2-4:連続少女殺人事件
就任して早々警察沙汰になったロレンツォは、学園長室の扉を閉め大きくため息をついた。
朝を歌う小鳥達を焼き鳥にして食ってやりたい気分だった。
「お疲れ様、セーンセ」
エレナは軽く言って、その背を叩く。
ロレンツォはゾンビのように頭をもたげ、じっとりとエレナを睨みつけた。
「顧問がどんどん辞めていくわけだ……。エイリアン・バスターズだか何だか知らないが、
お前らの活動のせいで、俺はこれから聖イルミナ医院で行われる司法解剖の確認に行かなくちゃいけないんだぞ……」
それにエレナは胸を張って頷いた。
「言っとくけどうちの活動はこんなの日常茶飯事だから。私も行くわ。リーダーだしね」
そういって、当然のごとく下靴を履き始める。
ロレンツォがそうはさせまいと、子猫を捕まえる親猫のようにエレナの襟首をつかんだ。
「授業をサボろうったってそうはいくか。生徒のお前はしっかり授業を受けるんだよ、ったく……」
ちょうどその時、学園長室から学園長がおずおずと顔をのぞかせた。
「エレナさんも、その、ご一緒に行かれるんですか……?」と。
ご機嫌を伺うような学園長の声色に、ロレンツォが目を丸くする。さっきまで学園長は、やれしっかり監視しろだの大声で怒鳴りつけまくっていたというのに。
エレナは凛と微笑み返す。
「ええ、学園長。これは部長である私の責任ですから、あまりパッツィーニ先生を諌めないでくださいね」
そのいかにもお嬢様な声音にロレンツォは二度見した。なんとも外面のいいことだ。
学園長はまるでからくり人形のように、へこへこと腰低く頷いている。小鳥の羽ばたきのように可愛く手をひらつかせ、取り繕った笑顔を返した。
「ええ、ええ! もちろんですとも。どうぞお気をつけて、ね」
エレナはそれににっこり綺麗な笑顔を返し、何が起こったかわからない顔のロレンツォに腕を絡ませる。
「さ、行きましょ、センセ!」
そしてそのまま、黄金街道脇の駐車場までぐいぐい引っ張っていったのだった。
……・……
第一発見者として聖イルミナ医院の司法解剖へと足を運んだエレナとロレンツォは、地下の検視室へと案内された。
まるで屠殺場のようなそこは 学園食堂ほどの広さがあった。しかし食堂のようなあたたかみは一切なく、壁一面ステンレス製で、冷蔵庫のようにひんやりとしている。タイル床の排水溝まで清掃が行き渡っているが、空気はどこか重苦しかった。
「なんだかホラーゲームに出てきそうな場所ね」とエレナ。
ロレンツォは興味津々にあちこち見渡していた。
「聖イルミナ医院の検視なんて、なかなかお目にかかれないぞ」
エレナはロレンツォの横顔を見て、ふうんと頷いた。さすが元研究員というか、ロレンツォの様子はつい昨日まで白衣を着ていたかのようだ。
待つことしばらく。ふと奥のエレベーターの昇降ランプがつき、1人の刑事が現れた。
「第一発見者が学生ときいてまさかとは思ってたが、ま~たお前か! エレナ。モーガン!」
刑事は開口一番、万引き娘に叱咤するように言って、ちらりと隣のロレンツォを見た。見て、驚きに目を丸くする。
ロレンツォも大仰天に刑事を見た。
「えっ、おっちゃん?」
おっちゃんこと刑事は顔を紙のようにクシャつかせ、ロレンツォの肩や腕をばんばん叩いていた。
「おお、エンツォ! まさかお前にここで会うとはな。第一発見者だって? このヤマはやめとけ、殉職した親父さんの二の舞になるぞ」
ちなみにエンツォとはロレンツォの愛称である。その親し気なテンションに驚いたエレナが、2人を交互に見上げた。
「2人とも、知り合いなの?」
「ああ、親父の同僚さんだ。ガキの頃から世話になってる」
間に割って入るように、刑事は下品な笑い声を響かせた。
「鼻タレのガキがもう毛まみれだ、女はできたか? おお? じゃじゃ馬エイリアン・バスターズの顧問なら、おちおち女もできやしねえか!」
刑事は言いもって財布から紙幣を抜き、エレナにずいと押し付ける。
「おう。外の喫茶店で待ってな。おっちゃん達はちょっくら話があるんだ」
エレナがちょっとムッとして、ずいと1歩前に出る。
「ちょっと。私がリーダーなんだけど? センセーは付き添い」
ロレンツォが「んなわけあるか」と口をつく前に、刑事は年期の入った目でじっとエレナを見た。
