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MIB 2nd contact  作者: 光輝
■5話:マーフォークの卵
18/37

5-3:ハーデス製鉄所

水平線の境目が太陽に光る。

高橋に一旦別れを告げたエレナ達は、ハーデス製鉄所に向けて出発した。


助手席のエレナが新聞のように調査書を広げる。

「ハーデス製鉄所は廃炉とはいえ国有地、役人も金を握らされてるわ。息のかかった偉いさん方は、メルガー伯爵に定期的に身なりのいい男性を1人送りこんでるそうよ。役人潰しは桜蘭が、現場の流れはミシェルと高橋たちが担当してるわ。人質を解放次第そっちに向かうから。ま、いざとなったら脱出ルートを活用してね」


ロレンツォは渋い顔でエレナを横目見る。

「いきなりガブッて噛みついたりしてこないだろうな?」と。

エレナはふとして、少し寂し気に笑ってみせた。

「……大丈夫よ。わんわんなんだから、おつかい1つくらいできなきゃね?」



高速が大きく街をまたぐ。

遠くのビルがぐんぐん近付き、ビルの間を抜けては遠くなる。まるで空を飛んでるようだった。

やがて下降し、ビル郡立ち並ぶオフィス街を抜ける。そこからは比較的あっという間だった。ぽつぽつと空き地が増え、結構開けた場所が続き……やがてセリオン学園よりもずっとずっと大きな壁に到着する。


ナビは〔ハーデス製鉄所に到着しました〕と終了した。


「うわ~……思ってたより大きな壁ね、どうしてこんなに高いの?」

エレナは感心に声を上げる。こんな大きな壁は見た事がなかった。遠くの鳥が塵のように空に消える。


ロレンツォがやや頭を下げ、助手席側の窓から塀を見た。「ああ、鉄粉が飛ぶから環境配慮で塀が高いんだよ。植林もその一環だ」

周囲の植林は、植林というには野蛮だった。長年手付かずなのだろう、まるでジャングルだ。


目立たないジャングルの影にオンボロ車を潜ませた2人は、さてと見合った。

「……じゃ、行ってくる。とりあえずメルガー伯爵って奴に会って、適当に気を逸らして時間稼ぎすりゃいいんだろ?」


車から降りたエレナは大きく頷いた。

「そ。エイリアン・バスターズの活動も板についてきたわね。もうみんな配置についてるわ、私もあとで合流するから頑張って」

「部長サンも無茶するなよ」

「余裕よ。私を誰だと思ってるの?」


頷くロレンツォは緊張しているのか、なんとも落ち着かない様子だ。エレナは、自分が初めてMIBのお遣いにいった日のことを思い出していた。

「……ねえセンセ。いきなりごめんね、でも今日しかチャンスがなくって。頑張ったら何でもご褒美あげちゃう」


その言葉にロレンツォが怪訝に片眉を上げる。

「な~にがご褒美だ。だからせいぜいケツを守れって言いたいんだろ? どうりで今日はやたらサービスがいいわけだぜ」


イヤミたっぷりのそれに、エレナはちょっとまばたきひとつ。ふと気付いたように可愛く微笑んで、ロレンツォの鼻先に指をツンと当てる。

「それとこれとは別。ご褒美は何がいいか考えておいてね、いっぱいサービスしちゃう」

その言葉に思わず面食らったロレンツォは、フンと顔を逸らした。

「け、そういう冗談は彼氏にでもやってろ」、そうくだらなげに言いつぶし、ギアをドライブに入れてさっさと走っていったのだった。


エレナは口笛を吹いて、可愛く手をひらつかせ車を見送る。そして小さくふきだした。

「わっかりやすく赤くなっちゃって、可~愛い」


さてと茂みに入ったエレナは、配置についてたいミシェルに軽く手で挨拶をした。

いつもの戦闘着に袖を通し、真っ黒の手袋をはめ、腰に三段警棒を挿し込む。

「さーて、ちゃっちゃと人質を開放しましょ。エイリアン・バスターズ、メルガー伯爵討伐作戦開始よ!」


……・……


ハーデス製鉄所の門が大きくロレンツォを見下ろす。

バーディアンは受付に軽く挨拶をすませ、開錠した門を抜けた。縛り上げたロレンツォを農夫のように引っ張っていく。


廃炉というだけあって壊れた自販機とすっかり枯れ果てた植木を横目、ロレンツォはハーデス製鉄所のだだっ広い広場に案内された。

縄を解く際、バーディアンが静かに耳打ちする。

「どうか気を付けて」

そう祈るように囁いたバーディアンに、ロレンツォは小さく頷き返した。


見上げるは、広場を見下ろす巨大な建物だった。もとは事務所だったのだろう。古い製鉄所によくある、戦前の中世時代を感じさせる外装だ。

(この中にメルガー伯爵がいるんだな……なんとも不気味な建物だぜ)

