1-2:グレムリン
「ハーイ、依頼人さん。エイリアン・バスターズよ。ハンスの紹介で、グレムリンの駆除に来たわ」
大きなポニーテールを揺らしたエレナは、開口一番そう言った。
ネオンに陰るゲームセンターの裏口で、店長が雷にうたれたような声をあげる。
「あーっ! 待ってました! 見てくださいこれこれ、昨日はなかったのに! 忌避剤もたっぷりと撒いているのですが!」
店長は大げさに両手を広げてみせ、エレナはチラとその足元を見た。
裏口の割れたレンガと錆びたフェンスの隙間には、兎が掘ったような穴がぽっかりと口を開けている。
あたりには小指ほどの真っ黒い糞がいくつか転がっていた。間違いなくグレムリンの名残だ。
「グレムリンがアーケードのコードを噛むせいで、修理費もばかになりません。どこにでも穴を開けて侵入するので、業者も不動産屋もお手上げで……」
ヨヨヨと涙を流す店長さておき、エレナは慣れたように現場の写真を撮って、手のひらをズイと差し出した。
「見積りより数が多いわ、追加料金」
それに店長は鼻をすすってから長財布を抜き、紙幣を全部抜いて差し出した。
「不足分はあとで請求してください。バイトも怖がって次々辞めてしまって、エイリアン・バスターズが最後の頼みの綱なんです。このままじゃ一家離散です、どうかお願いします!」
エレナは軽く受け取って、紙幣を胸ポケットに差し込んだ。
「OK。エイリアン・バスターズにまかせて」
……・……
ゲームセンターのネオンが闇に輝く。
ミシェルと桜蘭は、遊歩道挟んだ向かいの自然公園で待機していた。
生ぬるい夜風が肌を撫で、木々の葉ずれが内緒話でもしているように囁いている。
打ち合わせから戻ったエレナは、雨上がりのような湿っぽい空気に深呼吸して、黒い指抜きグローブをはめた。
「今日の案件は、夜のゲーセンでコードを食い荒らすエイリアン〔グレムリン〕の駆除よ。みんな準備はいい?」
黒いライダースーツに身を包み、髪をひとつに束ねた桜蘭がクロスボウをセットする。
「ええ。私はグレムリンの侵入口を固めますわ」
おっとりした昼間とは違い、研ぎ澄まされた刃のような目だ。
日本刀の鞘を撫でたミシェルは、サムライのように静かに頷いた。
「うん。あたしはグレムリンを誘導するね」
示し合わせたかのように、ゲーセンの電気が消え、〔Close〕の文字が下がる。従業員がちらほら出てしばらく、ゲーセンの裏方から店長が手招きした。
エレナは上機嫌に顎で先を指す。
「さあ、エイリアン・バスターズ出動よ」
エイリアン・バスターズは互いのインカムをチェックし、店長が手招く裏口からゲーセンへと消えていく。
その様子を自然公園の木陰で見つめる人影がいたことを、エレナ達は気付かなかった。
「……よし、きっとあのツンツン頭と合流するはずだ……」
人影はそう言って、こそこそとエイリアン・バスターズの後を追ったのだった。
……・……
暗闇に包まれたゲーセンは、まるで墓場のように静まり返っていた。
体育館ほどの広さのそこは、レトロ系から最新のゲームまで所狭しと連なっている。
エレナ達は物音ひとつたてず、シノビのように各所に身をひそめた。
やがて何かを引っかくような音に、エレナ達は静かに見交わした。音の先はクレーンゲームの陰からだ。
