を潜ませるも、ミシェルがチラ見を返すだけだ。

「なあ、おい。お前らこんな場所になんの用があるんだ?」ロレンツォが周囲を伺いつつ、おっかなびっくりに訊ねた。「とんでもなく高そうなホテルじゃないかっ……!」


ミシェルが人差し指を口元に当てて見せる。エレナがレンズで周囲を確認している、邪魔するんじゃないよと。

エレナが静かにレンズを下げ、「こうも無反応だと張り合いがないわ」と肩をすくめた。


それにミシェルがちょっと笑った。

「まぁ依頼人も、もしかしたら別の場所で被害を受けたのかもしれないね。前にも似たような案件があったじゃん。肝試しじゃなくて、近所の教会が原因だったやつ」


はしゃぐ2人に続くロレンツォは、古い腕時計に目をおとした。

駐車料金の金額を頭で計算し、今この瞬間に丸1日の食費分がぶっ飛んだことに肩を落としたのだった。



「それでは、存分にお楽しみください」

ポーター(案内係)が一礼し、エレベーターの扉が閉じる。


エレナ達はさてと振り返った。映画館のような巨大フロアをうんと見渡す。カジノというよりはゲームラウンジだ。客はみたところ10代か20代ばかりで、興奮気味にゲームの感想を語り合っていた。