古臭い両開きのドアはきしんだ音をたて、ロレンツォを静かに迎え入れたのだった。


ふと、埃っぽいカビ臭に思わず鼻をこする。古いホテルのような内装に妙にマッチする臭いだ。

螺旋階段を上がってすぐ、比較的新しい鉄の扉が待ち構えていた。

メルガー伯爵がここにいるとふんだロレンツォだが、ふと目についた電子ロックに眉をひそめる。アウルエッグでの記憶が頭をかすめるが、しり込みする間にエレナ達が捕まっては元も子もない。


(ええい、ままよ。俺ができることは、とにかくメルガー伯爵の気を引く事だ。脱出ルートも頭に叩き込んである。ヨイショなら慣れたモンだぜ)


ロレンツォは深呼吸一つ、扉をあけた。


……・……


植林とは名ばかりのジャングルで、エレナとミシェルは壁伝いを静かに駆けていた。生い茂る木々が屋根となり、光はろくにさしこまない。まるで夜闇のようだ。


やがて木々の隙間から長い光が差し込んだかと思えば、目の前に大きな海が広がった。岩場が削れたような足場は、地図にもない通路だ。

先行したミシェルがヤスに合図を送る。

「じゃあまたあとで。エレナ、気を付けてね」


頷いたエレナは素早く先を進み、やがて大きな入り江のような港に出た。大きな製鉄所あってかなりの広さだが、今や廃れた港だ。

遠くの船用具置き場のプレハブも錆まみれだし、隅のコンテナは熟成されたガラクタがひしめいている。役目をとうに終えた船着場が静かに波を受けていた。


黒金の見取り図は相変わらず的確で、エレナは人質たちが捕らわれている4番高炉へ難なくたどり着いた。

火が落ちて長い高炉は真夏とはいえ氷のように冷たく、エレナを静かに見下ろしている。もちろん工場特有の音もなく、換気扇も室外機も墓石のようだ。

奥のプレハブの鉄階段を下がってすぐのこと。足元が乾いた血でべたつきはじめた。鮮度のある生臭いにおいは鼻がもげそうなほどだ。


「エレナ」

ふとミシェルの声に顔をあげる。バーディアン用の天井窓から舞い降りたミシェルが、先の扉を指す。

「さすがミシェル、飛べると速いね」とエレナ。それにミシェルは軽く頷いた。

「高橋たちが手助けを。彼らはとんでもなく強い、あたしの手間が省けたよ。早くレンズで洗脳を解除して、メルガー伯爵をやっつけよう」


さてと見合って、エレナとミシェルは奥まった暗い扉を開放した。


魚油の腐ったような、熱のこもった臭いにエレナ達は思わず口元を覆う。

中は、機織り機が大量に並んでいた。水っぽい音と血生臭いにおい。暗闇のなかひしめ動く影は、鶏がらのようにやせ細った女子供たちだ。

みなの足首は、頑丈な足枷で血がにじんでいた。

黒目がちの目に、尖った肩甲骨……メスのバーディアンだ。彼女たちは突如現れたエレナ達に困惑と警戒に身をかためている。


エレナは愕然と機織り機を見た。よくよく見ればそれは機織り機によく似た機械だった。体液と外皮を分別していたのだろう、無数のマーフォークの卵は無残に潰され、稚魚がバケツに集められている。

「……これ全部、マーフォークの赤ちゃんか。なんてひどい」と、隣のミシェルが眉を顰める。


エレナはぐっと奥歯をかんだ。レンズを手に、バーディアン達を怖がらせないよう優しく微笑む。

「もう大丈夫、私達はエイリアン・バスターズよ。あなたたちバーディアンを開放しに来たの」



……・……


「すみませーん、メルガー伯爵様はおられますか?」

ロレンツォの声が、プラネタリウムのように暗いフロアに響き渡った。


声が返ることはなく、ロレンツォはあたりを大きく見渡した。まるでホテルのフロアホールだ。

かなり旧式だが、広大なロビーは目を見張るものがある。大きな窓には分厚い遮光カーテンがひかれ、銀色の調理台が点々と置かれていた。フロアホールにキッチン家具が点在する内装は、違和感そのものだ。