引っかく音は次第に大きくなり、ふと大きい猫ほどのシルエットが飛び出す。小さいカンガルーというか、マーラにも似たそれがチョロリと顔をのぞかせた。
暗い茶褐色のそれは、黒豆のような鼻先をヒクつかせ、素早く移動しては止まり、また素早く移動しては止まりを繰り返しながら、コードを器用に両手で挟む。そして、おいしそうに貪り始めた。
(紛うことなきグレムリンね)
アニマリアンげっ歯類のグレムリンは、外来特定動物だ。
機械の悪魔として知られるが、かつて某国で動物兵器目的として密輸され、そのまま地球で定着した種のひとつに過ぎない。
しかし軍事目的の改良のせいか、グレムリンはとても頑丈だ。感電しても平気だし、食欲も底なしでホウ酸も効かず、忌避剤すら食べつくす。
そして動物兵器の本能か、グレムリンは機械のコードが大好物だ。例にもれず、このグレムリンも次々とコードをかじっていた。
エレナ達は動かない。しばらくしてグレムリンがまた数匹現れ、あちこちのコードを次々と噛み始めても、じっと様子を伺っていた。
やがてグレムリンは敵がいないと判断したのか、陰の穴から次々と現れていく。
(2、4、6……群れは全部で11匹か)
その中に明らかに毛色の違う大きいグレムリンを確認したエレナは、ボウガンを構える桜蘭に手で合図した。
その瞬間、桜蘭が弾かれたようにクロスボウのトリガーを引く。針を音速で100発飛ばしたような音が、一気にゲーセンに響き渡った。
桜蘭が魔改造したクロスボウは、グレムリン10匹を難なく貫いた。毛色の違うボスが大仰天にUFOキャッチャーの陰穴に逃げ込もうとするも、桜蘭のボウガンは逃さない。
ボスグレムリンは溶岩を避けるかのように慌てふためき、大型クレーンゲームの通路へと闇雲に逃げまわった。そのスピードのなんと素早いこと!
「行って!」
エレナはミシェルに指示し、足元で呻くグレムリンを蹴って大きくかまえた。遠くでミシェルが追い込む音、ボスグレムリンが逃げ回る音が、広いゲーセンに反響する。
エレナはなめるように耳をすまし、三段警棒を握り直す。
経験からの予測では、ボスグレムリンは陰穴を目指し再び逃げ込んでくる。その瞬間にゲーセンのブレーカーを一気にあげ、怯んだ隙にこの警棒で叩きのめすのだ。
大きな爪音と、歯の隙間から漏らすような唸り声が返る。ミシェルの追い込みあって、反響音がうんと近くなった。
エレナは耳のインカムに指を当て、店長に繋げた。
「ゼロでブレーカーを上げて」
〔わ、わかりました〕
店長の緊張した声が返る。
「3……」
右側からクロスボウの音が響く。「ヂュウッ」と甲高い鳴き声と、足音が響いた。
「……2」
近くのメダル両替機に肉の塊がぶつかったような音が響く。そしてまた「ヂュウッ」。
地面を掻く音が近くなる。三段警棒を握る手に力がこもる。
「……1」
その瞬間だった。
「危ない!!」
エレナは陰から飛び出した声の主に、盛大なタックルと共に押し倒された。大きな影がエレナに覆いかぶさる。
同時、ゲーセンの電気が一斉に点灯し、耳がわれるほどの大音響をあげた。
「ヂュウッ!」
光と音に大仰天したボスグレムリンが、エレナの頭上に落ち、大慌てで逃げ去っていく。
(失敗した!)