「ここが次世代ゲームの体験フロアね。プレイルームはどこかしら?」とエレナ。


その言葉に、ロレンツォは落雷をくらったようにびっくりした。

「ゲーム?! お前ら早退してまで、わざわざゲームしにきたってのか!?」

愕然と呆れあがったロレンツォに、エレナが1歩前に出て釘をさす。

「センセ、遊びじゃないの。ちゃんとした仕事よ」


「冗談よせ、ゲームが遊びじゃないなら何だってんだよ。駐車料金を見たか? 現時点で俺の食費3日分はぶっ飛んでんだぞ……!」

「はあ? それくらい経費で落ちるわよ。みみっちいわねー」


犬猫のようにいがみ合う2人に視線をやったまま、ミシェルが先を指した。

「ほら、あたし達のプレイルームはあっち。2人とも行くよ」



プレイルームはだだっ広い、黒の空間だった。プラネタリウムに似てはいるが、かなりの広さだ。

ゲームに必須なコントローラーもパネルもない。あるのはただ、ずらりと並んだ黒塗りのベッドだけだった。


そんな黒塗りのベッドは、ちょっと凝ったデザインをしていた。一見はローベッドのようだが、アクリルであろう天井板は滑らかな銀の装飾で固定されている。


「私達の知ってるゲームとは全然違うわね」とエレナ。


割り振られたベッドに横になったエレナは、同じく横になるミシェルと目を交わし、互いにしっかり頷く。

エレナはちらとロレンツォを見た。

ふと視線が合って、ロレンツォが犬のように威嚇の歯を見せる。駐車料金が気になって仕方がないのだろう。それがなんだかおかしくて、エレナはちょっと笑ったのだった。


黒いベッドで横になってすぐのこと。


〔みなさん! こ~んに~ちは~!〕

どこからか、酒をたらふく浴びたようなご機嫌なアナウンスが響いた。男性ラジオDJを彷彿とさせる緩急のある声音だ。

〔……。〕

響いて、アナウンスがピタリと黙り込む。返事を待つかのような息遣いに、エレナ達は見合った。これはお返事をしないと先に進まないフラグだ。

「こ……こ~んに~ち」

エレナ達のお返事にかぶせるように、ご機嫌な声が響く。

〔ハ~イ! しょぼいお返事ありがとうございま~す! 本日は夢幻ビルにお越しいただき、ま・こ・と・に・ありがとうございまぁす!〕


ふと、真っ黒い空間が明るくなった。まるでTV画面のように、一瞬にして風景が切り替わったのだ。


「……うそ!」

エレナは目の前に広がる、天国のような絶景に思わず声をあげた。



風になびく草原の香り。肌を撫ぜる風の感覚。そして、青空の解放感。

全画面が映画の世界になったというより、映画の世界にそのまま飛び込んだかのようだ。遠くの海が宝石のようにきらめいている。


心地よい海風に、エレナは思わず顔に手をやった。頬の感触、地面の踏み心地。全てがリアルそのものなのだ。

近くの草を千切ってみて、手を匂う。草はエフェクトのように消えたが、香りは心地よい緑の香りがした。

「すごい……これが次世代ゲーム夢幻……」

傍を流れる綺麗な川を覗きこむ。魚がちらほら泳ぎ、目を丸くする自分の姿が写り込んでいた。


(……っと、感心してる場合じゃないわね。ナディアはこのゲームで大変な思いをしたんだから)

エレナはさてとレンズであたりを視た。しかし何の変哲もない、綺麗な景色が映るだけだ。


エレナが一通りあたりを見渡した時だった。

「うわっなんだこれ……! どういう仕組みなんだ!?」

近くでロレンツォの素っ頓狂な声がした。苔の生えた岩をくぐると、ロレンツォが芝生に尻もちをついて、空にぽかんと口を開けている。

「エレナ!? どこにいるの!?」

ミシェルの切羽詰まった声がすぐそばで響く。エレナはここよと声をあげた。

やがて無事3人が落ちあったところで、目の前に金色に輝くメニューバーが現れた。


「ゲームをセレクトしてください……だって。ええと」

エレナが指をさすと、先のメニューバーが1種だけきらりと光る。


ミシェルが隣で軽く指を流す。

「日によってゲーム内容が変わるみたいだね。今日はキッズ向けゲームの日だって」


エレナはふむとゲームカレンダーをスライドさせた。ナディアが夢幻をプレイした日は、ホラーゲームの日と記載されている。

「……なるほど、じゃあキッズ向けしか選択できないわけね」

指先を軽くタップすると、また新たな世界が広がった。


今度はいかにもお子ちゃまが喜びそうな、一面スイーツの世界が広がった。

ペイントバケツをひっくり返したようなビビットの世界だ。ケーキの山にキャンディツリー、グミの岩にジュースの滝。

屋上遊園地のような幼稚な音楽と共に、胸焼けしそうなほど甘い香りがあたりに漂う。


3人は互いに見合い、目を丸くした。いつの間にか子供向け番組のような衣装に変わっていたのだ。

「なんだこりゃ! 一体全体、どういう技術なんだ?」とロレンツォが周囲に声をあげる。

ふと見たキャンディツリーには、チョコの実がぶら下がっていた。マシュマロの雲がながれ、遠くの街にはアイスクリームの城があった。子どもが見たら大興奮どころか発狂しそうなステージだ。


〔今日ご提供しますゲームはキッズ向けアクションとなりまぁす! さぁガンを拾って! 敵を狙ってくださいね~!〕

いうそばから、突然現れた可愛いヒヨコたちが現れ、ビビットピンクなペイントガンを手渡してくる。


〔それではゲームスタートでーす!〕


陽気なアナウンスとともに、どこからかファンファーレとクラッカーが鳴り響いた。


……・……


アクションとはいえ、キッズ向けは可愛いものだった。

可愛らしい動物をペイントガンで撃つと、色が変わって元気に去っていくというものだ。

ジュースの川は爽やかに冷たく、キャンディシュガーの砂場はざくざくとした砂の感覚が足にダイレクトに伝わる。

ロレンツォはグミの石を踏んで感心した。アラザン入りのグミが星のように光る。


「それにしてもリアルだな、この夢幻ってゲームは。まるで本当にお菓子の世界に入り込んだみたいだぜ」

ロレンツォはグミの石を踏み台にして、キャンディツリーにぶら下がったチョコの実を1つ手に取った。

ちょっと嗅いでみて、1口かじってみる。チョコの歯ごたえはあれど、風味はまるで煙のように消えた。なんとも不思議な世界だ。


ミシェルがボーロの石に足をとられつつ、エレナを見た。

「ねえエレナ、ここって……、あわわわ!」

言うやいなや足を滑らせ、とっさにキャンディツリーに手をつく。ツリーが揺れて、キャンディの雨がミシェルに降りそそいだ。


ロレンツォはその様子にちょっと笑った。ミシェルはものすごいノーコンなのだ。ペイントガンはことごとくスカで、あらぬ方向に走ったり、平地で盛大に足を滑らせる。しっかり者のミシェルの意外な一面だった。