フロアは誰もいないようで、ロレンツォはメルガー伯爵の到着を待つかたちとなったのだった。


(計画書の見取り図と同じだな、脱出ルートはと……)

シンデレラが駆け降りそうな階段を降りもって、目を慣らしがてら周囲を見渡す。魚を捌いた時のような生臭い臭いが充満していた。

細大さまざまなコードが蛇のようにあちこち這っていて、その先は壁際の水槽へと伸びている。

コインランドリーのような水槽には、人とも魚ともつかない生物が眠っていた。カーテンの隙間から漏れる光で、それは月明かりのようにおぼろげに輝いている。


水槽に浮かぶ何かに、ロレンツォは目をこらした。小ぶりの水槽には、カプセルトイの容器に似た何かが浮かんでいる。その中に、稚魚とも胎児ともつかない生き物が静かに眠っていた。

(なんだこりゃ? ……まさかこれが、マーフォークの卵か……?!)


ふと視線の先の銀色の調理台に目が行く。とたん、ロレンツォは大仰天に腰を抜かした。

人のようなものに、大きな肉包丁が突き立てられていたのだ。それは死の痙攣に身体をヒクつかせ、滴る血が床のワイングラスへとめどなく落ちている。

(やばい、これはやばい! ケツより命の危険だ!)


「ああ、それは人魚だ。心配無用だよ」

ふと、ダンディな声にロレンツォは撥ねるように振り返った。すぐ後ろのソファベッドに、誰かがゆったり腰かけていたのだ。

濃い眉、濃い髭、割れた顎……全裸にバスローブ1枚きりのダンディだ。彼はベッドから降り、優雅に血色のグラスを傾けた。

「う~ん、いいね。上質な芳香、鳩の血よりも深く芳醇な赤だ」


血をワインのように呑みほしたダンディは、優雅にロレンツォの手を取り立たせてやる。とんでもない怪力に驚くロレンツォを背に、ダンディはバスローブを翻した。

「人魚の肉伝説はご存知かな? 人魚の肉は不老不死の妙薬になるのだよ。だけどとてもレアでね。人魚を捕まえるのはとても難しいが、卵なら乱獲も培養もできるんだ。……申し送れた、私はメルガー伯爵。こう見えて君より800年は長く生きてる」


メルガー伯爵はスナック菓子のように軽く言って、そばのマーフォークの肉切れをゆっくりと摘み上げた。……肉のような魚肉だ。

それをまるで果物をつまみ食いするかのように口に放り込み、にちゃにちゃと嫌な音をたて飲み下す。血濡れの指先を赤ん坊のように吸ってみせ、メルガー伯爵はにやりと笑んだ。


「さあ、今回はどんな子犬ちゃんかな? 私を満足させることができたら、望むだけの富をあげよう」

声色に合った、死んだ魚のような目だ。しかし、妙にぎらついている。


ロレンツォは思わず後ずさった。まるで熊に遭遇した鹿のように、目を離すことができなかった。追い詰められてソファベッドに尻もちをついたロレンツォの頬を、メルガー伯爵が愛し気に撫でる。

「今回のボウヤは若くて健康そうだ。すごくイイよ」


バスローブの間から見え隠れするものに、ロレンツォは弾けるように我に返った。

(げっ、やばい……! このままじゃ、やられちまう!)

脳内で警告がサイレンのように鳴り響く。


メルガー伯爵が、ロレンツォのネクタイに手をかけた時、ロレンツォはとっさに声を上げた。

「っあの、人魚の肉はどんな味がするんですか? 見た感じ魚肉というよりは肉なので気になって!」

ロレンツォの問いにメルガー伯爵はふと手を止め、軽く両手を広げてみせる。

「極上の味さ。でも君の方が美味しいだろうね」

と、ロレンツォのネクタイを引き抜く。ロレンツォは腰が抜けたようにあとずさり、また1つ質問を投げた。


「えっと、す、好きな音楽は? これまで観て一番よかった映画とか!」

メルガー伯爵はかまわずロレンツォのバックルを外し、ベルトを引き抜く。

「私はヒトが作ったものに興味はないよ。それよりも……君は私の趣向にドストライクでね!」


メルガー伯爵の欲望にみちた獣の目が光る。ロレンツォの襟元に手がかけられ、一気にボタンが引き千切られた。もし今誰かがロレンツォの顔を見たら、地雷を踏んだ兵士のような顔をみれたことだろう。


