読切:青の中心命題(1)
それは、真夜中のことだった。
自作のラジオが雑音を流し、ふと断ったかのように静まり返る。
妙な沈黙に僕は首を傾げ、ラジオのツマミをひねった。
「あ、あれ……? ち、チャンネルが変わらないな……」
帯電反応でもしたのかと思ったけど、ラジオは続けてこう言ったんだ。
『……おいオマエ、ヨの声が聞こえるか?』
……・……
放課後の部室では、深煎りコーヒーの香りが漂っていた。
カップは2つ。1つはロレンツォ、もう1つは今回の依頼人アレッサンドロにあった。
ロレンツォはコーヒーを一口、ちらとアレッサンドロを見た。
対面のアレッサンドロは、茹ですぎた肉のような肌色だ。巨躯の割に手足は細く、髪もぼさぼさで清潔感が裸足で逃げたようなナリをしている。挙句、爪を噛んでは独り言ちるように話すのだ。他校の生徒とは聞いていたが、アクティブでないことは見てとれた。
そんなアレッサンドロとロレンツォの間には、1つの自作ラジオがあった。アレッサンドロいわく、このラジオが語りかけてくるという。
ロレンツォはさわりだけ聞いて、自作のラジオとやらに目を落とした。なんてことない、普通の日本製のラジオだ。
廊下では、エレナ達が賑やかにお喋りをしていた。スリガラスごしにエレナのポニーテールが揺れる。
「いいでしょこのリボン、アンヴェガのデザインなのよ」
「あら、お上品ですわね。さすが歌姫アンヴェガさん、素敵な監修ですわ」
おっとりと桜蘭が笑い、その隣でミシェルが大きく頷いた。
「うんうん、エレナは何をつけても可愛いね」
そんな賑やかな廊下に向かって、ロレンツォが声を投げる。
「おーい、もうちょっと声をおとしてくれ」
それに声が鎮まるのも一瞬で、ささやかな耳打ちと小さな笑い声が続く。
ロレンツォはやれやれと腕を組んだ。
「ええと、アレッサンドロくん。いきなりラジオが鳴らなくなったっていってもな、廃品寄せ集めの自作ラジオなんだろ?
ラジオの近くに無線LANのモデムとか置いてないか? ラジオは弱い電流でも受信するから、帯電程度でも音が鳴ったりするんだよ」
それに突如、アレッサンドロが振り千切ったかのように声を荒げ立ち上がった。
「ほ、他の無線機器は受信しなかったしッ!! 送信機を特定しようと新型測定器の高感度レシーバを使ってもむ、っ無理だったから!」
感情あらわの様子に、ロレンツォがあっけに目を丸くする。小学生の頃、クラスにこういう奴が1人いたなとか思いながら。
アレッサンドロは興奮まま足を鳴らし、背を丸め裏声まま歯を食いしばった。
「だからッどうしてひどいことをいうッ! レディオはいる! わ、笑うなーッ!」
ロレンツォは強盗をなだめるかのように、及び腰に両手を前にやった。
「お、おお。落ち着けアレッサンドロ。俺が悪かった。頑張ったんだな、よくわかるよ」と。
丁度その時だった。勢いよく部室のドアが開かれ、いかにもご機嫌斜めのエレナがアレッサンドロに詰め寄る。
「ちょっと。うちのわんわんをいじめていいのは私達だけなんだけど?」
襟首を掴む勢いで吠えたエレナが、あからさまな営業スマイルに切り替わる。そして、指先をこめかみでくるつかせた。
「ラジオが話しかけてくるって、病院には行った?」
廊下では、桜蘭が高そうな扇子で口元を隠していた。アレッサンドロに向けられたその目は、まるでゴキブリを見るかのようだ。
「個性的なお声ですわね……。私、少々用事を思い出しましたので失礼しますわ」
桜蘭はそう吐き捨て、とっとと部室を後にした。
「桜蘭は相変わらずヒトを選ぶね」
桜蘭を見送ったミシェルが言って、肩をすくめてアレッサンドロを見る。「ハンスの紹介とはいえ、相変わらず彼は交流のふり幅がすごい」