「おいおい、大丈夫かよ?」

ロレンツォの手をとったミシェルは、軽く頭を振ってエレナを見た。ロレンツォもふとエレナを見る。


エレナは自分の手をじっと見ていた。握って開いて、真剣な面持ちで顔を上げる。

「……やっぱり。これは【思考転写型伝送機】ね。そりゃレンズでもはっきり視えないわけだわ」

さらりと解説するエレナに、ロレンツォは首をかしげてミシェルを見た。ミシェルはエレナに同感のようで、大きく頷き返す。


ロレンツォが高級レストランのメニューを訊ねる貧乏人ように、エレナ達にふった。

「その……思考転写型……なに? 何だそれ??」と。


ミシェルがエレナの代わりに告げた。

「【思考転写型伝送機】。原理としてはマトリックス方式投影型に近いけど、従来のビフェニール系LCDとまったく異なる地球外技術だよ。要は霊体を引きずり出して、夢の中のような体験をさせる投影機さ。エイリアンがアブダクションによく使う、いわば最新型の催眠術だ。

つまり、今のあたし達は霊体だけの存在なんだよ。肉体はベッドで眠ったままさ。霊体にダメージを受けると下手すりゃ廃人だ、そんな技術をゲームにするだなんてとんでもないことだよ」


訝しむロレンツォに、隣で腕を組むエレナが静かに告げた。

「過去に似たような事件をいくつか解決したことがあるわ。もしこんなゲームが世に出回ったら、たくさんの被害が出るだけじゃすまない。……断固阻止しないと」

エレナは言って、背後に飛ぶヒヨコを見ずに撃ち落とした。

「【思考転写型伝送機】は投影機だから、ステージ内のどこかにあるはずよ。発見次第ぶっ壊すわよ!」



……・……


フルーツの丘を越えたエレナ達は、ポップなアイスクリームの城を見下ろした。

エレナがうんと先をみて、指をさす。

「……あそこ! アイスクリーム城のてっぺん、あれが思考転写型伝送機よ」


【思考転写型伝送機】は真っ黒い四角だった。

ロレンツォはそれをどう表現したらいいかわからなかった。あれはなんだ? としか言いようがなかった。

【思考転写型伝送機】は黒い四角から次々と黒い四角が出ては消えを繰り返している。そして遠近感がつかめないほど黒い。まるで世界に空いた穴のようだった。


目のいいミシェルがふと目を細めた。

「んん? ……アイスクリーム城の入り口に、何か看板があるね」


ミシェルが指す先、アイスクリームの城の桟橋に小ぶりの看板が立ててあった。

エレナ達は大きな板チョコをスノボにして、生クリームの下り坂を流れるように滑っていく。あっというまに看板にたどり着いた一行は、さてと看板を見た。

看板にはこうあった。

〔現在開発中。体験版はここまでです。ゲームを終了する場合は、ペイントガンのスイッチをオフにしてください〕


よくみればあちこちに同じ看板があった。一同さてと見合った。見合って、アイスクリーム城に1歩踏み込もうとするも、その場に足を落とす。また踏み込もうも、まるで見えない壁に押し出された。