はだけたカッターシャツに暴れて死守した下着、それと申し分ばかりの靴下というマニアックな格好でロレンツォはベッドから転がり落ちた。

逃げ惑うロレンツォを、メルガー伯爵が子猫をみるような笑顔で優雅ににじりよる。


ロレンツォはまるで小学生のように机を挟んで逃げ回り、本棚を倒して鍋の蓋を投げ、燭台を槍のようにメルガー伯爵に向ける。

暗闇でわからなかったが、メルガー伯爵が人間ではないことは明白だった。青白い肌に血走った目はゾンビのようだ。

メルガー伯爵の笑い声とともに、サメのような歯が燭台の灯りに光る。


「ひ、ひゃぁあ~っ!!」

ロレンツォは、明るみのメルガー伯爵に情けない声をあげた。ほうほうのていで脱出ルートの部屋に逃げもって、扉の鍵をかける。

しかしそれも一瞬で、扉は虚しく蹴破られた。メルガー伯爵がどんと辺りを見渡し、棚の影で震えるロレンツォを射抜くように見つめる。


「ひーっ! ここここ、こっちに来るなバケモノッ!!」

ロレンツォはヒステリック女のように、手あたり次第にメルガーに色々投げつけた。

コップに壺、美術品にファイル、本に皿、そして……長包丁。

最後のこれが、非の打ちどころのないナイスショットだった。

ロレンツォがしまったと思った時既に遅し、ナイフはまるで果物に投げたマチェーテのように、メルガー伯爵の頭に深々と突き刺さる。

メルガー伯爵は2、3歩よろめき、力なく膝をつき倒れ込んだ。真っ赤な血が、カーペットにどんどん広がっていく。


静寂が耳に痛かった。


「ぁっ……ぁあっ……や、やっちまった……」

ロレンツォはかすれた声しかでなかった。一気に血の気が引いていく。不老不死なんてやっぱりなかったのだと。

メルガー伯爵は心身共に何らかの病気もちで、ここで養生していたのかもしれないとさえ思った。

思わず口元を抑えたときのこと。


メルガー伯爵が、壊れた糸人形のように立ち上がった。それはまるでホラー映画のCGのような不気味さだ。

頭の長包丁を引き抜いたメルガー伯爵が、申し訳なさそうに微笑む。手品の仕掛けをばらしてしまったピエロのような滑稽な笑みだ。

噴き出た血や傷も蒸発するように消え失せ、メルガー伯爵が大きく1歩前に出た。

「いいね、すごく気に入ったよ……。君は食べない。代わりに手元において、愛玩人形として毎晩可愛がってあげよう」


その言葉にロレンツォは女の子のような悲鳴をあげた。

ロレンツォが万事休すに追い詰められた瞬間のこと。ふと、大きな音がした。


メルガー伯爵が見上げるのと、天窓から飛び降りたエレナがその顔を踏みつけるは同時だった。


膝でメルガー伯爵の首を折ったエレナが飛びのき、猫のように着地する。まるでヒーローのように登場したエレナを目前に、ロレンツォは思わず安堵の声をあげた。

メルガー伯爵は大きく捻じれた頭を両手に抱え、難なくゴキリとはめなおす。

「おやおや、客人の多い日だ」と。


エレナは肩越しにロレンツォにウィンクひとつ。射抜くようにメルガー伯爵を睨みつけた。

「メルガー伯爵! あなたはバーディアンたちを人質に、マーフォークの卵を回収させていたわね」

1歩前に、エレナが印籠のようにレンズを見せつける。

「でもそれもここまでよ。地球の管轄が緩いからって、好き放題はさせない。このエイリアン・バスターズが、あなたを討伐するわ!」


メルガー伯爵の返事を待たず懐に飛び込んだエレナは、真下からトンファーで大きく殴り上げた。

メルガー伯爵の顎が縦半分にずれ、片目が飛び出す。エレナは次々と急所を叩き込み、関節を次々と折られたメルガー伯爵は大きく膝をついた。

大きくバックステップしたエレナの手にレンズが光る。


しんと静まり返ったフロアに、メルガー伯爵の嘲笑が水を打つようにこだました。魔法のように傷が失せたメルガー伯爵は、大きく両手を広げて見せる。

「私はね、不老不死なんだよ、何をしても死なない。いや、死ねないんだ。さあ、2人ともおいしくいただくとしよう! いや、ツガイにさせて赤ん坊を産ませるもいいな。赤ん坊が一番うまい」