「ここから先は大人の話だ。ガキはおんもでオレンジジュースでも飲んでろ」
てっきり言い返すかと思っていたが、意外にもエレナは大人しくそれに従った。
といっても不機嫌丸出しに紙幣をひったくって、出ていきがてらベェッと舌を見せてはいたが。
エレナを見送って、刑事はさてとロレンツォに向き直った。
さっきまでの朗らかな様子はなく、どこか影を感じる目でロレンツォを見る。やおら口火を切ったのは刑事の方だった。
「……今回の事件も含め、警察は【連続少女殺人事件】と認識しているが、遺体はろくな調査もなくイルミナ生命工学研究所に送られるそうだ。警察もハナからお前らを重要参考人だなんて思っちゃいない、居合わせただけの民間人ってことは上もわかってる。司法解剖ってのもこの通り、警察医や立ち合いもない名前だけのおざなりなもんよ」
ロレンツォは一度頷いて、伺うように呟いた。
「【連続少女殺人事件】……連続ってことは、他にも被害者がいるってのか?」
「ああ。報道規制されてるが、この仏さんが見つかるのは今回が初めてじゃない。鑑識の奴にきいたんだが、いずれもDNAが同じクローンだそうだ。だがお上もダンマリときた」
それにロレンツォはぞっとした。少女のクローンがいくつも見つかっているだなんて、不気味どころか常軌を逸している事件だ。
刑事はそばの机に腰をあずけ、合いの手を打つように続けた。
「北条家虐殺事件を覚えてるか? 1年前に突如動いた闇の事件よ、あれも裏で手が回ってたって噂がある。
今回の【連続少女殺人事件】も、あれに似たニオイがぷんぷんするぜ。
俺もこの事件を追ってたんだがな、いささか首を突っ込みすぎた。今月末で地方に飛ばされることになったんだ。飛ばされるだけで済んでよかったぜ」
「そんな……!」
愕然と首を振るロレンツォに、刑事はうんと顔をくしゃつかせて肩を組んでやる。
「あいつらエイリアン・バスターズはとんだ悪女集団だぞ、法の及ばぬヤバいとこまで平気で首をつっこんでいきやがる。
消された輩は数知れず、警察だって何度煮え湯を飲まされたかわからねえ。
悪いことは言わねえ、引き返せるうちにとっとと辞めとけ。エンツォに何かあったら、親父さんに顔向けできねえよ」
……・……
エレベーターがゆっくりと昇っていく。
刑事のおっちゃんの言葉を振り払うように、ロレンツォは頭を振った。
こういう時に、親父ならどうしていただろうかと考える。答えがでる前に、エレベーターのドアが開いた。
ロレンツォはロビーであたりを大きく見渡した。ガラスを隔てた外で、エレナが誰かと通話をしている。
エレナがふと気付き、いつもの様子でロレンツォにちょちょいと手招きした。
「OKミシェル。じゃあ現場で」
エレナはご機嫌に言って通話を終え、ロレンツォににんまり笑顔を向けた。
「で、刑事さんは何て?」
エレナは駐車場へ歩きもって、さてとロレンツォを横目見た。
ロレンツォはやや周囲を伺った。まるで麻薬中毒者のように、辛抱溜まらん顔でエレナを見る。
「お前な、エイリアン・バスターズだかなんだか知らないけど、ちょっと活動を慎めよ。とんでもない事になってるじゃないか」
エレナはつまらなげに溜息一つ。ロレンツォの車の前で、やれと腰に手をやった。
「その様子だと、やっぱりあの死体も連続少女殺人事件の被害者だったのね。私達があの死体を見つけるのは今回で3度目よ。いずれもエイリアンが関わった殺人だわ」
その言葉にロレンツォが言葉を失う。エレナは百も承知に続けた。
「そもそも警察は人間用の行政機関だから動けないのよ、エイリアン系はもっぱら国防総省の管轄だもの。
でも軍人じゃなく刑事が来たってことは、軍部もまだそこまでこの事件に注視してないのかもね……来て損した」
ロレンツォは愕然と顎が落ちた。ちょっと硬直して、やっと「……マジかよ」と漏らし、頭をかかえる。
エレナは一笑に付し、ロレンツォの鼻先を指でツンとひとつ。
「それよりセンセ、今度こそグレムリンの巣が特定できたわ。ミシェル達はもう現場付近で待機してる。早く行きましょ!」
ロレンツォは「お前な」と言うも、その先が思いつかない。
溜息と共に「……そりゃ、顧問がどんどん辞めていくわけだ」とげんなりに呟いたのだっだ。