「うーん、この先に【思考転写型伝送機】があるのに、これじゃたどり着けないわ」とエレナ。

ミシェルも隣で腕を組んだ。

「まるでゲームの不可侵領域だね。【思考転写型伝送機】は起動中に壊さないと、石と全く見分けがつかないのに。困ったな……」


「へー、まるで見えない壁だな」とロレンツォがふと、アーモンドチョコの小石を拾う。

それとなく見えない壁に投げてみると、小石は普通に通り抜けて転がっていった。ロレンツォはふとして、次はブッシュドノエルの足元に生えたキノコを投げ入れる。

キノコも同じく通り抜け、ロレンツォの頭上に豆電球が光った。



エレナはふとロレンツォを見た。ロレンツォは桟橋の船からアンカーロープを模した紐状のグミを回収し、船乗りのように両肩に担いでいる。

エレナ達は何事かと、ぶっとい紐グミを担ぐロレンツォを見た。


「ちょっと待ってろよ」

ロレンツォが言ってその場に座り込み、紐グミであっというまにネットを編んでいく。


「……急に編み物だなんて、いよいよ気でも狂ったかな」とミシェル。

エレナは感心にロレンツォの手元を見ていた。「わお、すごくいい手際! で、何してるの?」


ロレンツォは紐グミでできたネットの端をキャンディツリーに括り付け、もう一方も離れのキャンディツリーに括り付けた。

「見えない壁はプレイヤーは入れない。でも小物は通りぬけてたんだ。だから……」

そしてバスケットボールほどの大きなキャンディを抱え、一言。

「これを【思考転写型伝送機】に向けて、パチンコみたいに飛ばしてみたらどうだ?」



「……せーのっ!!」

キャンディ・パチンコ1発目。思いのほか飛んだものの、軌道は大きくそれた。

「わお! いけるかも!」とエレナ。


〔えっ……あ! お客様~! そちらは開発中ゾーンにつき、悪戯はおやめくださぁい!〕

響くアナウンスを無視し、2発目のキャンディを抱えたエレナがグミネットにセットする。

そして3人で思い切りに引っ張った。


「……せーーのっ!!」

2発目。惜しい!

【思考転写型伝送機】の真横を通り過ぎて、さらにその向こうで何かの破壊音が響いた。

「コツがいるね、でも次こそは!」とミシェル



〔おいお客様てめえ! 何しやがる! おい誰か電源落とせ早く!〕

響くアナウンスを無視し、3発目のキャンディを思い切りに引っ張って……

「……せーーーのっ!!」

ビンゴ!

【思考転写型伝送機】にヒットしたその瞬間、電灯が消えたかのように世界が暗くなった。



遊園地のような音楽は狂った音階を響かせ、遠くへ投げたように消え失せていく。

それと同時に世界が真っ暗になり、上下が分からなくなる。墨のような突風が唸り声をあげていた。


【思考転写型伝送機】が壊れたのだ。

ゲームが終了したことを感じたエレナだが、まるで地獄に落ちていくような感覚にあたりを見渡す。

(ミシェル?! センセー?! どこにいるの?!)

ふと、右手に温かさを感じた。優しい誰かの手が、エレナの手をきゅうと握る。まるで大丈夫だよと言うようだった。

エレナはなぜか思い出したかのように泣きたくなった。だけどその手の名前がわからない。でも、とても懐かしい手なのだ。


産声のような自分の声が、遠く消えていった……


……・……


爆睡中にプールに投げ落とされたかのように、エレナはもがきまま目を覚ました。


真っ黒い空間のプレイルームで最初に目に入ったのは、両手をつき朦朧に頭を振るロレンツォだった。

その次に、なんとか体を起こすミシェルを見る。

エレナはバクつく心臓をおさえるように深呼吸し一息、上半身を起こした。まるで長時間泳いでいたかのように、体がだるく重い。

(ゲームから目が覚めたのね……!)