それにエレナがフンと鼻で小馬鹿に笑った。

「このレンズは人間には効かないの。マーフォークの肉を食い続けたあなたはもう、人間じゃないわ」


一瞬だった。レンズの閃光がレーザービームのようにメルガー伯爵の腕を飛ばす。腕は力なく地面に落ち転がり、メルガー伯爵は大仰天に腕を見て、エレナを見た。

「……何者だ、このクソガキ!」


その声とほぼ同時に、大きな爆発音が響いた。窓ガラスが破裂し、黒い影がピンボールのように部屋で暴れまわる。破片を受けたメルガー伯爵が、黒い影に声を上げた。

「ばかな! バーディアン共がなぜ……お前ら! 侵入者を始末しろ! クソッなぜ命令がきかない……!」

黒い影は、次々にメルガー伯爵に飛び掛かる。びうびうと耳をつんざく風音とともに、嵐がフロアを巻き上げた。


これにはエレナも思わず悲鳴をあげた。黒い影ことバーディアンの軌道は矢よりも速く刃物よりも鋭かった。家具は飛び、遮光カーテンが紙切れのように舞い上がっていく。

(まさか開放されたバーディアンたちが報復にでるなんて……!)


ロレンツォはエレナの悲鳴に、とっさにエレナを抱き寄せ、背にまわした。エレナは驚きまま、自ら盾となったロレンツォを見上げる。

そのまま2人は1歩、2歩下がった。それ以上は立っているのもやっとで、とても動けなかった。


集中攻撃を受けるメルガー伯爵が、舌打ちに顔をしかめる。余裕ぶった笑みはそこになく、血走った目はエレナのレンズにあった。

「クソガキめッ」

メルガー伯爵は体を切り裂かれるもかまわず、素早く身を翻して逃走用ポータルへ飛び込む。

鉄製の扉で閉ざされたそこに、バーディアン達が体当たりするもびくともしない。メルガーに逃げられたと唸ったバーディアン達は、逃がすまいと次々空へと飛び出していったのだった。



割れたガラスが床に落ちる。まるでハリケーンが過ぎ去った後のようだった。

ロレンツォが気抜けにその場に尻もちをつく。沈みゆく夕日がフロアを明るく照らしていた。


エレナはすぐさま、メルガー伯爵の腕に駆け寄った。腕がまるで虫のように這い回っていたのだ。

ゴキブリを潰すかのように踏みつけ、レンズの光を当てる。10秒……20秒してやっと、腕は塵のように掻き消えた。

市販のペンライトごしでミリアムが一瞬にして溶けたのに、軍用ライトごしで20秒もかかるなんて、とんでもなくタフな肉体だ。


緊張が抜けたロレンツォが、大きく息を吐く。まったく生きた心地がしなかった。

「……お前、無茶するなよ……なんなんだよ、さっきの鳥人間は。計画書になかった」


エレナは自信に満ちた目でロレンツォに向き直った。

「バーディアンが報復に来たのは想定外だけど、計画はまだ終わってないわ、最後の仕上げにいくわよ。まずはマーフォークの卵をコンテナに……」

言いかけ、エレナの目がふと丸くなる。改めて見れば、ロレンツォは破れたカッターシャツに下着と靴下のみだ。

ロレンツォがとっさに破れたカーテンを巻き、大きな咳払いひとつ。エレナがおもちゃのようにくるりと背を向ける。

「ご、ごめん。かなり急いで来たんだけど……、お尻大丈夫?」

「間に合ってるっての! 変な勘違いするな」


その時、エレナがふと気配に振り返る。

いつの間にそこにいたのか、ガゼボで頭を下げた若者のバーディアンが、扉の影からじっとこちらを見ていた。真顔のため感情はうかがえないが、その手には最新のハンディカメラと、綺麗に畳まれたロレンツォのスーツがある。


ロレンツォは服をありがたく受け取りもって、バーディアンの頭を素でひっぱたいた。

「お前なに録画してんだよっ」

「痛い。高橋さんが全部録画しろと言った、だから録画しただけ……」


すぐに遠くから大きな足音が響き、ヤスとその構成員たちがコンテナを両手に部屋に飛び込んだ。


「メルガー伯爵は計画書通りのルートでっせ! 皆も配置についとります、早よう船着場へ!」



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