エレナはタックルをかました人物を見た。くせっ毛の目立つくたびれた青年、ロレンツォ・パッツィーニが上半身を離す。
「何ボーッとしてんだ! あぶな……」
ロレンツォは言いかけふと、手元の大きくて柔らかい何かを見る。エレナの豊満な胸に、掴みきれず指が埋まっていた。
「わっごめ……」
慌てるロレンツォに、エレナは間髪入れず「邪魔!」とビンタで張り飛ばす。
すぐさま体勢を立て直すが、ゲーセンの大音響でボスグレムリンの足音はおろか、桜蘭の声すら聞こえない。
エレナは爆音のなか舌打ちひとつ、周囲を見渡した。うかつに動いてトラップのクロスボウをくらっては駆除どころではないのだ。
頬を押さえたロレンツォはそんなことつゆ知らず、立ち上がりもって服の埃をはらった。
「お前な、人がデカ鼠から助けてやったのに……」
エレナが弾けるように振り返る。その真剣な顔にロレンツォがたじろいだ。
「……なんだよ、文句でも」
「邪魔って言ってるでしょ!!」
エレナがロレンツォを大きく蹴り飛ばし、両手で思い切りに三段警棒を振った。
「ヂュウッ!!」
ロレンツォに飛びつこうとしたボスグレムリンが、エレナのホームランに大きくぶっ飛ぶ。
空中でクロスボウがボスグレムリンを貫き、ボスグレムリンはボールのように地面に転がり落ちた。
ボスを射抜かれたグレムリン達は、我先にと裏口から闇へ逃げ戻っていく。
その様子に度肝を抜いた店長が、エレナを見て抜け穴を見て、またエレナを見た。
「えっあの、グレムリンがいっぱい逃げてますけども!?」
エレナは軽く頷いた。
「グレムリンの巣を潰さない限り無限湧きよ。巣を特定して叩く。逃がしゃしないわ」
桜蘭は懐からデバイズを取り出して見せた。地図アプリの上を小さな光が移動していく。
「クロスボウの先に小型GPSを仕込んでおりますの。グレムリンの巣はこの先にありますわ」
「あーっ! さすがエイリアン・バスターズ……! ありがとう、ありがとう~! このご恩は忘れませんので!」
店長は心臓発作でもおこしたかのように膝をつき、よよよとエレナの足元に崩れる。
エレナは余裕の笑みまま、ちらとロレンツォを見た。
苦虫をミキサーにかけ一気飲みしたようなロレンツォの顔が、なんとも滑稽で思わず噴き出したのだった。
……・……
ささやかに点在する街頭が、スポットライトのように道を照らしていた。
エレナと桜蘭とミシェルは、「お疲れ~!」と大きくハイタッチを交わす。そして、年相応の小娘らしくはしゃぎあった。
「ごめんねー、最後に迷惑かけちゃって。ちょっとトラブルがあってさあ」
エレナは言って、ちらりとロレンツォを見る。
「かまいませんわ、エレナさん。先公なんざ頼りにならないビチ糞野郎の代名詞ですから」
と、おっとりに桜蘭。一切ロレンツォを見ないあたり、なかなかに黒い。
「とんだ邪魔が入ったね。いい迷惑だよ」とミシェル。じろりとロレンツォを見て、ツイと視線を逸らした。
ロレンツォはちょっと離れた駐車場のフェンスを背に、エイリアン・バスターズを恨みがましく睨んでいる。
裏目にでたとはいえ悪気はなかったし、むしろ助けようと思っての行動だったのに針のむしろだった。
だが、エレナ達のあとをつけて十分に利があった。ロレンツォは駆除の一部始終をポラロイドカメラにおさめていたのだ。
はしゃぐ3人に水をさすように、ロレンツォが声を投げる。
「おい! 写真、撮ったぞ」
ロレンツォはそう言って、印籠のようにポラロイド数枚を突き出した。
エレナは瞬きひとつ歩み寄り、腕を組んでポラロイドを凝視した。
グレムリンを退治するエレナ、クロスボウを撃つ桜蘭、日本刀を振り上げるミシェル、他にもなかなかいいアングルが数枚。
これがなんだというのだろう? エレナはまばたき一つ視線をあげた。
「で?」
「えっ」
てっきりエレナが腰を低くするものとふんでいたロレンツォは、軽い返事に言葉に詰まる。