ミシェルがよろめきに立ち上がり、2人を見て顎でふった。

「あそこ、思考転写型伝送機っ!」


ミシェルのふる先、天板の飾りかと思っていた丸い何かが、4つのプロペラをまわしつつふわりと天井から外れる。

以前TVで観たことがある〔ドーロン(自立飛行無人機)〕だ。


同時、あっという間もなく奥の窓が口を開き、思考転写型伝送機を乗せたドーロンは飛び出していった。

一同、同時に叫ぶ。

「あーっ! 逃げた!!」


その時、プレイルームのドアが大きく開け放たれた。


いかにも極道の筋の黒服達が銃を片手になだれ込み、エレナ達を取り囲む。

「伝送機をぶっ壊しやがって……お前らどこの組のモンだ! ぶっ殺してやらあ!!」


とっさに盾となったロレンツォを押しのけ、エレナがゆったりと三段警棒を抜き、ミシェルが日本刀を静かに引き抜く。

「ぶっ殺すですって! こわあ~い」と、わざとらしくエレナ。

ミシェルは慣れたように小首をかしげた。

「命の危機を感じる台詞だよね、ということは抵抗しても正当防衛だ」


ロレンツォはまさかとまばたきひとつ。

「……おい、お前らまさか」


そのまさかだった。

ロレンツォが言い終える前に飛び掛かったエイリアン・バスターズに、極道たちは次々と膝をつき、あっというまに床に倒れ込む。

ロレンツォはやっちまったと言うように頭をかかえた。最後の1人を蹴り飛ばしたエレナが、ポニーテールを揺らして振り返る。


「さあ、すぐにドーロンを追うわよ。ここで逃げられたら元の木阿弥だわ!」


……・……


ロレンツォは、矢のように非常階段を下るエレナに声を投げた。

「おいっ、さっきの暴力は……」

「正当防衛!」

エレナはウィンクまま言って、非常階段の上からミシェルと飛び降りるように駆け下りていく。

遠くでエレナ達を追う物騒な怒号が飛び交っている。ロレンツォは夢なら冷めてくれと心から思った。昔観た日本ヤクザ映画のカチコミそのものだ。見つかったらハラキリものだと。


流れるように駆け下りたエレナは、1階ロビーの階段出口で両手を広げるポーター(案内係)を見た。

「お客様、こちら危険ですので……」


エレナは流れるように腰元の三段警棒を抜き、ポーター(案内係)を殴り飛ばす。白い歯が飛び、エレナはポーター(案内係)を踏み台に夢幻ビルを飛び出した。


「おま……ッ!?!」

その瞬間をばっちり見たロレンツォが蒼白にエレナの背に吠える。

「おまっまっままま待てぇえコラーッ!! 今のは正当防衛じゃないだろ!」

自分でも驚くほどの素っ頓狂な声だった。


エレナがうんと空を見上げる。黒いドーロンはのんびりと繁華街へと向かっていた。


「ミシェル! 追手をお願い!」

エレナの声にミシェルが頷き日本刀を抜く。ミシェルは夢幻ビルの入り口前で、大きく鞘を回して黒服達をひとなぎした。


「あとで合流ね!」

エレナは指示するようにミシェルを指し、繁華街へと駆けて行ったのだった。


……・……


子どもの頃、ミシェルと空飛ぶヘリコプターを追いかけたことがある。決まって見失って、遠くなるヘリの音を聞いていたものだ。

だけど今回は、見失うわけにはいかなかった。


エレナは人込みを縫うように駆けていた。空のドーロンはバルーンのように遠い。

やがて街並みが赤と黄色へ変わっていく。スパイス特有の不思議な香りが漂い、大きな石壁や色鮮やかな布や飾りがあちこちに張り巡らされていた。セイロの湯気が街化粧をし、鈴の音が飛び交う中国語に混ざる。


チャイナタウンの門前町だと気付いたエレナは、さらに増えた人込みや観光客に立往生せざるをえなかった。押せば倍返しに押し返され、大きく尻もちをつく。ふわついたドーロンが、赤色の建物にかくれ見えなくなった。

(くそっ見失っちゃう!)