そんなエレナ達を廊下に出したロレンツォが、ドアの両縁に大きく手をやり言い抑えた。
「あのな、お前ら。アレッサンドロくんは女子が苦手だって言ったろ? 廊下で大人しくしてろ」
そう言って、手でシッシと追い払う。向き直って、慣れっこにソファに腰をおとした。「悪いな、じゃじゃ馬ばかりで。続けてくれないか?」
アレッサンドロは被害者意識丸出しに呼吸を整え、恐々とソファに座り直した。そして最初こそぽつぽつと、自作ラジオことレディオとの不思議な日々を語りはじめる。
「れ、レディオは、僕の大切な相棒なんだ……」
アレッサンドロはレディオとの日々を、一つずつかみしめるように語った。
レディオのお願いで外に出るきっかけを得たこと、引き籠り生活を脱したこと、バイトの面接を後押ししてくれたこと。
初めてレディオとコンタクトしたその日から、2人は日常を語り合い、時に笑い涙して、いつしかお互い無くてはならない存在となっていったのだ。
しかし穏やかな日常は、突如終わりを告げたらしい。
「……き、急に雑音が入るようになって、もう話すことはできないって……その日から、レディオはうんともすんとも話さなくなったんだ。ツマミをひねっても、ただ雑音が流れるだけ……」
話を聴き終えたロレンツォは、ふむと無精髭を親指で撫ぜた。
「……で、そこから音信不通ってわけか」と。
アレッサンドロはうなだれるように頷いた。
「レディオに、何かあったのかもしれない……で、でもどうしようもできなくて……バイト先のハンスに相談したんだ」
一通りの事情を聴いたエレナが、やおらドアを開けレンズを掲げる。
「ま、とにかく視てみないことにはね」
おだやかにゆらめく虹色の先……ラジオのロッドアンテナが、振動しているように視える。エレナは視もって、その伸縮ロッドアンテナを指先でつまんでみた。
「これが揺れて視えるわね、この……なに、金属の棒? あっ簡単にとれた」
ラジオを初めて触ったエレナだが、そのロッドアンテナはなんてことない金属の棒だった。「わ、あったかい。バターナイフみたいに熱が伝わりやすいんだ」
それにミシェルがエレナの手を覗き込み、ちょっと首を傾げる。
「ん? よくあるロッドアンテナじゃないよコレ」
ミシェルに振られ、ロレンツォが訝しげにアンテナを手に取った。
「ああ、言われてみれば確かに。クロムメッキ(水道蛇口やトイレパイプみたいな色)じゃないな。微妙に金色に近くて虹彩色がある。なんの金属だろう? 研究センターに行けば機械分析できるんだがなあ」
エレナがふと顔を上げた。
「ねえアレッサンドロくん、ラジオは手作りだって言ったわね。このロッドアンテナはどこで手に入れたの?」
アレッサンドロが飛び上がるように驚き、そそとロレンツォの背に隠れた。
耳打ちに頷いたロレンツォが代返する。「飼い犬が川辺で拾ってきたらしい」と。
エレナはアレッサンドロにやや呆れつつ、ロッドアンテナをペンのように回して見せた。
「アレッサンドロくん、これは地球外の文明の産物よ。あなたは幻聴じゃなく、はっきりと誰かと通信していたのね。でも、このままフェードアウトした方がお互いのためかもしれないわ。私たちは色んなケースをみてきた。似た案件で、相手が手のひらを反して大ごとになった事もあるんだから」
それに一瞬、アレッサンドロはためらった。ためらって、誓うように唇を結う。そして、決意ままにエレナを見た。
「……れ、レディオは大切な相棒なんだ。この目で無事を、確かめたい」
エイリアン・バスターズは静かに見合った。エレナが大きく頷き、アレッサンドロに向き直る。
「OK。今日の授業は昼までだし、これからラジオの発信源に向かいましょ。エイリアン・バスターズ、捜査開始よ!」