エレナは棒立ちの困ったちゃんに目を細めて笑んだ。
「撮ってどうするの? センセ。専属カメラマン希望?」
ふと思い出したかのようにロレンツォがポラロイドを振り、ドヤ顔で言葉をつく。
「そりゃ……アレだ、未成年の深夜徘徊! おまけに動物虐待に、不正な金銭の回収! 学園や就職希望先に流れれば、お先真っ暗だぞ! 取り消してほしかったら、ツンツン頭に会わせるんだな!」
言ってやった! といわんばかりに、ロレンツォは荒々しく鼻息をならす。
そうとも、あのツンツン頭……散々俺を殴って便所に閉じ込めたどころか、接着剤で鍵を固定しやがったあのガキをとっちめてやるのだと。
しかしエレナはその言葉に、鳩が豆鉄砲をくらったように目を丸くし、とたん大きくふきだした。
組んでいた腕は腹を押さえ、腰を低くするどころか腹を抱えて笑う。
「なにそれ? ははははっ可愛い! ど~ぞご自由に」
桜蘭もお上品に口元に手を当て笑っている。ミシェルも肩透かしに笑いをこらえていた。
エレナは笑いすぎた涙を指でぬぐい、おかしげに息をつく。そして、腰に手をあてツンと見据えた。
「私はエレナ・モーガンよ。逃げも隠れもしないわ。吠える駄犬も叩き潰すまで」
愕然とするロレンツォに、エレナがずいと前に出た。そして上目使いに舌なめずりする。
その妖艶さに、ロレンツォはぞくりとした。
1年前の天使のような乙女はそこにはいなかった。この小娘は乙女なんかじゃない、魔性の小悪魔だ。
「ね、センセ。触り心地はどうだった?」
エレナは胸元をチラリと下げて見せた。
のぞく黒の派手な下着から溢れる胸に、ロレンツォが仰天に目をそらす。
「っバカお前……、年頃がそんな事いうな! 親が泣くぞ」
「もう、ネンネなんだから」
エレナは歌うように言って、踵を返した。ちらりと振り返りウィンクを飛ばす。チュッと可愛い投げキッスを追撃し、ひらひらと手を振った。
「バーイ。ワンちゃんは早く寝ンネちまちょうね~」
陽気に言って、桜蘭の手配した車に乗り込む。
「ックソガキめ、なめやがって! 俺は諦めないぞ、お前らただじゃおかないからな!」
ロレンツォはポラロイドを握りつぶし、車の背に吠えあげる。それもむなしく、テールランプは静かに夜の街へと溶けていった。
「今回は随分と頭の悪そうな副担任だね。ツンツン頭ってゴハンのことかな?」
ミシェルはロレンツォの声に呆れつつ、スマホを軽くスワイプした。
エレナがどれどれと画面をのぞき込む。グレムリンに仕込んだGPSは道なき道を流れていた。
「さーね。あ、暗渠にグレムリンの根城があるっぽいわね」とエレナ。
ミシェルはしっかりと頷いた。
「うん、順調に巣に戻っていくね。明日に行動履歴をまとめて巣の目星をつけよう」
桜蘭は世話役の明杰に耳打ちし、ふとエレナに向き直った。
「よろしいのですか? エレナさん」
「え、何が?」
桜蘭はさきほどの笑みは何処へやら、羽虫を見るような目でバックミラーを促した。
「あの先公の捨て台詞……今後のエイリアン・バスターズの活動に支障をきたしかねません。何よりマリア様の耳に入れば事ですわ。うちの組で適当にバラして豚の餌にしませんこと?」
氷のように冷たく、機械的な一言だった。口封じの一言に、ミシェルと明杰の眉がピクリと動く。準備はいつだって万端なのだ。
それにエレナは事ともせず軽く手をふった。
「ああ、いいのよ退屈してたし。ていうか~、犬みたいでけっこう可愛いじゃない? 気にいちゃったかも」
ミシェルが溜息ひとつ、やれやれと首をもたげる。
「そういってま~た適当な男子にちょっかいかけるんだから。マリア叔母さんにばれたら大変なんだよ、ごまかすあたしの身にもなってよね」
エレナは女王のように大きく足を組み、くだらなげに鼻で笑い返した。
「勝手に言わせときゃいいのよ。あのヒスババア、ぎゃあぎゃあ喚くしか能がないんだから」
一行を乗せた車は、きらびやかなビル街へと消えていった。