その時だった。

「警察だー! 道を開けろ!」


振り返ると、いつの間にか追いついたロレンツォが手帳らしきものを掲げていた。

それが警察手帳に色合いが似ただけの免許証ケースとわかったのはエレナだけだろう。とたん人込みが割れて道が大きく開かれる。


ロレンツォがエレナの手をとる。

「もうギブアップか? 部長サン」

「……やるじゃん、センセ!」

駆けだした2人は、チャイナタウンを矢のように駆ける。

やがてごった返した人がまばらになった頃、見失ったドーロンがちらりと見えた。だいぶ遠ざかってゴマ粒サイズだ。


「あれか!」とロレンツォが空に吠える。

しかしドーロンはチャイナタウンの大通りを大きく逸れ、またしても見失ってしまった。


エレナはその瞬間、勢いが切れた。両ひざに手をやり肩で息をする。肺が痛いほど熱かった。大きく一呼吸、唾をのみ込んで顔をあげる。

「センセ、ありがと。……ここからは、1人でも大丈夫。先に車に戻ってて」

言って唾をのみ、いかにも中華街でございな建物の隙間の、狭く小汚いスペースを見た。

エレナが呼吸を整える。流れるように室外機や壊れた植木鉢を踏み越え、小汚いブロック塀に飛び乗った。

ロレンツォの声がきこえたが、エレナは構わなかった。パルクールまま雨よけから室外機に飛び移り、大きく飛んで倉庫の屋根に飛び移る。



屋根の上はチャイナタウンが大きく見渡せた。風にはためく原色の布はまるで波のようだ。

水平線遠く、ドーロンがのんびり浮かんでいるのが見える。


エレナは屋根から屋根、塀から塀へと飛び移り、あっという間に裏路地に踊り出た。大きく呼吸を整えたエレナが顔をあげる。


鮮やかな赤色のチャイナタウンはそこにはなかった。灰色一色のコンクリートと小汚い看板、壊れた機械やゴミ箱まみれの薄暗い裏路地は、観光客を寄せ付けぬ闇が伺える。

先を飛ぶドーロンの位置がぐんと下がったことにエレナはしめたと駆けだした。

(ドーロンの行く先に親玉がいるはず。逃がしゃしないわ!)


エレナが薄暗い裏路地を抜け、通りに出ようとした時の事だった。曲がり入ってきたチンピラたちに大きく肩を当てられる。

狙いすましたチンピラがエレナの手を掴んだ。

「ヒュウ! 待てやお嬢ちゃん!」

エレナが舌打ちひとつ、じろりとチンピラを睨みつける。


「おっめちゃくちゃ可愛いじゃん! 今ので怪我したから看病ちてよォ~」

チンピラのふざけた甘え声と嘲笑に構わず、エレナが掴まれた腕を軸にくるりと回り、チンピラの頭に踵を落とした。

白目を剥くチンピラが倒れるより先に、綺麗に着地したエレナが三段警棒を抜き構える。その間、ほんの1秒だった。


チンピラ達の嘲笑がどよめき、怒号にかわった。

「……の女!」

一斉に殴りかかるチンピラをボクサーのように身をかわし、エレナは次々と警棒でどつきまわした。

警棒を後ろ手に持ち替え、背後から飛び掛かる1人のみぞおちに1発。勢いまま金的し、大きく回し蹴る。まるで風のようだった。


「手間とらせないでよね」

ぶっ倒れたチンピラたちに吐き捨てたエレナは、ふと振り返って目を丸くした。

「……え! よくついてこれたわね、センセ!」


いつの間に追いついたのか、ロレンツォは加勢する間もなく終わった喧嘩に拳を降ろした。力抜けに肩を落とす。

「……お前なぁ、気が短すぎだろ」


エレナはその様子に感心まま、ロレンツォの頭のてっぺんからつま先まで見た。ロレンツォはあの踏み場もない薄暗いスペースを追いかけてきたのだ。なにより、あの激走からここまでさほど呼吸が乱れていない事が驚きだった。

「……ええ? センセ、ワープでもしたの?」

「ランタイム10km28分なめんなよ。それよりお前な……! やたらめったらケンカを売るな。ここいらは物騒なんだ、こいつらがギャングやチームの奴らだったらどうする気だ!」


それにエレナが腰に手をやって、得意げに目を細めた。

「べっつに。私はエレナ・モーガンよ、逃げも隠れもしないわ」

言ってくるりと踵を返し、チンピラのポケットから鍵を抜く。「あなたのバイク、おさわり代として借りるわよ」


有無を言わさぬその声音に、チンピラたちは頷くしかできなかった。


……・……


おちていく夕日を背に、2人を乗せたバイクがドーロンを追う。

ビル街の大通りを抜けてからどれだけ走っただろう。歓楽街はどんどん数を減らし、やがて小さな工場や空き地が目立つようになっていた。

スピードもあって、ドーロンはどんどん近くなっていく。ロレンツォがその先に目を細めた。

目の前に広がる大きな海と、遠くの入江に添う工場らしきものが見える。廃墟となった造船所だろうか、遠目でも大きい機械が茶色に錆付いているのがわかった。


「ったく、学園サボるわ暴行するわバイク奪うわ……そりゃ歴代顧問が辞めるのも無理ないぜ」

ハンドルを握るロレンツォがうんざりに首をふる。

ロレンツォに腕を回すエレナは、落ちないようにぎゅうと抱き着き先を見た。

「いい感じ! この調子で距離をつめていきましょ、バイクを借りて大正解ね!」


反応はなかった。怒ったのか、ロレンツォはだんまりだ。

「センセ?」

ロレンツォは背に押し付けられた胸のボリュームに全神経が集中していた。エレナの呼び声に払拭するよう意識をそらす。

「………なんだよ」と。


いかにも集中してましたの声に、エレナが気付きにんまり笑う。今度はわざと、胸を押し付けてやった。

「がんばるわんわんにはご褒美あげなきゃね~」

言って、ちょっと離し、また遠慮なくロレンツォの背に押しつける。


それにロレンツォのヘルメットがちょっと揺れた。

「こらお前、わざとやってるだろ……!」

エレナはくすぐったげに笑ってみせた。「センセーってば緊張しちゃって可愛い~!」


「……くそ、エロガキめ」

言って、うんとスピードを上げたロレンツォに、エレナが声をあげてはしゃいだ。風に髪がなびく。大きな背に頭を預けたエレナは、ご機嫌に風を感じたのだった。



やがてドーロンはゆっくり下降していき、廃墟となった造船所へと消えていく。

それを見送り、ロレンツォ達は廃墟となった造船所入口にバイクを停めた。


岩と草に埋もれたボロい看板を見て、ロレンツォが顎をつまむ。

綿津見造船(わたつみぞうせん)か……随分と大きい廃墟だ、日本の企業だったみたいだな」

大きな門の遠い奥には、いかにも造船所の名残がありありと残っていた。


「ドーロンはこの奥ね」

エレナが大きな門に手をかけ言った。「見たところ裏門のようだけど」

裏門とはいえセリオン学園のそれよりずっと大きく、閉ざした姿はまるで監獄のようだ。

しかし長年放置されているのだろう、すっかり錆びついた門は非常に脆かった。ちょっと蹴っただけで、門はチョコクッキーのように折れて地面に転がる。


沈みゆく夕日が熱かった。

ミシェルとの通信を終えたエレナは、さてと三段警棒を抜いた。

「ミシェルはうまく撒けたみたい。合流に時間がかかるから、先に単独突入するわ」


「おいおい、今度は不法侵入かよ……」とうんざりにロレンツォ。

エレナはポニーテールをぷりんと揺らし振り返る。

「さっきのドーロン見たでしょ? 降りた先に誰かがいるわけよ。あのドーロンには人間に悪影響を及ぼす機械が搭載されているわ。何のためかしら?」


「そりゃ……」

ロレンツォは言いよどむ。

エレナはそれを待っていましたと言わんばかりに言い繋いだ。

「そう、世間を揺るがす犯罪者……ううん、それとも国家転覆を謀るテロリストかも……? なんにせよ大変! エイリアン・バスターズとして……いいえ、人として! 街の不正は見過ごせないわよね~」

言いもって門をくぐる。

「……というわけで入っていいのよ。センセーはミシェルが来るまでそこでステイ(待て)ね」


ロレンツォが呆れに、エレナに続いて門をくぐった。

「政界を揺るがす暗殺者~国家転覆を謀るテロリスト~、だって? け、口達者め。なおのことガキ一人で行かせられるかよ」


当然のようについてくる気のロレンツォに、エレナはちょっと感心した。歴代顧問はこういう時、勝手に警察を呼んだり、保身のために騒ぎ立てたりしていたからだ。

「もう。犬のお散歩じゃないんだからさ~」

エレナは歌うように言って先を行った。


廃墟となった〔綿津見造船〕は、エレナ達を静かに受け入れたのだった。


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